砂漠の旅に


 賞金首おたずねものになった事を知ったエリクとケイルは、砂漠を越える為に必要な荷物を荷馬車ごと運ぶ。

 そして港都市を立った日の昼頃には、皇国軍港の町まで二人は戻って来た。


 二人は借りていた宿に入り、アリア達が借りている大部屋の扉を開ける。

 そこには残っていた三人が揃い踏み、出発の準備を整えた状態で待機していた。

 アリアが立ち上がり帰ってきた二人を出迎えると、エリクがそれに答えるように前に出る。


「――……おかえり。そっちの準備は?」


「ああ。……こっちでも、何かあったか?」


「ええ。傭兵達が、私達を襲おうと計画してたわ」


「やはりか」


「その様子だと、そっちもだったみたいね?」


「ああ。それで、どうなった?」


「マギルスが一人でやったわ。気付いた途端に殺す気満々で飛び出そうとしたから、二人で止めたわよ。まったく……」


「ぶー、強い相手が全然いなかった!」


「傭兵達は皇国軍に引き渡したわ。誰も殺してないわよ」


 アリア達も傭兵達に襲われそうになったと聞き、エリクは表情を強張らせる。

 しかし三人が無傷であり、マギルスが不貞腐れながらも全てを撃退した事を知ると、エリクの表情は強張りを治めた。


 そしてケイルが部屋の扉を通り、アリアに顔を向けて話す。


「アタシ達の首に、賞金が懸かってるんだとさ」


「聞いたわ。無関係の傭兵まで利用し始めるなんて、向こうも形振り構ってられないみたいね」


「あの傭兵共は、本命の刺客が来るまでの時間稼ぎだろうな。あるいはアタシ等の準備が整わせないまま追い立てて、本命が仕留めるっていう腹積もりだろ」


「その辺りが妥当でしょうね」


「身体の調子は?」


「二日間、じっくり休んだわ。もう大丈夫よ」


「なら、さっさと出発しちまおう。他の傭兵共が来たら、追い払うのに時間を食うのも面倒だしな」


「そうね。向こうの準備が整わない内に、こっちも砂漠に入りましょうか」


 アリアとケイルは互いの意見を交え、早々に中央の砂漠地帯へ向かう事に同意する。

 既に準備を整えていた一行は宿を出ると、マギルスの青馬に荷馬車を引かせて軍港の町を出ようとする。


 その際、出立の見送り人として定期船でアリア達に対応した皇国海軍の三十代前後の士官が出向き、アリアと話した。


「――……出立されるのですね」


「ええ。私達を襲った傭兵達は?」


「捕らえたまま拘束しています。傭兵と傭兵ギルド側の言い分としては、二国から賞金を懸けられた犯罪者を捕らえる為に赴いたという事ですが、それは他国の政治的判断です。このルクソード皇国の支配領域において、貴方達は丁重に扱うべしと決められた客人ゲスト。他国の政治をこの皇国領域に持ち出した以上、彼等とそれを扇動した傭兵ギルドには相応の処罰を与える事になります」


「そう。魔導国の方は?」


「拿捕した戦艦と生き残った乗員達は、全て皇国本土に連行しているそうです。戦艦に搭載されていた魔導兵器ですが、拿捕前に重要部分は全て破壊されてしまいました。そして戦艦の操縦者達や魔法師達と思われる者達は、船内から海中に飛び込み爆死しています。生き残った者達は、ほとんどが奴隷だったようです」


