皇都出立


 夜になり、皇都で開かれる祭りの賑わいが別の景色を見せ始めている頃。

 ハルバニカ公爵邸から流民街南地区を通過したケイルは、南外壁の大門に辿り着いた。


 大門の前は出入りが多く、行き交う商人の荷馬車や馬を預けられる厩舎施設を巡りながらケイルはエリク達を探す。

 しかし、待っていると告げたアリアやエリク達の姿は見えない。

 夜も更け外壁の大門は閉じられると、開いているのは兵士が待機している小門となった。


 アリア達がまだ荷馬車を購入できずに奔走しているか、あるいは置いて行かれたかという考えが過ぎったケイルは、小さく溜息を吐き出す。

 その瞬間、ケイルは何も無い空間に人の気配を感じて振り向いた。


「ケイル、こっちよ」


「!」


 何も置かれていない空間からアリアの声が発せられ、ケイルは驚きで目を見張る。

 そして数秒後、何も無い空間から突如として大きな荷馬車が姿を現した。

 その中から降りて来たアリアを見て、ケイルは納得を見せる。


「……なるほど。偽装魔法で馬車を見えなくしてたって事か」


「ええ。念の為にね」


「他の奴等は?」


「いるわよ? マギルスと『黒』さんは中で寝てるわ。エリクはそこで訓練中よ」


「?」


 アリアが荷馬車の後ろを指すと、確かにそこにエリクが座っていた。

 大剣を抱えたまま地面に座り、目を閉じて自身の気配を完全に殺している。

 魔力の制御と抑制を行う為に訓練しているエリクは、ケイルが来た事にも気付かずに集中していた。


「エリク、ケイルが来たわよ」


 集中しているエリクにアリアが触れると、閉じていた目を開けてエリクは立ち上がる。

 そしてケイルに目を向け、僅かに口元を微笑ませた。


「ケイル」


「おう」


「これで皆、揃ったわね。早速だけど行きましょうか」


 ケイルが来る事を信じていたアリアとエリクは、そのまま何事も無かったように出発の準備を始める。

 馬車を止めていた添え木をエリクが外す準備を行い、中で眠っているマギルスをアリアは起こした。


「マギルス、起きなさい」


「……うー、眠い……」


「アンタがあの馬を呼ばないと、出発できないでしょ」


「分かったよー……」


 眠っていたマギルスは起こされると、眠そうな顔で馬車から降りながら青馬を出現させる。

 以前の戦いでガンダルフに凍らされていた馬の死体を解凍し憑依し直した青馬は、毛色の青い大型の馬へ戻っていた。


「お願いねぇ」


「ブルルッ」


 眠そうに目を擦るマギルスの頼みを聞き、青馬は自身の魔力で生み出す手綱を荷馬車へ接合させる。

 こうして荷馬車が完成した姿に満足したアリアは、改めて話を始めた。


「それじゃあ、今から皇都を出てルクソード皇国からおさらばよ。そして大陸の西側にある港へ行き、次の大陸を目指すわ。普通の馬車なら軽く二十日以上は掛かるだろうけど、マギルスの馬なら七日もあれば辿り着けるでしょ」


「おー……」


「分かった」


「……西か。やっぱ次の大陸は、あそこかよ?」


 アリアの説明に眠そうなマギルスとエリクは同意したが、ケイルは渋る表情を見せる。

 その表情の理由を納得しているアリアは、頷いて答えた。 


「ええ。今の私達がこの大陸からフォウル国へ向かうには、あの大陸を横断するしかないわ。ホルツヴァーグ魔導国やフラムブルグ宗教国家が支配してる大陸なんかに行ったら、間違いなく厄介事になるもの」


「厄介事にした張本人が言うのかよ……」


「とにかく! その二国に狙われない為にも別の大陸を目指すしかない。だからあの大陸に行くしかないわ」


「まぁ、そうだがなぁ……」


 アリアの説明にケイルは納得しながらも、やはり渋い表情を見せる。

 それを聞いていたエリクは不思議そうに訊ねた。


「次の大陸に、何かあるのか?」


「単純に言えば砂漠が多い大陸なの。というより、八割方は砂漠ね」


「さばく?」


「山も草原も無い、砂ばかりの大地のこと。雨がほとんど降らないから水源が少なくて、昼間の気温は体温以上の高さになるの。逆に夜は酷く冷え込むから、昼夜の温度差が極端に酷い場所ね」


「そうなのか。人は住んでいるのか?」


「ええ。でもこの大陸よりも人の数や町の数は遥かに少ないわ。ほとんどが水源のある所で町を作るし、水が枯れるとその町は放棄されちゃう事もあるわ。だから小さな国はあるけど、土地の豊かさは無いわね。ほとんどが海に面した場所に港町を設けて、各大陸間に移動する中間地点を兼ねた貿易拠点として切り盛りされている大陸よ」


「そ、そうか」


「でも貿易品の物価が馬鹿みたいに高いって噂なのよねぇ。それを狙って海賊も出るらしいし。向こうでどうしても必要な物があってお金が必要になったら、魔石を売りつけて資金の確保をしましょうか」


「……そ、そうか。凄いな」


「はいはい、後で分かるように説明するわ。それより今は、この国から出る事を考えちゃいましょう。マギルス、お願いね」


「はーい」


 そう話を流すアリアは眠そうなマギルスを動かし、馬車に乗り込む。

 以前より大きめの商業用馬車を購入した事でエリクさえ入れる空間に全員が乗り込み、マギルスは青馬に指示して荷馬車を動かした。

 そして予め、小門を警備する兵士達に通行料を支払っていたアリアは小門を潜り、荷馬車を通過させる。


 その荷馬車の通過を、外壁内から見送る者がいた。


「――……さらばだ。若者達よ」


 アリア達を見送るのは、『赤』の七大聖人シルエスカ。

 別れの言葉を敢えて会わずに口にするシルエスカは、外壁の窓から離れて皇都の中へと戻る。


 こうしてアリアとエリクは、仲間達と共にルクソード皇国の皇都から夜の暗闇と共に抜け出した。

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