結社編 閑話:舞台袖の役者達

魔境の使者 (閑話その十八)


 アリア達が皇都から出立した二日後。


 皇都の祭りは三日目を迎え、訪問する人々も増えた中で一日目や二日目以上の盛り上がりを流民街を中心に見せている。

 その中を闊歩するとある三人は、周囲の人々から見ても異様な雰囲気を漂わせていた。


 一人目はハゲ頭で巨漢の大男であり、その肉体はエリクすら凌駕する逞しい体格が露となっている。

 二人目は金色の髪を持つ麗しい女性で、瞼を閉じながら口元を扇子で隠し、傍を通る男達の目を釘付けにしていた。

 三人目は白混ざりの茶髪である小柄な少年であり、その二人の前を微笑みながら歩いている。


 その三人が周囲に異様に見える理由。

 それはルクソード皇国では見られない独特の服装も原因だったが、三人の周囲に皇国騎士団ロイヤルナイツの騎士達が集まり、護衛するように歩いていたからでもある。


 そうした注目を集める中、茶髪の好青年が周囲を見回しながら話し始めた。


「――……ルクソード皇国、初めて来たね! お祭りやってるね!」


「そのようだ」


「嫌やわぁ、これ晒し者やないの? うち、仰山ぎょうさん見られとらん?」


「タマモは綺麗だからしょうがないね!」


「うむ」


「世辞は要らんて。さっさと用事済ませましょ」


「だな」


「姫様に頼まれた事だもんね!」


 その三人そう話しながら皇国騎士達に導かれ、流民街を抜けて市民街の壁門を通過し、貴族街を抜けて皇城の大門に辿り着く。


 そこで待っていたのは、『赤』の七大聖人セブンスワンと皇国騎士団の将軍である老執事。

 そしてルクソード皇国内を実質的に治める立場となった、新たなにハルバニカ公爵家を継いだダニアスが訪問者である三人を出迎えた。


 案内をした騎士達が左右に別れると、ダニアスが歩み三人の前で一礼を述べる。

 そしてダニアスに顔を向けた三人は、僅かに瞳を開けて見た。


「――……遥々の訪問、誠に感謝致します。フォウル国の使者殿。私は――……」


「聖人だね!」


「だな」


「あらぁ? この国、聖人は『赤』しからんのとちゃうん?」


 ダニアスが挨拶を述べようとする前に、フォウル国の使者である三人は目の前の青年が『聖人』だと気付いた。

 それに騎士達や老執事、そして『赤』のシルエスカは驚きを見せる。

 しかし聖人と見破られたダニアス自身は、落ち着いた面持ちで改めて自己紹介を述べた。


「はい、私は『聖人』に達しています。この国の宰相を務めさせて頂いている、ダニアス=フォン=ハルバニカです」


「『赤』以外にも聖人は居たんだね!」


「はい。六十年ほど前に修練を行い、至れました」


「偉い!」


「うむ」


「宰相て言うたけど、この国のお偉いさんなん?」


「はい。聖人に達する私が宰相では、問題が?」


七大聖人セブンスワンや無いなら何やっててもええよ。けど、そっちの赤い子が王様になる言うんなら、ちゃんと七大聖人セブンスワンを辞めなアカンけどねぇ」


「勿論。彼女には七大聖人セブンスワンとしての務めを継続させて行きたいと思っております」


「言うことを聞けるええ子やねぇ。お姉さん、誉めたるわ」


「お姉さんって歳じゃないよね!」


「うむ」


「あんた等、後でしばくさかい。よう覚えとき」


 ダニアスをそう褒めるタマモと呼ばれる金髪の女性は、扇子で口を隠しながら微笑みを浮かべる。

 そして一言多い同行者達に怒りの笑みを浮かべ返した。


「それでは、御案内をさせて頂きます。宜しいですか?」


「せやね。さっさと用事を終わらせましょ」


 ダニアスは挨拶を終えると、自ら三人を導き皇城内の案内役を務める。

 それに同行するのは『赤』のシルエスカと老執事は、フォウル国の使者と共に皇城の幾層まで続く地下へ赴いた。


 ルクソード皇国、皇城の地下。

 そこは最も堅牢な牢が存在し、空気中にある魔力を分解し魔法を発動させない魔導器を備えた強化ガラスで仕切られる部屋がある。

 その部屋の前に辿り着いた一行は、室内で拘束されている一人の女性をガラス越しに確認した。


 『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァ。

 フラムブルグ宗教国家の切り札であり、神罰の代行者としてルクソード皇国に攻め込んできた聖人女性。


 捕獲されたミネルヴァはこの場所に拘束され、魔力が存在しない室内で『神の奇跡』と自称する魔法を使えず、アリアによって身体に刻まれた『呪紋スペル』が封じられた事で強靭な力と肉体能力を発揮できず、また呪紋の影響で凶暴だった人格が抑制され、今では室内の隅で膝を抱えながら壁だけを見る日々を送っていた。


