賞金首
二日目を迎え、朝食を終えたエリクとケイルは市場と各商店が開いた頃合に赴いた。
保存できる食事や水は勿論、それ等を収めて保管できる魔道具製の
そして砂漠用の衣服と目を覆える
更に医療用の薬品や治療具を購入した時、エリクが不思議そうにケイルに訊ねる。
「アリアがいるのに、薬や治療具が必要なのか?」
「アリアしかいないから、必要なんだよ」
「?」
「アリアの回復魔法は確かに凄いが、アリア自身が重傷を負ってぶっ倒れたら、アタシ等で治療できる手段が無いと困るだろ?」
「……確かに」
「だから用意しておいて、損は無い。だろ?」
「そうだな」
ケイルが話す事を納得し、二人は買い物を続ける。
そして一通りの買い物を終えて宿の倉庫へ荷物を置いた二人は、柔和な表情から鋭い眼光へと切り替えた。
「――……気付いてるか?」
「ああ、二十人だ」
ケイルとエリクは、互いに意識を外に向ける。
買い物の最中に視線を感じた二人は、それに気付かぬフリをして行動していた。
その視線が増え続け、買い物を終えた現段階で十五人に増えている。
それに気付いていた二人だったが、ケイルだけは訝しげな声を漏らした。
「……妙だな」
「?」
「監視者の技量が低過ぎる。見てるのがバレバレだぞ」
「それが、何か問題なのか?」
「アタシはともかく、
「……分からない事は、捕まえてから知ればいい」
「罠かもしれないぜ?」
「それでいい。俺達が動けば、
「……分かったよ。ただ、今はダメだ。外が明るい」
「夜襲を掛けるか?」
「向こうも
「王国で?」
「街道沿いに盗賊が出たとかで、狩りだされた事があったろ? その時の作戦だよ。マシラでも似た事をしたっけな」
「……ああ、アレか」
「二十人となると、流石に取り逃すかもしれない。だから向こうの都合の良い状況を作り出して、一網打尽にする」
「分かった」
ケイルがそう話すと、エリクは納得の声を返す。
何も気付かぬフリをして倉庫を出て二人は、しばらく街中を歩いて監視者達の人数が増えないかを確認した。
結局は二十人以上に監視者は増えず、二人は夕暮れを過ぎて食堂に入り、食事を終えて宿に戻る。
それから一時間後。
夜の暗闇が街中に陰りを生み出した頃に、ケイルだけが宿から出て来た。
それに気付いた監視者の中から、十名がケイルを追う。
夜の街を歩き人気の無い場所へと向かうケイルの姿を確認し、監視者達はほくそ笑む。
そして商店が閉まり終えた区画の隅に移動しているケイルを囲むように、監視者達が姿を現した。
その中にいる一人の男が覆面をした顔を晒し、ケイルに告げる。
「――……お前が、ケイルって女傭兵だな?」
「……」
「大人しく捕まれば、痛い目に遭わせずに済むぞ?」
男がそう告げると、囲む男達から笑みを零す声が囁かれる。
多人数で取り囲み優勢を取った男達は、ケイルを捕らえられる事に疑問を感じなかった。
そんな男達に対して、ケイルは溜息を吐き出しながら呟いた。
「――……はぁ。やっぱ、ありえないな」
「なに?」
「こんな連中でアタシ等を獲れると、組織は本気で思ってるのか……?」
「何を言って――……」
「エリク」
「!」
ケイルは不満にも似た言葉を呟くと、指を鳴らして音を響かせる。
そして次の瞬間、取り囲んでいた男達の外側から黒い服を纏うエリクが姿を現し、男達を襲った。
男達は頭から地面へ顔を叩き付けられ、殴り飛ばされ、蹴り飛ばされ、投げ飛ばされる。
瞬く間に無力化させられていく仲間達に話していた男は驚き、動揺しながらも目の前のケイルに襲い掛かった。
男が振り下ろす剣を軽く避けた後、ケイルはその腕を掴み勢いを利用して男を地面へ倒すと、逆関節を極めた状態で躊躇も無く腕を折る。
倒され腕を折られた男は短くも大きな悲鳴を上げ、剣を落として苦痛の声を漏らした。
「ギャ、アガァ……ッ!?」
「……さて。色々と喋ってもらうぜ」
「ァガ……ッ、ゥ……!!」
ケイルは男の腕を折った後、素早く身を起こして男の喉に小剣を突きつける。
