沈む夕日


 港都市を攻撃していたホルツヴァーグ魔導国の兵器軍を全て破壊し、エリク達とアスラント同盟国の兵士達は辛うじて勝利する。

 しかし勝利そのの犠牲は大きく、港都市としての機能は壊滅し、防衛戦に参加した同盟国の正規兵を八割以上も失い、西方海軍の指揮する司令官と最新鋭戦艦が四隻も撃沈した。


 勝利と呼ぶにはあまりにも危うく、生き残った者達は勝利の喜びは浮かばない。

 特に参戦したエリクは、知己である海軍司令官と多くの兵士達を助けられなかった事が尾を引き、意気消沈しながらも同盟国の兵士達が行う戦場後の作業を手伝った。


 今の港都市には、数百名以上の兵士と民間人の死体が放置されたままである。

 腐敗が進めばそれ等の死体から何等かの疫病が発生し、大陸全土に広まりかねない。

 それを未然に防ぐ為、生き残った兵士達は遺体を一つ一つ港都市の外へ持ち運び、身元を判明する遺品を回収してから簡易火葬場で遺体を燃やし、その遺灰の一つ一つを骨壺に詰めた。


 回収された遺灰と遺品は、後に遺族に引き渡される事となる。

 そして公共墓地にその遺灰の壺を埋めて弔わられる事を、エリク達は聞いた。


 戦闘が終了してから数時間後の夜、各方面から救援部隊が到着し始める。

 各方面に逃げていた港都市の避難民達は彼等に受け入れられ、散り散りながらも無事である事が伝わった。


 命を懸けて民衆を守ろうとした兵士達えいゆうを弔う為に、救援部隊の兵士達も作業を手伝う。

 その救援部隊でさえ、ほとんどが訓練兵も混成した若い兵士で構成されている事に、エリク達は気付いた。


「――……救援の兵士達も、ほとんどが若いな……」


「……あんな兵器あいてと戦わされてるんだ。アタシ等みたいな連中でもなきゃ、生き残る事も難しいんだよ」


「……そうか」


 魔導国との戦争で中堅ベテランの兵士が多く死に、残るは実践経験も年齢も若い兵士達ばかり。

 中には若い女性兵士の姿も見える程に、同盟国の兵力が消耗しきっているのがエリク達にも理解できた。


 彼等の表情は、不安と絶望を宿す生気の薄い瞳を見せている。

 そして死体を見て嗚咽を漏らす若者もいたが、ほとんどの兵士達が死体の処理に慣れた様子が見えると、彼等がこうした状況と作業を幾度も行っている事が理解できてしまう。


 この世界は彼等にとって、絶望に溢れていた。


 こうして三日三晩の作業が続き、港都市に散乱していた死体は全て回収して焼却される。

 本来ならば、瓦礫を撤去しその下に埋もれた遺体を回収するだけでもかなりの手間と時間を有するはずだったが、エリク達が手を貸した事でそうした作業は順調に進める事が出来た。


「……御礼を申し上げます。エリク殿、マギルス殿、ケイル殿」


「いや……」


「私達だけでは、彼等の遺体を全て回収する事も叶わなかった。……本当に、ありがとうございます」


 そうした事で感謝を口にしながらも、兵士達の表情には社交的な笑みさえ浮かばない。

 そして感謝を述べられるエリク自身も、絶望に慣れ沈んだ兵士達に何も言えなかった。


 その後、生き残った階級の高い兵士達の判断で、襲撃された港都市の放棄が伝えられる。

 港としての都市機能を復旧させる資材や人員も少なく、この港都市に多くの者達を滞在させたまま再び襲撃された時に、今度こそ文字通り全滅する事は、誰の目から見ても明らかだった。


 兵士達は無事な物資を出来る限り運び出し、他の集落に避難民と共に送り届ける。

 しかし貴重な海産資源を補給できる港都市が一つ壊滅した事で、更なる食料事情の悪化が予想できた。


「……このまま港を放棄すれば、彼等を受け入れる他の場所が食料においても防衛力においても、圧迫されるでしょう」


「……」


「既に、同盟国の総人口は十万にも満ちません。無事な市も、首都を含めて僅か三ヵ所。集落だけでも、その市を中心に数百以上は存在します」


「そんなに……」


「それに比して、食料の入手が最も難しい。……この港は、同盟国の水産物の大部分を担っていました。ここを失えば、多くの者達に食料が行き届かず、飢えて死ぬ者が増加するでしょう……」


「……どうにか、ならないのか?」


魔導国てきの飛空艇と魔導人形ゴーレムは、人が多く集まる場所を狙います。少数で分散しながら空襲を避ければ、何とか農作物の栽培は可能です。しかし、新たな畑を生み出す為の開拓や土地の工事には、人員が多く必要になる。そしてそれを狙ったかのように、定期的に魔導国は攻め込んできます」


「……魔導国を、どうにかするしかないのか?」


「はい。……ですが、敵は空の上に都市を構えていると聞きます。それにあの通り、敵の飛空艇には人間が一人として乗っていません。全て魔法陣を基礎とした構築式を軸にして動く、自動人形オートマタです」


「!」


「魔導国に攻め込む為には、魔導国と同じように空を飛び人員を運ぶ為の乗り物が必要です。……それが無い以上、我々は魔導国の侵攻を防ぎ、生き延びていくしかないのです……」


