王国の姫君 (閑話その三十)


 身嗜みを整え用意された礼服を着込んだガルミッシュ帝国皇子ユグナリスは、ベルグリンド王国の姫君リエスティアとの面会を行う為に城内を歩む。

 それに同行する宰相セルジアスは前を歩きながら、ユグナリスに話し掛けた。


「――……ユグナリス。彼女と会う前に言っておく事がある」


「はい?」


「表向きは、王国との和平を築く為に彼女の婚姻は必要に思えるが、実はそうでもない」


「!」


「君が嫌なら婚姻はしなくていい」


「しかし、その姫はどのように……?」


「婚姻の必要が無いのなら、彼女は王国からの客人として丁重に扱おうと思っている。しかし帝都ではなく、ローゼン公爵領で預かる事になるだろう」


「!」


「城の内部はあくまでガルミッシュ皇族が住む家であり、帝国の政治が決められる中心地だ。そこに住むともなれば、窮屈な思いを強いる事にもなるからね」


「確かに、そうですね……」


 セルジアスが述べる話に、ユグナリスは一定の理解を得る。


 実際に帝都の城で住んでいたユグナリスは、子供の頃から少し前まで窮屈な生活を強いられていた。

 基本的に帝都の町を歩く事は許されず、外出する際には帝国騎士達を護衛として同行させる。

 勉強も修練も城の中で完結してしまい、ユグナリスは自由を許されていたわけではなかった。


 こうした考えをユグナリスが持つに至った経緯は、ログウェルに連れ去られ外での生活を長く体感した影響でもある。

 城に住んでいた頃のユグナリスは、そうした疑問を持った事は無かった。


 この一年間の修練生活が、ユグナリスに自分の狭い世界を認識させるに至る。

 そんな狭い城へ詰められるよりも、自然も多く敷地の広いローゼン公爵領の屋敷で住む方が身体的にも精神的にも安らぐと、ユグナリスは理解した。


「そこでだ、ユグナリス」


「はい?」


「君はリエスティア姫と面会後、彼女と共にローゼン公爵領に戻り、あの屋敷で共に暮らして欲しい」


「……えっ!?」


「一緒と言っても、ちゃんと別館に住まわせるさ。驚かなくていい」


「いや、そういう話ではなく……!?」


「例え今すぐに婚約をしなくても、リエスティア姫と皇子である君の交流は体面的に必要になる。分かるね?」


「わ、分かりますが……」


「彼女は世話役として、使用人と近衛騎士を共に連れて来ている。基本的に彼等がリエスティア姫の世話をするから、君は時々訪れて話を交えるだけでいい」


「……」


「それと彼女に会う前に、一つ注意しておく」


「え?」


「あまり彼女に肩入れをし過ぎないように。深く踏み込むと、君は同情してしまうだろうから」


「……?」


 セルジアスの不可解な言葉に、ユグナリスは疑問の表情を浮かべる。

 そうした会話を行う間に、二人は近侍と護衛の帝国騎士と共に客間へと訪れた。


 扉を警備する騎士と話し、セルジアスはユグナリスと共に部屋の中に入る。

 客人を招く為に大きく間取りされた室内の中で、ユグナリスは待つように座っている女性を見た。


 待っていたのは、黒く長い髪と白い肌が際立つ女性。

 一見ではアリアと同じ年頃であり、着ている白いドレス服は白い肌に似合う物だった。

 顔立ちも整っており、少なくとも美人と呼ぶに相応しい容姿をしている。


 しかし、彼女の姿を見てユグナリスは違和感を持った。

 それは彼女が座っている物が原因であり、ユグナリスはその名称を小さく呟いた。


「……車椅子……?」


 黒髪の少女が座っていたのは、椅子は椅子でも車輪の付いた車椅子。

 それを見て小さく呆気を取られたユグナリスに、セルジアスは小さく呟いた。


「ユグナリス。あそこの席に」


「あっ、はい……」


 セルジアスに導かれ、ユグナリスは車椅子に座る女性の目の前にある椅子へと案内される。

 そして席に座る前に、セルジアスは女性へ挨拶を行った。


「姫、ユグナリス皇子を御連れしました」


「はい。どうぞ、御席へ」


 瞳を閉じたままリエスティア姫は目の前のソファーへ手を向け、それに応じたセルジアスとユグナリスは腰を降ろす。

 そして互いの従者が後ろに控え立つ中で、改めて挨拶が行われた。


「ユグナリス殿下。彼女が、ベルグリンド王国の姫君です」


「初めまして、ベルグリンド王国から参りました、リエスティアです」


「は、初めまして。私が、ユグナリス=フォン=ガルミッシュです」


 セルジアスに促され、二人は互いに名乗り挨拶を交える。

 ユグナリスは目の前の女性が件の姫であると同時に、車椅子に乗り瞳を閉じ続けている理由が分からず困惑気味に挨拶をした。


 その動揺が伝わったのか、リエスティアは口元を微笑ませながら話した。


「このような私の姿に、驚いていますか?」


「あ、いえ……」


「驚いてしまうのは当然です。……私は幼い頃の怪我で盲目を患い、自分の足で歩く事が叶わない身となっています」


「!」


「様々なお医者様や治癒術師様へ診て頂きましたが、快復には至りませんでした。なのでこのような姿で御迎えをする事を、お許しください」


「ゆ、許しを請う程では。……確かに少し驚きましたが、それは私の未熟故のこと。どうかこちらも、お許しを願いします」


「それでは、双方で許したという事で」


「はい」


 そう微笑むリエスティアに、ユグナリスは頷いて答える。

 そんな二人を見ていたセルジアスは、会話が途切れた事を確認してから話を始めた。


「リエスティア姫。昨日も少し御話しましたが、その話をユグナリス殿下と共に行いたいと思います。宜しいですか?」


