螺旋の継続
三十年前に『
その情報を信じられずに強く否定するエリクだったが、再び別の人物と再会を果たした。
それは死んでから三十年の時が経ち、転生し成長した『黒』の
クロエの登場はマギルスに喜びを浮かばせ、元気を与えて駈け寄らせた。
それにクロエは応え、両手を広げて腕の中に迎え入れる。
十代後半になりそれなりに豊満となったクロエの胸に、十歳前半のマギルスは顔を埋もれさせた。
「わーい!」
「元気そうだね、マギルス」
「そっちも、ちゃんと転生できてたんだね!」
「うん。……エリクさんもケイルさんも、元気そうで何よりだ」
「……本当に、クロエなのか?」
「うん。正確には、前の私は『
「あの世界の事を、覚えているのか?」
「勿論。こうして君達が同盟国軍の協力でここまで案内されたのも、私が貴方達の事をダニアスやシルエスカに伝えて、貴方達が本物だと認めたからこそなんだ」
「本物……?」
「今になって君達が戻って来たと聞いても、誰も信じるわけがない。魔導国が何らかの作為を持って送り込んだ刺客だと思うのは、当然でしょ?」
「!」
「君達は良くも悪くも、魔導国や同盟国では有名だからね。君達の名を借りて悪さしようとした前例は、彼等からして見れば少なくないのさ」
「……そうか。グラドが俺達の迎えに送り込まれたのも、この二人が妙に警戒している理由は、それか」
クロエの話を聞いたエリクは、ダニアスとシルエスカから感じる自分達への警戒心に納得する。
魔導国との戦いで国力的にも精神的にも疲弊した中で、英雄と語られる三人が姿を見せたとなれば、指導者である二人が警戒を抱くのは当然だった。
そうした説明を差し挟んだ後、クロエは抱いていたマギルスを解放して改めて説明を始めた。
「――……さて。この場で改めて、全員を交えて説明をしようか」
「……」
「三十年前。アリアさん達の旅に同行した私は、砂漠の中に発生した『
「……ああ」
「しかしどういうワケか、三十年前に脱出できたのはアリアさんだけ。そのアリアさん自身も一年の昏睡を明けて、記憶を失ってしまっていた」
「その、記憶を失っていたというのは……?」
「当時の医者や医療魔法師達の話を聞くと、アリアさんの症状は『解離性健忘』という記憶喪失。簡単に言えば、知識などは忘れていないけれど、自分の記憶にある人々の記憶や思い出。そういうモノが、欠落していた状態だったらしいね」
「……!!」
「そう。アリアさんは君達と旅をしていた思い出も、家族の事も、そして砂漠で起きた出来事も、全て忘れてしまっていたんだ」
アリアが三十年前に脱出できた際にどのような状態へ陥っていたかを、エリク達は初めて知る。
そして更に推察を交えた状況の説明を、クロエは続けた。
「アリアさんは運び込まれた際にはとても重症だったらしいけど、それ自体は起きた時に自分自身で治したらしい。傷だらけの身体が、一瞬で綺麗になったそうだよ」
「……だが、記憶は戻らなかった?」
「そうだね。記憶を失ったアリアさんは、それはそれは凄かったらしい。そうだよね、ダニアス?」
「はい。起きたばかりの頃は、まともに話すら取り合おうとしませんでした。我々が危害を加えた者達だと判断し、敵対しそうになった程です」
「!」
「何とかガルミッシュ帝国から、アリアさんのお兄さんを呼びつけて、納得はしてもらえたんだっけ?」
「はい。セルジアスはアルトリアの兄だけあり、特徴がとても似ていた。それでやっと、我々が説明したアルトリアに関する情報や、今の状況を信じてもらえたのです」
苦労を思い出しながら話すダニアスは、促されるように当時の出来事を伝える。
それに驚きながらも頭の中に情報を入れていくエリクも、続きを促すように尋ねた。
「……その後は、どうなったんだ?」
「アルトリアの記憶を取り戻す為に、兄セルジアスと共に彼女を故郷であるガルミッシュ帝国へ戻しました。……それから四年後に、アルトリアは一人だけでこの大陸に戻ってきたのです」
「!」
「どうやら、ある程度の記憶を思い出したようで。帝国から再び抜け出し、思い出した記憶を元に辿った旅路を自分自身で歩んで来たと、そう言っていました」
