顧みぬ少女


 ルクソード皇国のある大陸から西側に位置する、砂漠の多い大陸。


 この大陸の四方を各国家勢力が束ねる大陸が存在しており、それぞれがこの大陸の四方に分かれるように港と都市を設け、各国家同士で商いをする商人や旅行客が中心に行き来を行う場所として利用している。

 北に『ホルツヴァーグ魔導国』、南に『フラムブルグ宗教国家』、西に『魔人の国フォウル』と『アズマの国』、東に『ルクソード皇国』が大陸の勢力図として延びながら、大陸中央には巨大な砂漠地帯を国境の分け目としていた。


 そして砂漠の大陸東側、ルクソード皇国の支配域である港都市に到着したアリアとエリク達は、一週間ぶりに大地へ足を付けた。


「――……やっと、着いたわね……。宿ぉ……」


「分かってるっての。もうちょい辛抱しろよ」


 いつも通り、船酔いに苦しむアリアに肩を貸したケイルが宿まで運ぶ。

 それに微笑みながら同行するクロエとマギルス、そして後ろからエリクが考えながら付いて来ていた。


 しかし一行が降りたのは定期船からではなく、ここまで護衛していた皇国軍の赤い軍艦から。

 そして守られていた定期船の方も、到着後に待機していた皇国海軍の船に誘導されながら造船所ドックへと入り、襲撃された損傷を本格的に修復する為に向かっている。

 他の乗客達も定期船に乗ったまま、その造船所の方で降ろされる事になっていた。


 何故、アリア達だけは皇国軍艦へ移乗したのか。

 それは定期船が襲われた事に関連しているからという、至極当然の話と結果だった。


 定期船は皇国軍艦隊に保護された後、応急処置で定期船の補修が行われた。

 その際に定期船へ乗船した皇国軍の兵士達はアリア達の部屋まで訪れ、事情聴取の為に軍艦へ赴くよう要請して来た。


 始めこそ渋る様子を見せていた一行だったが、皇国海兵達にはハルバニカ公爵伝手に命令書が届いており、アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンとその仲間達を次の大陸まで護送するように命じられていたらしい。

 名目的には連行に近い処遇ながらも、内密的には保護する形として扱う事を約束した皇国海兵に対して、倒れたアリアに代わりケイルとエリクがそれに応じて軍艦へと移乗する事になった。


 襲撃を受けた定期船には幸いにも死傷者は出なかったが、それでも多くの船員に負傷者が出る。

 特に突魚ダツの爆発に巻き込まれた大砲近くに居た負傷者の怪我は酷く、重度の火傷を負っていた。


 それに関して目覚めたアリアが事情を聞き、自ら負傷者の治癒を申し出る。

 皇国海兵側は止めようとしたが、アリアはそれを押し退けた。


『――……私達が巻き込んだのよ。私達の尻拭いは、私達でやるわ』


『しかし……』


『アンタ達はアンタ達で、あの連中がやってる事をきっちり終わらせなさいよ。旗艦を拿捕できたなら、合成魔獣キマイラや霧を操作してる魔導器があるはず。それを使って霧を晴らして敵施設を押さえるなり、合成魔獣キマイラを始末するなりして、この後始末をしなさい』


 そう睨みながら話すアリアに根負けし、皇国海兵は定期船の負傷者達の治療をアリアに任せる。

 しかし定期船内では敵軍艦からの発光信号で伝えられた内容が一部に広まり、再び乗船し治療を行おうとしたアリアを拒んだ。


 怪我人の治療後にすぐに軍艦へ戻る事を約束した上で皇国海兵は説得し、アリアは怪我人の治療を行う。

 それにケイルとエリクも同行して手伝い、一日で怪我人全ての治療を終える事が出来た。


 しかし感謝の言葉は無いまま三人は軍艦へと戻り、アリアは再び倒れるように眠ってしまう。

 三日以上も目覚めない事が続き、アリアの容態を心配するエリクを宥める為に、クロエがその理由を話した。


『――……制約ルールがあるにも関わらず、アリアさんは海に近い場所で魔法を幾度も使用しました。その反動が来てしまったのでしょう』


『反動……?』


『アリアさんは自身の魂に誓約やくそくを取り決め、それを守る制約ルールを自分の身体に課しています。その誓約やくそくを破ろうとすると、魂と肉体に拒絶反応が代償行為として表れ、精神や肉体に大きな負荷を与える。それが反動と呼ぶ状態です』


『……アリアは、大丈夫なのか?』


『今回は大丈夫です。使用した回復魔法や治癒魔法も中位から上位のものだけのようですから、あと一日もすれば目は覚めるでしょう。……ただ、これ以上の上位魔法や最高位魔法を使用したり、秘術の類を行う場合には、肉体と魂に及ぼす反動は計り知れません』


『アリアは、それを知らずに魔法を使ったのか……?』


『知っているでしょう。知った上で、彼女は怪我人の治療をする事を選んだ。……軍艦に襲われた時もそうでしたが、アリアさんは自分で全てを背負い込む癖がありますね』


『……』


『動揺し私達を引き渡そうとする傭兵かれらの敵対心を一身に集め、貴方や私達を敵意や悪意から庇おうとした。……彼女は皇国のパーティーの時もそうでしたが、そうした行動を今までも何度かしていませんか?』


『!』


『自ら敵役となる事で、自分の周りにいる者達を守ろうとする。優しい心を持つが故に、とても不安定アンバランスな行動を行うようですね。……いずれ彼女は、貴方達の為に自らを犠牲にする選択をするでしょう』


『なに……!?』


『!』


 クロエの予言染みた言葉を再び聞いたエリクは、表情を険しくさせてクロエを睨む。

 それを聞いていたケイルやマギルスも、クロエに視線を集中させた。


『それは、いつだ?』


『分かりません。けれど、決して遠くはない未来のはずです』


『……ッ』


『彼女は良くも悪くも、この広くも小さな世界で注目されています。私に視える未来は、それ等の繋がりによって築かれる確定できない未来。そして、その選択を迫られる時には、私は既に貴方達の近くにはいません。だから、その未来が私には全て視えない』


『……』


『彼女を繋ぎ止めたいと願うのなら、それは貴方達の存在こそ重要でしょう。……彼女は貴方達との繋がりがあるからこそ、今この場に留まれているようですから』


『……そうか』


 微笑みながらそう伝えるクロエの言葉に、エリクは表情を強張らせながら呟く。

 そしてケイルも眉を潜めながらアリアが眠る顔を睨み、マギルスは首を傾げながら口を開いた。


『ねーねー、ケイルお姉さん』


『ん?』


『お腹、空いたんだけどさ。今日から何処で食べればいいのー?』


『……マギルス。今は結構、真面目な話をしてたんだよ』


『知らないもんね。そんな分からない未来より、今は食べられる御飯が先でしょ?』


『……まぁ、そうだわな』


『ふふっ、そうだね』


 話題を無視したマギルスの言葉に、ケイルは溜息を吐きながら同意し、クロエも笑いながら同意する。

 しかしエリクの不安は拭い切れず、アリアが意識を取り戻してからは静かにアリアを見ながら考える時間が多くなった。


 こうした出来事が有り、一行は皇国軍艦から降りて次の大陸に足を踏み入れる。

 そして皇国海軍から紹介された宿に泊まり、一行は船旅の疲れを癒す為の休息に入った。

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