最強の聖人


 成長し力を戻した『黒』の七大聖人セブンスワンクロエと、意識を失い赤鬼と化したエリクが訓練と称した実戦を始めた。

 しかし赤鬼と化したエリクの脅威を知るマギルスを始め、その情報を伝え聞いているシルエスカとダニアスは困惑している。


 あの赤鬼エリクとの戦いは、訓練や実戦などと称せるモノではない。

 実力者である魔人ゴズヴァールやバンデラス、そして到達者エンドレスを模した神兵ランヴァルディアでさえ、あの赤鬼エリクを打ち倒す事は出来なかった。


 赤鬼のエリクとの戦いは、間違い無く死闘になる。

 それを知っている三人は、敢えてそれと戦おうとするクロエの行動に困惑するしかなかった。


「――……と、他の人達は思ってるんだろうけどね」


「ガァアアッ!!」


 三人の視線から何を思われているかを察するクロエは、目の前で襲い掛かる赤鬼化したエリクに微笑みながら相対した。


 唸るように迫るエリクの拳に対して、クロエは素早くも緩やかな動作で避ける。

 更には迫るエリクの右拳を掴み、逆に脚を回しながら高く上げて踵落としを掴んだ右腕に浴びせた。


 その強打でエリクの剛腕は折れ、赤鬼化したエリクが苦痛の表情を浮かべる。

 しかしそれに耐えると、エリクは無事な左腕でクロエに狙いを定めた。


「痛みへの耐性、耐久力は申し分なし。でも――……」


「ガァアアアアアアアッ!!」


「本人の意識が無いね」


 そう呟きながら迫る左拳を避けたクロエは、軽く跳躍して大振りになったエリクの左脇腹に蹴りを浴びせる。

 一見、三メートルの巨体となった赤鬼のエリクに対して半分にも満たないクロエの体格から繰り出される蹴りは、致命傷になるはずがない。


 しかしクロエの蹴りはあの赤鬼エリクに吐血させながら、そのまま地面すれすれを舞うように吹き飛ばした。


「!?」


「な……ッ!?」


「あのおじさんを、吹っ飛ばした……!?」


 それを見ていた三人は、赤鬼化したエリクでもクロエに完全に圧倒されている光景に唖然とする。

 更に吹き飛ばされたエリクが地面を削りながら着地し、クロエはそれを見ながら緩やかに歩き向かった。


「――……ダメダメ。ちゃんと自分の意識を保って、その力を制御しないと」


「ガ、ァア……」


「自分の中にある力に振り回されてちゃ、宝の持ち腐れだよ。……そんなんじゃ、誰も助けられない。自分が大切にしている人さえもね」


「……ガァアアッ!!」


 歩きながらそう告げるクロエの言葉に反応し、白目だったエリクの目に黒い瞳が宿る。

 そして歩いて来るクロエを瞳に捉えた赤鬼エリクが、起き上がったと同時に身体全体を赤い魔力で覆いながら走り出した。


「起きたかな?」


「グォオオオッ!!」


「良い突進だ。でもね――……」


 右腕を固めて右肩を突き出しながら突進して来るエリクを見ながら、クロエは微笑んで右腕をおもむろに右側へ突き出す。

 その瞬間、突進するエリクの右顔面に何かが衝突し、再び吹き飛ばされた。


「ガッ!?」


「真っ直ぐ過ぎる力は、凄く折れ易いよ」


 そう微笑みながら述べるクロエを見ていた三人は、遠巻きに何が起こったのかを察する。

 クロエの突き出した右腕が消失し、エリクの顔があった空間にその右腕が浮かび上がっていたのだ。


 それに驚くマギルスに対して、隣に居たシルエスカが伝える。


「なんで、腕があんな所に……!?」


「転移魔法だ」


「転移魔法って……、アレが!?」


「身体の一部分だけを転移させ、別の場所へ出現させる。……奴に空間的な距離も、身を防ぐ障壁も関係ない。その気になれば、放つ攻撃を全て直接、ああやって相手に浴びせられる」


「!!」


「奴は自分自身の肉体に、魔法を掛けられない。どういうワケか、そういう『制約ルール』を課しているらしい。……だが、自分の周囲にある空間は別だ。空間を対象として魔法を作用させ、攻撃に利用する。それが奴の戦い方だ」


「それって、凄いじゃん! あれだけ強くて、それであんな戦い方も出来るなら、魔導国だって――……」


「……そう、奴ならば魔導国との戦いで大きな戦力になる。……私も始めは、そう思っていた」


「え?」


「奴がこうして見せている力が使えるのは、自分で作り出した空間の中だけ。……つまり、この秘密基地アジトの中だけだ」


「!」


「自分が作り出した空間以外で、奴はあの力を発揮できない。そういう『制約ルール』を課している」


「……それじゃあ……?」


「魔導国との戦いで、奴は戦えない。……それだけは、本当に残念でならない」


 そう悔やみながら表情を渋くさせて顔を横に振るシルエスカに、マギルスは似た事を思う。


 アレだけの強さを、限定された空間でしか発揮できない。

 それはマギルスから見れば、煩わしさを感じる『制約ルール』だった。


 そうした話を遠巻きの二人が行う中で、赤鬼エリクとクロエの戦いは続いている。


 吹き飛ばされながらも起き上がったエリクは、再びクロエに向かい走り出した。

 それに応えるようにクロエは無造作に左拳を前に突き出し、転移した左拳がエリクの顔面に叩き付けられる。

 顔と首を大きく仰け反らせたエリクは再び吹き飛び、地面を削りながら倒れ伏した。


「ほら、そろそろ分かるでしょ?」


「……ガ、ァ……」


「その力も、奮えなきゃただの飾りだよ。……こうして、何も出来ずに死ぬだけだ」


 そう伝えて微笑むクロエは、右足を軽く上げて降ろす。

 案の定、その右足は転移されて倒れ伏すエリクの顔面を打ち抜いた。


 エリクはその踏み付けを回避できず、地面に大きな窪みを生み出す程の攻撃を顔面に浴びる。

 そして躊躇しないクロエは素早く右足を持ち上げ、素早く右足を振り下ろし続けた。


 顔だけでなく、エリクの身体全体にその踏み付けが連続で浴びせられる。

 それを掴む事も出来ず、また防ぐ事も出来ない赤鬼エリクは、凄まじい威力の踏み付けを数十発以上も受け続けた。


 そしてとうとう、赤鬼エリクが動きを止めて沈黙する。

 それを察したクロエは踏み付けを止め、転移を閉じて自身の右足を地に戻した。


 攻撃が止んだ後、赤肌だったエリクは次第に元の姿に戻り始め、人間の姿になる。

 全身から血を流して倒れるエリクに、クロエは寂しそうな表情で言葉を漏らした。


「――……残念だ。今の彼には、まだ鬼神の力は使いこなせないようだね」


「……あの状態のおじさんを、あんな簡単に……」


「これが、『黒』の七大聖人セブンスワン……」


「……制約ルールの内側であれば、間違いなく七大聖人セブンスワンで……いや、人類最強の聖人だ……」


 クロエと赤鬼エリクの戦いを見届けた三人は、それぞれに唖然としながら思う事を口にする。


 『黒』の七大聖人セブンスワンであり、生物進化の頂点に位置する『到達者エンドレス』クロエ。

 その実力は限定されながらも、聖人や魔人を寄せ付けない程の圧倒的な力で赤鬼エリクを圧倒し、敗北を与えた。

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