「そう……。海上で不自然に発生していた霧と、合成魔獣キマイラを製造していたと思われる施設は?」


「現在も調査中です。しかし定期船が襲撃された後、霧の中で不自然な爆発音が観測されたと、海上艦隊から報告がありました。恐らくは……」


「施設ごと自爆して、証拠を隠滅したってことね」


「はい。何かしらの証拠があるのであれば海中の捜索も行いたいのですが、海中内に合成魔獣キマイラがいる事を考えると……」


「迂闊に証拠も掴めない状態……。まったく、やってくれるわね」


 定期船が襲撃された後に判明した事を士官から聞き、アリアは眉を顰めながら表情を強張らせる。


 戦艦を拿捕し乗務員を捕縛しながらも、決定的な証拠をホルツヴァーグ魔導国は掴ませなかった。

 唯一の証拠と言えるのは魔導国産の魔導兵器だったが、重要部分は破壊され魔導国が造った物と証明し難い。


 これだけでは、ホルツヴァーグ魔導国が宣戦布告を撤回した後に領海侵犯を犯して皇国管理の定期船を襲ったという証明の証拠としては薄い。

 徹底的に証拠を掴ませまいとする魔導国の見え透いた思惑に、アリアは苦虫を噛み潰したような後味の悪さを感じた。


 それを吐き捨てるように溜息を口から吐き出し、アリアは士官に顔を向ける。

 そして懐から一枚の書状を取り出し、アリアは士官へ手渡した。


「……これを、ハルバニカ公爵家に届けてください」


「承りました。……ここから先は、皇国領域ではありません。我々が貴方達を護れるのも、ここまでです」


「理解しています。伯爺様おじいさまと曾御爺様に、宜しく御伝えください」


「必ず。……どうか皆様、御武運を」


 敬礼し注意を促しながら、皇国士官は別れを告げる。

 そして一行は荷馬車へ乗り込み、軍港の町から出て行った。


 追っ手が居ない事を確認しながら進む一行に、アリアは改めて説明した。


「――……ここからは皇国の領域から外れるわ。つまり、誰からの援護も貰えなくなる」


「そうか」


「今から私達だけで、砂漠越えをしなきゃいけない。……ケイル、私が言った物は全て買えてる?」


「ああ」


「西側の港まで到達するのに、時間的に言えば三ヶ月も掛からない。マギルスの馬だったら、砂漠でも一ヶ月程度で済むはずよ。でも今までと違って、砂漠には水も食料も無い。限られた資源だけで、今から一ヶ月を乗り切るしかないわ」


「つまり、今あるものでどうにかしろってことだろ?」


「ええ。砂漠の旅は資源的にも、そして環境的にも過酷になる。暑さは昼間だと五十度近くなるそうだし、夜はマイナスに近い気温まで下がるそうよ。その上、各大陸と海から吹き込んでくる低気圧の影響で、ほぼ毎年に渡って台風染みた強さの風が吹き込んで来るわ。だから砂漠地帯は砂嵐が激しい。魔物や魔獣を音や目視での確認が困難になる。だから……」


「俺とマギルスで、魔物や魔獣を見つけろということか?」


「そういうこと。こういう時は、魔人の魔力感知能力は優秀よね。荷馬車に及ぶ風の影響は、私が張る結界で緩和するわ。だから定期船のように、資源を乗せたこの荷馬車を追っ手に破壊されないように注意しましょう」