 それを確認したフォウル国の使者達は、それぞれに驚きの感想を述べた。


「本当に捕まえてる!」


「だな」


「この暴れん坊を、よう捕まえられたもんやねぇ?」


 そうした感想と共に、三人はダニアスとシルエスカを見る。


 この百年間の中で幾度かミネルヴァはフォウル国の魔人討伐を試み、その都度フォウル国を守護する魔人達によって返り討ちにされていた。

 ミネルヴァの左顔に残る大きな傷も、その時に魔人に受けた傷である事はかなり有名である。

 しかしシルエスカを含む四人掛かりで捕獲したミネルヴァを『暴れん坊』と軽く称するフォウル国の使者に、シルエスカは眉を顰めた。


 そう話す三人はミネルヴァの居る室内を改めて確認すると、膝を抱え壁を見ながらブツブツと呟くミネルヴァの様子を確認する。


「――……許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない――……」


 何度も低い声で呟き表情を歪めているミネルヴァを見た三人は、少し引き気味な様子を見せる。

 そしてそれぞれが感想を述べ、ダニアスが経緯を説明した。


「うわぁ」


「……」


「ずっとあんな感じなん?」


「はい。こちらを見ようとせず、問い掛けても何も答えない。まるでこちらの声が聞こえていないようで……」


「暗示やねぇ。尋問や拷問に耐える為に、自分の精神に閉じ籠るんよ。他のも同じやろ?」


「はい。生存しているフラムブルグの神官達も同様、尋問に何も答えようとしません。ミネルヴァだけは、少し様子が違いますが……」


「あんさん等が聞き出したいんは、例の組織に関する事でええん?」


「はい。フラムブルグが【結社】を使い、この国にどのような意図で介入していたか。また襲撃を命じた首謀者は聞き出したかったのですが、不可能でした」


「そら無駄な事しましたなぁ」


「!」


「ミネルヴァや神官等は何も知らんわ。この暴れん坊達はな、あんさん等が合成魔獣キマイラ合成魔人キメラを作って人間に害を及ぼしたっちゅう、その情報しか知らずに神罰下す言うて来ただけやもの」


「それは本当ですか?」


「ミネルヴァは他国から見れば神狂いの狂信者やけど、自国では立派に務め果たしとるからなぁ。そもそもそんな事に自国が加担してると知ったら、真っ先に自国で暴れまわるで?」


「……なら、彼女は『青』のガンダルフのようには組織に加担していないと?」


「利用はされても、魔人もちらほらる組織に自分から入るわけあらへんし、強要されて従うくらいなら自殺するやろ。ミネルヴァはそういう真っ直ぐに狂っとるからこそ『聖人』に成り得たて、姫様も言うとりましたわ」


「……そうですか」


 ダニアスやシルエスカ達が考えていた【結社】とミネルヴァの関与を、フォウル国の使者は真っ向から否定した。


 ミネルヴァの魔族排斥活動はフラムブルグの宗教的な部分の他にも、フォウル国の魔人達に苦汁を飲まされた経験がわざわいしている。 

 そのミネルヴァがルクソード皇国内で合成魔獣キマイラ合成魔人キメラの製造を行う活動に参加するはずが無いと、フォウル国では結論付けていた。

 

 そう考えた時、今回の騒動は『青』のガンダルフが次の肉体を得る為にルクソード皇国を利用したという考え方は筋が通る。


 しかし『黒』の七大聖人セブンスワンとアリア達を引き渡すよう告げ、『黄』のミネルヴァを送り出したフラムブルグ宗教国の上層部に【組織】を率いる者が居るのは確実。

 そうした事実が見える以上、ダニアスはフォウル国の使者タマモが言う言葉を全て鵜呑みにしていない。


 そんなダニアスの思考を察したのか、タマモと呼ばれる女性は微笑みながら告げた。


「心配は要らんで。もしもん時はまた助けを乞うて良いて、姫様も言うてましたわ」 


「!」


「うちの姫様も、あの組織には困っとるんよ。うちの戦士を引き抜いて、あちこちで悪さしとる聞くしな。だから姫様も、そういう悪さする組織はきっちり潰さなアカン思うてるよ」