男は腕を折られた痛みで苦しみながらも、喉に迫る小剣の先が喉の肉に食い込んだ事で息を飲んだ。
その間にもエリクは男達を無力化させ、その全員を同じ位置へと投げ捨てる。
山積みとなった仲間達を横目で確認した男は、痛みと寒気が齎す冷や汗を肌に浮かばせ、処理を終えたエリクはケイルに声を掛けた。
「――……終わったぞ」
「他のは?」
「宿の前で張っていた連中は、全て倒した。縄で括って置いて来たが……」
「問題ねぇよ。念の為、アリアから透明になれる魔石を貰っておいて正解だったな」
「ああ、奇襲がし易かった」
「後は、コイツから情報を聞き出せばいい。……喋らないなら、他の奴に聞けばいいだけだ」
その話で他の仲間達も既に捕縛されている事を察した男は、予想外の結果と恐怖に身体を震わせる。
そして喉に剣を突きつけるケイルの視線が冷酷な瞳を宿すと、男は痛みに耐えながら声を漏らした。
「は、話す! 何でも話すから、殺さないでくれ……」
「……まず、お前達は何者だ?」
「よ、傭兵だ」
「何処の?」
「こ、ここの……」
「ここ? 皇国のか」
「ち、違う。この大陸で、傭兵をしてる……」
「傭兵ギルドか。……で、誰に雇われた?」
「や、雇われたわけじゃない……」
「傭兵が雇われずに、アタシ等を襲ったとでも?」
「ア、アンタ達には賞金が懸かってるんだ。俺等は、賞金狙いで……」
「賞金だと?」
ケイルとエリクは賞金稼ぎの男が話す内容を聞き、初めて自分達に賞金が懸かっている事を知る。
更に男から情報を聞き出す為に、ケイルは尋問を行った。
「アタシ等に賞金を懸けてるのは、誰だ?」
「ホルツヴァーグと、フラムブルグ……」
「国が直々にか。……賞金が懸かったのは、
「よ、四日くらい前に、ギルドに似顔絵が張り出されて……。俺達はギルドから声が懸けられて、アンタ達が港に入ったって情報を……。すぐに動けるのは、俺達だけで……」
「……なるほど。つまり寄せ集めの傭兵達で、アタシ等を捕まえようとしたってことか。……アタシ等にも賞金が懸かってるって事は、他の
「べ、別の傭兵達が向かった……」
「戦力は? お前達より強い連中が向かったのか?」
「お、俺達よりも数は少ないし、等級が低い連中ばかりだ。女子供ばっかりで、こっちよりも楽だろうって……」
「……なるほどな。なら、向こうはもっとお気の毒な事になってるだろうぜ」
「え……? ゥ、ガ……ッ」
男から一通りの事情を聞き出したケイルは、小剣の柄で男の頭を叩き気絶させる。
そして立ち上がった後、エリクと顔を見合わせた。
「どうやら、アタシ等は賞金首になったらしい」
「……アリア達は、大丈夫だろうか?」
「アタシ等の戦力を見誤ってる時点で、向こうも大丈夫だろ。マギルスだけでも、十分に対処できるさ」
「そうか」
「問題は、傭兵ギルドだ。この大陸は傭兵ギルドの本拠地があるし、組織の手がどれだけ及んでるか分からない。最悪、傭兵ギルドそのものが敵と考えていいだろう。アタシ等のことを把握されてるということは、上陸後から今まで向こうの情報網に掛かり続けてた証拠でもあるからな」
「……どうする?」
「コイツが言ってたように、今はこんな連中しか傭兵ギルドも動かせてない。だが他の主戦力の傭兵に、組織が絡んだ連中も追っ手に加わると厄介だ。その前に、砂漠に入ろう」
「……アリアを、あまり休ませられないな」
「仕方ないさ。だが、出来る準備は整えられた。後はアタシ等で大方の事は対処して、道中にアリアを休ませればいい」
「そうするしかないか……」
そう話す二人は、倒した追っ手達を用意していた縄で手足を拘束し放置する。
翌朝には重傷の状態で拘束された傭兵達が、港都市の各所で発見された。
そして朝早くに工房に向かった二人は予定通りに荷馬車を購入して、荷物と共にエリクの腕力で荷馬車を引いて皇国軍の軍港を目指す。
賞金を懸けられた一行は、こうして砂漠を横断する準備を整えた。
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