無理の軽減
上陸後に宿で休むアリアの完全な回復を待ちながら、ケイルはマギルスと共に定期船が格納された
積載させていた荷馬車の回収に赴いたのだが、
これを見たマギルスは頬を膨らませて怒りを見せたが、ケイルは旅に必要な物だけを回収し荷馬車を廃棄する事を選ぶ。
本来は改良部品を取り付け、マギルスの青馬と荷馬車で砂漠を横断する事を考えていたアリアの思惑は崩れ、仕方無く現地で荷馬車を購入する事を選ばざるをえなくなった。
そして上陸から二日後、アリアは起き上がれるまでの体力を取り戻す。
まだ気だるい様子を見せていたアリアだが、ケイルから荷馬車の事や港周辺に関する状況と情報を聞いた。
「――……で、馬車は壊れて使いもんにならなそうだったから、向こうで瓦礫と一緒に廃棄するよう頼んどいた。この港自体も皇国の軍港みたいなもんだから、砂漠超えの為に新しい
「……分かったわ。なら、さっさと町まで移動を……」
「無理すんなよ。まだ万全じゃねぇだろ?」
「留まり続けるのは、危険だもの」
「組織のことか?」
「ええ。私達がこの大陸に来た事を、今回の騒動で【結社】は間違いなく知ったはず。早く進んで追跡を振り切らないと、何時何処で襲われるか……」
「確かにな。砂漠を越えてる最中に襲われたら、たまったもんじゃないな」
「だったら……」
「だからこそ、お前の状態が万全になってからだ」
「!」
「組織がアタシ達に刺客を送り込んでるなら、必ず先回りしてるはずだ。今回の失敗は、皇国軍の介入に遭ったからだからな。今度は、何の邪魔も入らない場所で必ず襲って来るぞ」
「……」
「マギルスやエリクがいるとはいえ、船みたいな状況になった時に対抗手段があるとすれば、お前の力だけになるだろうな。そんなお前が万全の状態で動けないと、いざって時に対処が遅れる。その結果、更に危険な状況に陥る事だってあるだろう」
「……ッ」
「しばらくお前は、この宿で体調を戻す事に集中しろ」
「でも……」
「文句があるなら、発案者のエリクに言えよ」
「エリクが……?」
ケイルが指を向けてそう言うと、アリアはそちらへ顔を向ける。
そこには窓の外を見ていたエリクが立っており、ケイルの言う事に振り返り頷きながら話し始めた。
「アリア、今は休め」
「……道中で、十分に休めるわ。今は西側への出発準備を、急がないと……」
「準備なら、俺とケイルがやる。アリアは、他の二人と一緒に宿で休んでいろ」
「でも……」
「君は昔、俺に言った。危険な国では、俺に買い物をする時もあると。今がその時だろう?」
「……!」
「君のおかげで文字を読み書き出来るようになり、金銭の計算も出来るようになった。それに、ケイルも一緒に行く。大丈夫だ」
「……分かったわ。なら、今の備品の状態を教えて。私が必要な物を書き留めるから、買い物はケイルとエリクに任せるわ」
「ああ、分かった」
いつもより表情を険しくさせたエリクが休息する事を勧め、アリアはそれに渋々ながらも頷く。
体調的に万全に戻っていない事を自覚しながらも、追跡者の危険性を考えているアリアには焦りが生まれている。
実際に今回の定期船が襲撃された事態は、皇国軍の援護が無ければ全滅の危機でもあった。
そうした事が今後も起こり得る事を考えれば、体調も準備も整わない内に出発するよりも、万全の状態を整えて出立した方がいい。
海と違い、陸上ならばアリアも制約の無い状態で迎撃が可能となる。
それを指摘された事で自分の精神的な焦りを脱したアリアは、休む事を覚えた。
そんな中で、マギルスは頬を膨らませながらエリクの方を見る。
何かを言いたそうなマギルスに、エリクが問い掛けた。
「どうした?」
「僕達も宿で居残りなの? つまんない!」
「マギルス、お前は俺より強い。お前なら、二人を守れる」
「えー、そうだけどさぁ」
「それに、敵の狙いはその二人だ。二人を襲う為に、強い刺客が来るかもしれないぞ」
「あっ、そっか。じゃあ、残った方が強い相手と戦えるかな?」
「多分な」
「そっかぁ。うーん、町にも行きたいけど、強い相手と戦えるならここが良いかなぁ? ……じゃあいいや、