「分かった」


「はーい!」


「いつも通り、面倒な旅ってことだな」


「砂漠の旅なんて、何百年前にして以来ですね。楽しみです」


 アリアが言う事に各々が納得して返事を行う。

 そんな一同の反応を見た後、アリアは思い出したように自分の鞄を開けてある物を取り出した。


「あっ、そうだ」


「?」


「えーっと……これ、私達の方を襲って来た傭兵が持ってたのよ」


「……手配書?」


「ええ。私達の似顔絵付きのね。二つ名付きの賞金首になってるわ」


「二つ名?」


仇名あだなみたいなものよ。高額の賞金首には、特徴や脅威度を示す為に仇名が付けられるの」


「ねぇねぇ、僕のもあるー?」


「あるわよ、ここにいる全員分ね」


「わーい! 僕にも見せて見せてー!」


 自分の事が書かれた手配書が全員に配られる。

 それぞれがそれに目を通し、自身がどのような事を書かれているかを確認した。


 【白金】アリア、白金貨二千枚。

 【黒剣】エリク、白金貨五百枚。

 【赤髪】ケイル、白金貨二百枚。

 【青鎌】マギルス、白金貨五百枚。

 【黒子】名無し、白金貨二千枚。


 それぞれに二つ名と名前が似顔絵と共に描かれ、賞金の額が綴られている。

 自分の手配書を見た各々は、それぞれに異なる反応を見せた。


「えー! なんで僕、エリクおじさんと一緒なの!? それにアリアお姉さんより下だし! 僕の方が強いのに!」


「……なんでアタシまで、白金貨プラチナ級の賞金首になってんだよ……」


「この似顔絵、上手ですね」


「……これが、俺か?」


「賞金額を見る限り、私とクロエが敵の本命ってことね」


 改めて自分達に懸けられた賞金額を見た事で、【結社】が組織として考える優先度が浮上する。


 手配書には『生死問わず』や『死んだ場合は遺体を持ち帰り引き渡すこと』という内容が条件として書かれているが、生かして捕らえた場合は報酬金額が上乗せさせる事も書かれている。

 組織はアリアとクロエを本命として狙い、出来れば全員を生かしたまま捕らえる意志があり、それが叶わぬ場合は殺害する事を視野に入れていた。


 その情報を改めて確認した事で、今後の事態への予測をケイルが呟く。


「……マズいな」


「?」


「賞金首にも傭兵同様、階級ランクがある。その中で一番上の白金貨プラチナ級の賞金首となると、厄介な連中が来るかもしれない」


「厄介な連中?」


「傭兵の中でも指折の実力者。【特級】と認められてる傭兵達だ」


「!」


「【一等級シングル】の傭兵が常人が至れる階級だとすれば、【特級スペシャル】の傭兵は人智を超えた化物だ。上級魔獣ハイレベルなら単独討伐できる奴もいるし、数人で王級魔獣キングさえ仕留める連中だと聞いてる」


「……つまり、人間を越えた存在。聖人や魔人が、【特級】の傭兵達?」


「多分な。ただ、それだけの実力者を今すぐこの大陸に集めるなんて不可能だ。さっさと砂漠を抜けちまえば――……」


「可能ですよ」


「!?」


 ケイルが話している最中、その横からクロエが口を挟む。

 その差し挟んだ言葉に驚愕するケイルとアリアは、顔を向けてクロエに聞いた。


「……可能って、何がだよ?」


「それだけの強者を、一箇所に集める方法はあります」


「!!」


「元々、七大聖人セブンスワンを私と共に設立した『白』は、人間の脆弱性を危惧していました。だから脆弱な人間勢力に知恵を貸し、人間大陸と人間達が何等かの脅威に晒された場合に各地の実力者達を招集する方法を授けました」


「……四大国家が用いている、転移魔法のこと?」


「はい。ただ、ハルバニカ公爵に頼んで皇国の転移魔法陣ものを見せてもらいました。あれは『白』が広めた物とは違い、意図的に改竄されています。あれでは、術者に大きな負担を強いるばかりで、無駄が多すぎる。数十人単位の魔法師が総出で演算処理し負担を分散しないと、使用に耐えられない不出来なものでした」


「……まさか……」


「魔法と同じように、彼等は自分達に優位に働くモノを広めたのでしょう。彼等が『白』の正しい転移魔法の構築式を保有しているのならば、双方の位置に適切な術者を配置するだけで、各地からこの大陸に人材を転移させる事も可能です」


「……つまり、【特級】傭兵が世界各地から来る……?」


「彼等が本気で、私達に挑むのなら」


 そう告げるクロエの言葉にケイルとアリアは表情を強張らせたが、逆にマギルスは強者が来るかもしれないという事に喜びを浮かべ、エリクは抱える大剣の鞘を掴む腕に力を込める。

 一行はそれぞれに思いを抱きながら、砂漠を横断する旅を始めたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る