 海軍の上陸班を指揮した部隊長の一人と話しながら、その情報をエリク達は初めて聞く。 

 エリク達が辛うじて撃墜できた飛空艇には、魔導国の魔法師も人間も誰も乗っていなかった。


 破壊できたのは、ただ構築式プログラム通りに操作されている魔導人形ゴーレムだけ。

 同盟国のような死者も無く、ただ機械的に人間を殺す為の兵器を送り込んでいる魔導国のやり方に、エリクは内心で怒りを高めずにはいられない。


 そんなエリクや近くにいるマギルスとケイルに、部隊長は別の情報を伝えた。


「……それと、皆様に報告があります」


「?」


「明日、首都の救援部隊も到着します。皆様はその部隊と合流して頂き、首都へ赴いて頂く事となりました」


「!」


「本当は、我々が首都まで送り届けるように司令官から命じられていましたが、我々もやるべき事が残っています。どうか、御容赦を……」


「……分かった。ここまで、ありがとう」


「いえ。我々もまた、貴方達が居たからこそ生き残れた。本当に、ありがとうございます」


「……だが、船に乗っていた者達を一人も救えなかった……」


「エリク殿」


「?」


「艦隊から最後の通信が届けられた際、司令官から皆様に伝言を頼まれました」


「!」


「『皆様、御武運を』。……それが、最後の伝言です」


「……ッ」


「それでは、失礼します」


 部隊長はエリク達のいる天幕から敬礼して去り、物資の回収と港都市を放棄する為の準備を指揮する。

 司令官の残した伝言は、艦隊を動かし敵飛空艇に対する囮役を実行した時点で死ぬ覚悟をしていた事を、エリク達に理解させた。


 そして航行中に司令官と話した言葉が、エリクの中で思い出される。


『――……我々は、国を、そして国に住む民を、自分達の家族を守る為に兵士となった。……我々が守るべき者を守ってくれた貴方達を、私達のような兵士全てが感謝し、尊敬を抱いています』


 司令官の言葉通り、兵士として彼等は戦い、そして民を守る為に死んだ。

 それは艦隊だけではなく、港都市で最後まで抵抗し民衆を助けた兵士達にも言える。


 彼等は間違いなく、最後まで兵士だった。

 それを思うエリクは顎に力を込めて歯を食い縛り、無言のまま外に出る。

 ケイルはそれに遅れながらも追い、艦隊が沈んだ海を眺めているエリクを見つけた。

 

「エリク……?」


「……俺は戦場で、多くの兵士を殺した」


「!」


「俺が殺した彼等も、国や民を、そして家族を守る為に、戦ったんだろう」


「……」


「俺は、俺が生きる為だけに、今まで戦い続けた。……それは、間違っていたんだろうか?」


 表情を沈ませながら訪ねるエリクは、後ろにいるケイルに聞く。

 その質問に訝し気な表情を浮かべながらも、ケイルは数秒ほど考えて口を開いた。


「……兵士アイツ等は、守りたいもんの為に戦った。お前は、自分が生きる為に戦った。それに、間違ってるも正しいも無いだろ」


「……」


「正しいから戦う。正しくても戦わない。間違ってても戦う。間違ってるから戦わない。そんな理由を付け足さないと戦えないようなら、武器なんて始めから持たなきゃいいんだ」


「……ケイル」


「アタシは、自分の為に武器を持ち、戦う事を選んだ。例え他人を蹴落としてでも、自分が生き残る為に武器を握る覚悟を決めた。……だからアタシは、根無草の傭兵になった」


「……」


「エリク。お前もアタシも、誰かの為に戦う兵士じゃねぇ。自分の為に戦う傭兵だ。……だから、全部を背負っちまったような顔をすんなよ」


「……」


「お前が背負うのは、自分の事だけでいいんだ。……死んだ連中が背負ってたモンまで、お前が背負おうとするなよ」


「……そうか」


 ケイルの言葉を聞きながら、エリクは複雑に絡む自身の感情と思考がどういうものかを初めて気付かされる。


 エリクは無意識に、自分が殺した者達や、死んでしまった者達の思いを背負おうとしていた。

 ベルグリンド王国で傭兵をしていた時には、世話になっていた団長が死に、エリクは団長を継いで傭兵団を守ろうとする。

 そして死んでいった仲間やその家族である貧困街の者達の為に、給金のほとんどを渡して養おうとした。


 そうしてエリクは無意識に、自分の周囲で死んだ者達が大事にしていた存在ものすら守ろうとする。

 そして自分自身の事に無頓着となり、必要な知識と力以外に何の興味も示す事が無くなった。


 そんなエリクに新たな認識を与え、植え付けた者がいる。

 その人物の事を思い出すエリクは、僅かに拳を握る力を強めた。


「……アリア。君なら、どうする……?」


 エリクはそう小さく呟き、アリアならこんな時に何を言うかを考える。


 もしアリアがここに居れば、更に多くの者達を救えたかもしれない。

 艦隊も沈むことなく、敵の飛空艇を打ち落とす策を思い付いて実行したかもしれない。

 そして自分エリクが抱く疑問に、いつものように微笑みながら答えてくれたかもしれない。


 アリアがいない今の状況になって、初めてエリクは心細さを感じた。

 いつも色々な事を考えながら自信満々な様子を見せるアリアの姿が、懐かしいとさえ思えてしまう。


 それ以上の言葉も無いまま、海に沈む夕日をエリクは見届ける。

 そんなエリクを心配するケイルは、何も言わずに傍に居続けた。

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