疑惑と再会
元ルクソード皇国貴族であり現アスラント同盟国議長ダニアス=ハルバニカと、元『赤』の
三十年前と風貌に変化が少ない聖人の二人を見たエリク達は、奇妙な安心感を持つ。
しかし彼等の背後に見える司令部内の施設は、三人には異様な光景として見えた。
司令部の室内の壁一面には様々な映像が表示されたガラス板のような物が貼り付けられ、そこには基地施設内の様子や崩壊している上部の元首都が映し出されている。
更に幾人かの兵士達が、それ等の下で操作盤を用いて何等かの作業を行っていた。
他にもエリク達が見た事の無い施設が司令部内に設けられ、総勢で二十名程の兵士達が何かしらの作業を行っている。
そうして再会したエリク達が司令部の光景に驚いているのに気付いたダニアスは、固まる三人を促すように話し掛けた。
「ここが、我々が各地へ指示する場所。司令部です」
「……ここが、か?」
「はい。あちらの映像が映し出されている画面は、各地に備えた魔導装置を目として受信し、その光景をここに映し出す機器です」
「各地の……」
「基地施設の内部も、同じように映し出しています。この施設内は巨大ですから、人の目だけでは異常事態に気付く事さえ難しいですから」
「……そ、そうか」
ダニアスの話を聞きながらも、それがどのような原理でどう行われているのか理解できないエリクは、いつも通りに言葉を濁す。
そうした説明を行うダニアスに、隣に居たシルエスカが言葉を差し挟んだ。
「ダニアス。施設の自慢は、それぐらいにしろ」
「ああ、すいません」
「……三人共、久し振りだな。我々を覚えているか?」
「ああ。ダニアス=フォン=ハルバニカ。そして、
「その通りだが、ダニアスは既に貴族ではない。そして私も、『赤』の
「そういえば、そう聞いた。貴族が無くなり、七大聖人も辞めたんだったか?」
「そうだ。……我々も、お前達の事は西方海軍から報告を受けている。本当に、三十年前と変わらぬ姿だな」
「ああ。……お前達は、少し老けたか?」
「成長したと言え。……聖人である我等の成長は緩やかだ。五年に一度しか歳が動かぬが、既に二十を超えた見た目をしている」
「そうか」
改めてシルエスカが三人を見渡し、その姿に変化が無い事を確認する。
同様にエリクもシルエスカ達が記憶よりも歳を経ている事を感じ、聖人であるが故の年月の経過なのだと聞いた。
そしてエリク達の傍に控えているグラドと副官に目を向けたシルエスカは、そちらにも声を掛ける。
「グラド将軍。よくここまで、彼等を連れて来てくれた」
「いいえ。……それより、港都市ですがね……」
「聞いている。だが今は、一都市を復旧させられる資材も、兵力や人員も復旧作業に回せぬ」
「……やはり、
「ああ。……ただその前に、彼等に確認したい事がある」
グラドと話していたシルエスカは、再度エリク達に視線を向ける。
その視線は厳しく、何かしらの嫌疑が抱かれている事をエリク達は察した。
「……確認とは?」
「お前達も、魔導国の兵器を見たか?」
「ああ」
「あれを見て、どう思った?」
「……どう、とは?」
「三十年前、魔導国は優れた魔導装置を幾つか開発していたが、あれほどの
「……」
「それが十五年前には、都市ごと空に浮かび上がり、空を飛ぶ魔導兵器を開発し、ただの土塊人形をあれほどの脅威ある兵器に変貌させた。……たった二十年程度でそれ程の文明技術を進歩させるなど、ありえない」
「何が、言いたいんだ?」
「……三十年前。アルトリアに何があった?」
「!」
シルエスカが鋭い視線を向けながら、その口でアリアの名を出して聞く。
魔導国の話からアリアの話に唐突に切り替わった事で、エリクは訝し気な表情を露わにしながら聞き返した。
「どういうことだ? 三十年前に、アリアはルクソード皇国に運ばれたと聞いたぞ?」
「その通りだ。我々は傷付いたアルトリアを保護し、ハルバニカ家の領地に匿いながら治療を行った。……だがアルトリアは、二十年前に姿を消した」
「!!」
「我々はその消息を追ったが、掴めなかった。……だが今は、アルトリアはホルツヴァーグ魔導国に組している事を知っている」
「なんだと……!?」
「あの魔導国の兵器を作り出しているのが、アルトリアなのだ」
そう憎々しい声を漏らすシルエスカに、エリク達の形相は驚愕に変わる。