「なら、アリアは全ての記憶を……?」
「分かりません。しかし、長旅で疲弊していた様子でした。そこで私は提案し、彼女をハルバニカ家の領地で静養するよう勧め、アルトリアもそれを受け入れました」
「!」
「それから五年程、彼女は領地で過ごした。……そこで彼女は、幾つかの本を書きました」
「本……?」
「少し、お待ちを。――……これが、それです」
ダニアスは隣の部屋に移動し、そこからある幾つかの本を持ち出す。
その中にある一つの本をエリクに手渡すと、茶色の革に覆われた本の表紙をエリクは見た。
その表紙に記されていたのは、『黒き戦士との出会い』という簡素な題名だった。
「……これは……」
「そう。この題名に書かれている戦士とは、貴方です。エリク殿」
「!」
「それからアルトリアは、別の本も作った。ケイル殿、マギルス殿。これを……」
「……『赤き女剣士との出会い』……。これは、アタシか?」
「えーっと、『青き少年騎士との出会い』。これって、僕かな?」
「はい。アルトリアは貴方達と出会い、旅をした記憶を複数の本に纏めて書き出しました。……この原本を元としたのが、貴方達を英雄とした三人の逸話です」
「!」
「彼女は出来上がったこの本を私に差し出し、民の手にも取れる形として広めて欲しいと頼みました」
「アリアが……!?」
「我々はその時、貴方達が死んでいるものだと思っていた。そして彼女が旅を通じて貴方達の死を受け入れ、貴方達の存在を誰かに覚えて貰う為に頼んだのだと、そう思いました」
「……」
三人が英雄として伝えられている理由がアリアの願いだったと聞いた時、三人は驚きながらも神妙な面持ちを抱く。
そうした雰囲気を覆す言葉が、聞いていたクロエの口から発せられた。
「――……それは、私とは解釈違いかな」
「!」
「その本に書かれている最後のページ。開いて見るといいよ」
「……!」
「『――……旅する英雄達が戻ると信じ、少女は待ち続ける。』……そこに書かれた言葉を見た時、私は確信したよ。アリアさんは貴方達が生きていると信じ、待っていたことを」
「!!」
「恐らく、その時点でアリアさんは『
「……まさか」
「そう。二十年前、アリアさんはこの本をダニアスに託し、魔導国に旅立った。『
「!!」
「貴方達は何かが原因で、『
「……どういう、ことだ……?」
「その情報の誤差が、私には分からないんだ。……前の私が犠牲になり、『
クロエの話を聞いたエリク達は、自分達がとてつもない誤解をしていた事に気付く。
エリク達を閉じ込めていた『
しかしそれとは別の事態が、自分達に襲い掛かった事をエリク達は思い出す。
その原因をアリアがこう称していた事を、エリクは思い出しながら呟いた。
「……死者の、怨念……」
「死者の?」
「世界が崩れた時に、崩れた隙間から溢れ出すように、現れた……」
「……なるほど。『
「……」
「しかし作り出そうとする段階なら、まだ脱出できる可能性はある。アリアさんはきっと、そうなる前に自力で脱出できたんだろうね。……でも、貴方達だけは脱出できなかった」
「……!!」
「アリアさんはそれを思い出し、外側からあの世界を壊す方法を探した。……納得したよ。彼女が魔導国側に参じて、この戦争に加担している理由が」
「なに……!?」
「彼女は、あの世界を自力で壊せなかった。けれど、貴方達をこの世界に戻す方法を見つけたのさ。……その為に、彼女は多くの死者を求めている」
「多くの、死者だと……!?」
クロエが思考しながら話す言葉に、その場にいた全員が表情を強張らせる。
それはアリアが考え至り、そしてエリク達を救う為に成した、まさに苦肉の策だった。
「『
「広げる……!?」
「彼女は崩す方法の反対に、『
「……そんな事が……!?」
「最近、世界から
「まさか……」
「……貴方達は、『
溜息を吐き出しながら推察を吐き出したクロエは、壁に寄り掛かりながらこの世界に訪れている変化を伝える。
それはエリク達にとって、そしてダニアス達にとって、心を穏やか聞けない話だった。
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