「はい」


「では始めに。リエスティア姫が王国から帝国へ赴いた理由は、帝国での見識と交流を深める為、その話に相違は無いでしょうか?」


「はい」


「そして、こちらに居られるユグナリス殿下との婚姻も、それに含まれていると?」


「そう聞いています。けれどお兄様からは、ユグナリス殿下との婚姻が嫌であれば、しばらくして戻ってくるようにと言伝を頂いています」


「それを踏まえた上で、昨日こちらから提案した話を。……リエスティア姫には、しばらく私の領地であるローゼン公爵領に逗留して頂きます。そこでユグナリス殿下と交流を深めて頂き、それから双方の合意を持って婚約をして頂く。そういう進みで、構いませんか?」


「はい」


「それでは、こちらで領まで送らせて頂く準備を行います。各所へ確認も行いますので、二日から三日ほどこの城に滞在して頂く事になります。宜しいですか?」


「はい、分かりました。こちらから持ち込んだ荷物も、御運び願えますか?」


「勿論です。ユグナリス殿下も、それで宜しいですか?」


「はい」


 セルジアスは両者に確認を取り、ローゼン公爵領へ移る事を了承させる。

 互いに合意を取った事を確認すると、セルジアスは次の話へ進めた。


「それでは、次の話です。リエスティア姫が持ち伝えたウォーリス王からの依頼ですが、こちらも尽力を行います。定期的に領の屋敷へ私が推挙した医師や魔法師を尋ねさせたいと思いますが、宜しいですか?」


「はい。……お兄様のお願いですが、あまり御無理をせずに御願いします。私の身の上で、兄にも貴方達にも御迷惑を掛けられません」


「いえ。これも何かの縁です。是非、協力をさせて頂きます」


 そう話すセルジアスとリエスティアの二人を見ながら、ユグナリスは話の内容を察する。


 ウォーリス王は妹の盲目と足を治す方法を探している。

 それが帝国側に在るかを確認し妹を治癒する事が、ウォーリス王の望みでもあるとユグナリスは悟った。


 細かい話が二人の間で行われ、ユグナリスはあまり話す言葉も無く三十分の時間が流れる。

 そうして一通りの話が決まったところで、セルジアスは席を立ちユグナリスと共に退席しようとした。


「それでは、殿下と私はこれにて。何か入用の物がある場合には、近侍の者を御呼びください。出来得る限りの物は、御用意させて頂きます」


「ありがとうございます。……ユグナリス殿下も、また御話が出来れば」


「はい。また機会があれば、御伺い致します」


 別れの挨拶を終えた二人は、リエスティアが居る部屋から退室する。

 そして部屋へ戻る最中、ユグナリスからセルジアスに話し掛けた。


「……肩入れ、同情。ローゼン公が注意するように言っていたのは、彼女の怪我の事だったんですか?」


「そうだよ。君の事だから、同情して深入りしてしまうのではと考えた」


「……彼女を治す方法が、帝国にあるでしょうか?」


「正直、難しいね。彼女は幼い頃に怪我をしたと言っている。十年以上前の怪我だと、普通の回復魔法や治癒魔法での快復は望めない。かと言って、外科的な手術で彼女の足を動かせるようにしたり、目を見えるようにするにしても、帝国の医学技術では不足かもしれない」


「では、その技術がある国へ行けば……」


「彼女の身体を考えると、長い旅を行わせるのは不可能だろう。王国から帝国に来るまでも、相当な苦労だったようだ。二日前に到着した時には、気分を悪くしていたようだからね」


「……」


 セルジアスの見解を聞き、ユグナリスは表情を僅かに曇らせる。

 アリアと自分に近しい年頃の少女が不自由な暮らしを強いられる姿を目の当たりにし、ユグナリスの良心が僅かにざわめく。


 そんな時、ユグナリスはある人物を思い出した。


「アルトリアだったら、治せるんじゃないですか……?」


「……確かに、妹なら治せるだろう。アルトリアは学園生活時代に、盲目者の瞳に光を戻し、半身不随となっていた者の治癒も行っている。魔法による治癒と回復は、間違いなく帝国どころか人間大陸随一の腕前だったろうね」


「だったら、アルトリアを連れ戻せば……! 今は、ルクソード皇国に居るんですよね? それなら、今から向こうに伝えて――……」


「残念ながら、アルトリアはもう皇国にいないよ」


「え……!?」


「情報を聞く限りの推測だけど、アルトリア達は更に西の大陸に渡ったようだ。これでは追おうにもすれ違う可能性が高いし、事情を話して呼び戻そうとしても、アルトリアが了承するか怪しいだろうね」


「……俺のせい、ですよね……」


「そうだね。だけど、過ぎた事を悔やみ続けてもしょうがない。今は、やれるだけの事をやってみよう。御互いの為にね」


「……はい」


 アリアの回復魔法と治癒魔法が飛び抜けた能力を示している事を、二人は理解している。

 そのアリアがリエスティアの治癒を行えば、あるいは全快も可能だろう。


 しかし当人は帝国を飛び出し、ルクソード皇国も既に飛び出している。

 連絡手段が無ければ、アリアを呼び戻す事さえ出来ない。

 アリアの不在となった原因を作り出したユグナリスは、リエスティア姫に対する申し訳無さを強めていた。


 それから三日後。


 リエスティア姫はユグナリスと共にローゼン公爵領へ移動し、領地の屋敷にて滞在する事となる。

 そして二人は交流を行い、日々の時間を過ごす事となった。

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