アリアが既にこの国に居ないばかりか、魔導国で魔導兵器の数々を作り出し各国で起こしている戦争に加担していると聞いたエリクは、強く踏み込みながら低く怒鳴った。
「……アリアが、アリアがあんな
「事実だ。今、アルトリアは我々と敵対関係にある。それどころか虐殺兵器を作り出し、それを各国に送り込み、国も民も滅ぼそうとしているのだ」
「何を証拠に……!?」
「ミネルヴァを覚えているか?」
「……確か、前に戦った
「奴は今、魔導国に与している。……そして奴が『神』と崇めているのが、そのアルトリアだ」
「!?」
「私は十年程前に、戦場でミネルヴァと遭遇した。その時に、奴はこう言った。『――……我が神アルトリア様の願いを叶える為に、悪しき人間を滅ぼす』とな」
「……!?」
「どういう理由か分からぬが、あの狂人ミネルヴァがアルトリアを『神』に据え、各国の人間を殺す命令を実行している」
「……嘘だ。あのアリアが、そんな事を命じるはずがない!!」
「我等も、あのアルトリアがこんな事をするとは考え難かった。……だが失踪した時期と、魔導国が浮上し急激な魔導兵器を送り込み始めた時期が、アルトリアの失踪後に奇妙に一致する」
「……ッ」
「お前達も、ここに来るまでの道中で
「……ああ」
「我々は用いられる戦力を出来る限り搔き集め、空に構える魔導国へ攻め込む事を考えている。……それは必然として、魔導国に身を置くアルトリアを敵として討つかどうかを考慮せざるを得ない」
「!!」
「アルトリアが魔導国に捕らわれ、侵略戦争に手を貸さざるをえない立場となっているのか。それとも自分から侵略戦争に手を貸しているのか。いかなる理由があっても、我々はアルトリアの対応も決めねばならぬ」
「……ッ」
「その対応を決める為に、お前達に話を聞きたかった。……お前達と共に居たはずのアルトリアが、どうして一人だけで帰還したのか。そして何故、魔導国に手を貸しているのか。その理由を、お前達は知っているか?」
改めてそう尋ねるシルエスカと、それに無言で同意したダニアスは頷いて視線を向ける。
その問い掛けにエリク達は動揺を見せながらも、零すようにエリクが否定を続けた。
「知るわけがない……。そもそも、アリアがこの戦争に手を貸しているはずがない……!!」
「……」
「アリアは、命を大事にしている。人の命を、生物の命を。それを消すような戦争など、絶対にしない!!」
「……」
「……俺も聞く。三十年前にお前達がアリアを保護してから、何があった? どうして二十年前に、アリアが消えた? 何故だ!?」
「それは……」
「記憶を失っていたんだよ。アリアさんは」
「!?」
怒鳴りながらアリアが魔導国に加担している事を否定するエリクは、ダニアスとシルエスカに問い掛ける。
しかしその問い掛けに対する答えは二人からではなく、別の人物から発せられた。
その声が聞こえた方をエリクが見ると、司令部に備わる部屋の一つからある人物が姿を見せる。
その人物は紺色の帽子と服を纏い、長い黒髪を靡かせた二十代手前の女性だった。
「お前は……」
「アリアさんは三十年前に保護された時、一年程の昏睡を明けて目を覚ました。でも彼女は自分自身の記憶を、全て失っていた。そうだよね? ダニアスさん」
「……その通りです」
「けれどアリアさんは、九年間で少しずつ記憶を取り戻す傾向は見えた。……そして十年経ったある日、アリアさんが姿を消した」
「!」
「そしてどういうワケか、その五年後に魔導国に加わり、『黄』の
「……」
「そこで彼等は最後の確認として、再び姿を見せた君達にアリアさんに何があったのかを聞こうとした。……私も、自分が死んだ後に貴方達がどうなったのか、知りたかったんだ」
「……!?」
そう話しながら状況を説明する黒髪の女性は、紺色の帽子を外して顔を晒す。
その顔を見たエリク達は新たな驚愕に襲われたが、マギルスだけはその顔を見て驚きから喜びの笑顔に変わった。
「お前は、まさか……!?」
「――……久しぶりだね。エリクさん、ケイルさん。それに、マギルス」
「クロエだ!」
深々と被った帽子を外して晒した女性の素顔に、エリク達は見覚えがあった。
そして女性の言葉と呼び掛ける話し方に、マギルスは確信を持って名を呼ぶ。
三十年前、エリク達が『
彼女は『黒』の
あのクロエが再び転生し、成長した姿でエリク達の前に現れた。
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