「……巫女姫様も、【結社】の壊滅に協力してくださると?」


「だからうちらが来たんやで? 本当ほんまなら、あんさん等の国がどうなろうと知ったこっちゃないんやけどね」


「……」


「あら、気分悪くしたん? ごめんねぇ、悪気は無いんよ。本当ほんまに興味無いだけやから」


「いえ。……それより彼女ミネルヴァの引き渡しですが、まず室内に強力な睡眠を誘う煙を数十数分間ほど放出します。その煙の放出を止めてから――……」


「……ややこしいなぁ。うちらだけでやるさかい、この部屋の扉まで案内して開けてぇな」


「えっ……。いえ、彼女は聖人ですよ? あの中に入れる時にも、猛者が数人掛かりでやっとだった。何の対策も無く扉を開ければ、途端に暴れ出してしまう」


「せやから、うちらが来たんやろ? いいから言うこと聞きや」


「……分かりました。こちらに扉があります」


「おおきに」


 タマモの申し出にダニアスは渋る様子を見せながらも、フォウル国の使者を拘束室の扉まで案内する。


 ここはダニアスやシルエスカという聖人でも破れないよう作られた分厚い拘束室だが、聖人に有効な拘束具は開発されていない。

 それが七大聖人セブンスワンミネルヴァともなれば、身体能力を強化していた呪紋スペルが封じられている状態でも強さは計り知れないだろう。


 ダニアスは無言で視線を向け、シルエスカはそれに同意し槍を抜き放てる状態を維持する。

 そして一行を拘束室の扉の前に案内すると、扉の開閉を行う操作盤をダニアス自身が行った。


「……それでは開きますが、本当に宜しいですね?」


「ええよ」


「分かりました。では――……」


 操作盤に入力を行い、ダニアスは拘束室の扉がゆっくりと開き、二枚の分厚い扉板が上下に収納されていく。

 そして扉が完全に開けられた状態になった時、監視している室内の騎士から拡声器越しに声が上がった。


『――……公爵、ミネルヴァが!!』


「!」


 その声と共に、拘束室の中から凄まじい速さで人影が飛び出す。

 囚人用の服に身を包み、狂気の瞳と怒りの感情を交えた『黄』のミネルヴァが懸念通りに脱出を図り外に居る者達に襲い掛かった。


「許さない!! 神の愚弄者ッ!!」


 そう怒鳴るミネルヴァは凄まじい速さで扉の前に佇むタマモに向かい、拳を振り上げ襲い掛かる。

 ミネルヴァの脱走を予期していたシルエスカは短槍を引き抜き、使者のタマモを守りに入ろうとした。


 しかし次の瞬間、七大聖人セブンスワンであるミネルヴァとシルエスカでも捉えきれない速度で一人が動く。


 使者の少年が凄まじい速さでミネルヴァに飛び掛かり、その首を絡め押さえて床に押し潰し身動きを封じた。

 更にミネルヴァの首を少年は腕で締め上げ、意識を落とそうとする。

 それに抗うミネルヴァは起き上がり振り払おうとしたが、右腕は首と共に少年の腕に固められ、左腕は少年の足で押さえられ完全に身動きが出来ない状態へ陥った。


「が、あぁッ!!」


「駄目駄目。僕の締め技からは逃げられないよ?」

 

「……お、お前等は……!?」


「久し振り」


「フォウルの、魔人共……ッ!!」


「相変わらず暴れん坊やね。お嬢ちゃん」


「き、貴様等ァ……ッ!!」


 目の前に居る三人を確認したミネルヴァは、怒る顔を更に歪めて起き上がろうとする。

 しかし両腕と上半身を押さえ込まれ起き上がる事が出来ないミネルヴァは、目を充血させ歯を食い縛り意識が落ちないように耐えるしかない。


 しかし数分後。

 ミネルヴァの抵抗は虚しく、完全に意識が途絶えて床に倒れ伏す。

 そしてタマモは懐から一枚の札を取り出すと、それをミネルヴァの額に貼り付けた。


「これでええよ。ほな、運んでな」


「おう」


「あれぇ、前はもっと力強く抵抗したのになぁ。弱くなってない?」


「武装も無いし、そんなもんやない?」


「そっか、そうだね!」


 拘束し直した後、ハゲ頭の大男はミネルヴァを担ぎ上げて肩に乗せ、制圧した白茶髪の少年は笑い顔を浮かべる。

 タマモは今までの出来事に動揺すら見せずに、少年と話ながら談合さえ交えていた。

 その三人を見ながら、ダニアスとシルエスカは衝撃と動揺を内包させた視線を向けている。


「あのミネルヴァを、完全に抑え込んだ……。しかも一瞬で……」


「……これがフォウル国の精鋭、『干支衆えとしゅう』か……」


 そう呟くダニアスと共に、シルエスカは目の前に居る三人を見つめる。


 『』を冠する大男、ガイ。

 『さる』を冠する少年、シン。

 『いぬ』を冠する女性、タマモ。


 彼等こそ、フォウル国で【十二支士じゅうにしし】と呼ばれる魔人集団を束ねる戦士の長。

 鬼の巫女姫を守護する『干支衆えとしゅう』だった。

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