「ああ、頼んだ」
マギルスの不満をエリクは受け流すように留め、上手く宿に残るように促す。
それを見ていたケイルとアリアは、僅かに驚きを向けながら呟き合った。
「……エリク、あんなにマギルスの扱いが上手くなってたの?」
「マギルスは良くも悪くも素直っつぅか、欲望に忠実な子供というか……」
そんな二人が小さく話し終えた後、今後の行動が決まった。
エリクとケイルは必要な備品と砂漠を越える為に必要な荷馬車を購入する。
そしてアリアとクロエは宿に残り、万が一にも組織の刺客が現れる場合にはマギルスが迎撃する。
宿を離れる場合には、合流地点として皇国軍の造船所へ合流する事が決まった。
こうしてエリクとケイルは、荷馬車と備品を購入する為に宿から出る。
そして軍港からやや離れた町まで向かう途中に、こんな話を交えた。
「――……ケイル」
「ん?」
「マシラで、アリアが宿に閉じ篭った時のことを、覚えているか?」
「ああ、覚えてるよ。アイツの親父が死んだと思ったら、生きてたのが分かって復活したやつな。それがどうした?」
「アリアは、ずっと無理をしている」
「……え?」
唐突にそんな話をし始めるエリクに、ケイルは疑問の表情を浮かべる。
マシラを出てから今まで、アリアは無茶な行動はしがちではあったが、無理をしているような様子をケイルに見せてはいない。
しかしエリクだけは、アリアにそれを聞いて知っていた。
「アリアは、マシラを出る時に人を殺した」
「……元闘士達か」
「ああ。それに皇国で事件に関わろうとした時も、俺達を遠退けて、全て自分だけでやろうとした」
「……」
「アリアは、俺達の為に無理をし続けている。……アリアに、もう無理をさせたくない」
エリクは今までの事を思い返し、その全てでアリアが自身の負荷を強いる無理な行動をしている事を察する。
異常な存在であると思われる事を嫌っているにも関わらず、アリアは常人には成し得ない力を人前で行使し続けた。
そしてどんな相手にも命を尊重し重さを説いたアリア自身が、多くの人を殺め命を軽んじるような行いをする。
更に皇国の事件では自分だけで事態を解決しようとし、仲間と呼ぶ者達に対して何も語らなかった。
今までの出来事はアリアという人間性に矛盾を生じさせ、行動性に
アリアは無理をしている。
そして自身を傷だらけにしながら前を歩こうとするアリアが酷く脆い存在なのだと、エリクは初めて思えた。
隣を歩くケイルはエリクの言葉を聞き、やや驚きながらも溜息を吐き出す。
そしてエリクの胸に軽く裏拳を当て、その言葉に対する返事をした。
「……まったく。相変わらず、お前等は嵌まり合ってねぇな」
「……?」
「アリアに無理をさせたくない。だから今度はお前が無理して、またボロボロになるのか? それで二人ともボロボロになってたら、本末転倒だろうがよ」
「……」
「アタシから言わせれば、どんな人間だって無理しながら生きてるんだ。無理してない人間なんてこの世の何処にもいないし、無理をしなくても生きられる世界なんて何処にも無い。まして、危険な旅をしてるんだ。無理が重なる時もあるだろうさ」
「……」
「無理が無くなる事はない。だけど、無理な負担を軽くする事は出来る。アリアを宿に休ませてアタシと一緒に買い物に行くのも、ちゃんと負担を軽くしてる事になるんだよ」
「……そうだろうか?」
「今は組織の追跡や刺客がある以上、無茶をしなきゃいけない時がある。それがアリアの負担になるのなら、アタシ等でその負担を振り分ければいい。そうして少しでも、アイツに無茶をやらせる場面をアタシ等で少なくすればいいんだ」
「……」
「今はとにかく、必要な物を買って準備を整えよう。それがアタシ等の役目で、アイツを休ませる為の口実になる」
「……そうだな」
そう話しながら歩く二人は軍港から離れ、設けられた市場へ入る。
こうして砂漠の旅に必要な物を購入する為に、エリクとケイルは港町へ赴いたのだった。
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