旅立ちの準備


 パーティ会場から出てハルバニカ公爵家の屋敷に戻ったアリアとエリク達は、それぞれが旅支度を整える。


 一行が購入し身に付けていた新防具は戦いで破壊されていたが、宿屋に置いていた荷物の一部はハルバニカ公爵家に回収されていたので買っておいた予備の旅服は揃っている。

 しかしアリアの短杖を始め、移動手段となる荷馬車など今回の事件に関わった事で手放されてしまっていた。


 エリクは騎士の礼服を脱ぎすぐに旅用の服に着替えると、アリアの部屋に入り旅支度を整える姿を見ながら話をしている。


「――……とりあえず。次の大陸に行ける港に辿り着くまでの荷馬車と、その間の五人分の食料。後は皇都でしか買えない物を出来るだけ買い込んで、この国から離れましょう」


「金はどうする? 君が持っていた金は、全て奪われているんだろう?」


「こっそり作ってた魔石を売るわ。この祭りに紛れて売れば、旅に必要な物を買える資金にはなるでしょう」


「そうか」


 準備を進めるアリアは荷物を鞄に入れ、その中で色鮮やかな魔石を取り出してエリクに見せた。

 公爵家に留まり続けたアリアは資金に出来る物を作り出し、予め旅に必要な準備を整えている事がエリクにも理解できる。


 しかしエリクの中に僅かな疑問も留まっており、それをアリアに訊ねた。


「……アリア。聞いてもいいか?」


「なに?」


「君は、今回の事件に関わった時。俺をケイルに預けて、一人でここの公爵に捕まろうとしていたと聞いた。事実か?」


「……ええ。始めは、そう考えていたわね」


「始めは?」


「私は合成魔獣キマイラと遭遇した時点で、女皇ナルヴァニアとランヴァルディア、そしてガンダルフが合成魔獣あれ関わっている事は理解した話は、したわよね?」


「ああ」


「それを止める為には、ナルヴァニアに対抗出来る勢力に加わる必要があったの」


「それが、ハルバニカ公爵家か?」


「ええ。皇国内で政治的にナルヴァニアと敵対している曾御爺様の助力が必要だと判断した。それでマギルスに手紙を届けさせて、私が事件解決に手助けして女皇ナルヴァニアを追い落とし、次の皇王になる事を提案したのよ」


「!?」


「曾御爺様は元々、私かセルジアスお兄様のどちらかをルクソード皇王の次期後継者として手元に置きたがっていた。でも伯父様ゴルディオスやお父様は私達を御爺様に預ける気は無かったわ。……皇国内のルクソードの血族は事実上ランヴァルディアのみ。でも姿を眩まし暴走していたランヴァルディアを新たな皇王に出来なかったお爺様は、別の皇王後継者を探し続けていたのよ」


「つまり、あの老人が君を皇王にしたがる事を利用しようとしたのか?」


「そういうこと。後は、御爺様とその配下である騎士団や皇国貴族達を上手く動かしてナルヴァニアを押さえて皇王としての権力を取り上げて、ランヴァルディアを捕獲してガンダルフが秘かに企む計画を阻止する事が私の考えていた計画だった」


「……そうなった時、君はどうなる? 本当にこの国の王になる気だったのか?」


「しばらくの間ね。少なくともこの事件を終息させるまでは、皇王になり国が落ち着くまで様子見する予定だったわ」


「……その時には、俺達は?」


「その事件が落ち着くまで、私からも事件からも離れてもらう予定だった。……私が皇王に立とうとすれば、ルクソード皇国内の権力争いに貴方達も必ず巻き込まれる。それまで貴方とマギルスをケイルに託して、この事件に関わらせないようにしようと思ってたわ」


「……」


「結果として、ガンダルフの思惑とマギルスの予定外の行動が【結社バンデラス】を動かして、私はランヴァルディアの下まで誘拐された。私が考えてた計画は全て崩壊してたけれど、もっと厄介な状態にランヴァルディアが陥っていると分かったから、私はランヴァルディアを止める事に集中するしかなかった」


「……そうか」


 アリアが事件へ関与した際に考えていた計画を聞き、エリクは渋い表情を見せる。

 あの合成魔獣キマイラと遭遇した時点でそこまで考え至り、事件を解決する為の計画を思案していたアリアの思考力に驚きながらも、同時に自分に何も相談されなかった事に寂しさも感じていた。


 そんなエリクに気付いたアリアは、改めて謝意を述べる。


「ごめんね。今度は、ちゃんと貴方にも話して相談するわ」


「……ああ、頼む。……もう一つ、聞いていいか?」


「ん?」


「そう考えていた君が、王にならない事を決めたのは、何故だ?」


「……」


「君は今回の事件を解決する為に、王になろうとさえした。……事件が無くなったから、王になろうとしなかったのか?」


 エリクは心の中に宿る最後の疑問を口にする。

 あの会場の中で皇王の後継者として名を挙げられたアリアは、無茶な要求を皇国貴族達に行い全員から強い拒絶を受けた。

 それは第三者から見れば当たり前の拒絶であり、それを見ていたエリクはアリアらしいと考えながらも、小さな疑問として抱き続けている。


 その疑問を晴らす為にアリアは鞄に収めた荷物を確認し終えて立ち上がり、そしてエリクと向かい合いながら話し始めた。


「……私、ランヴァルディアの記憶を見たの。彼の魂を助けようとした時にね」


「……」


「彼の記憶には、皇国で暮らす二十年間で体験した皇国貴族に対する不信感や懐疑的な疑問が多くあった。彼は彼で、多くの不満を抱えていたの。……けど彼は、そんな不満より小さな幸せを掴む為に必死で、そして愛する人と過ごす幸せがあれば十分だと満たされていた」


「……」


「その愛する人が殺された事で、彼を支えていた心の均等は崩れた。そして真犯人である女皇ナルヴァニアと、それに関わる人間達を強く憎んだ。同時に、そんな奴等を野放しにしている皇国貴族全体に対する不信感と不満感は増幅し、彼に強い憎悪を抱かせた。その結果、ルクソード皇国に対する復讐と滅亡を望んだ」


「……」


「私はその記憶を見た時、私の考えた解決策は全て甘すぎるんだと自覚した。……例え私が皇王になったとしても、皇国貴族達は神輿みこし以上の皇王を望まないし、そんな私に従う気も無い。彼等が求めているのは自分と自分が支配する者達に齎される利益だけ。……皇国貴族は『ルクソード皇国』という国を支える貴族としての責任を放棄し、自己保身を優先する存在へと腐り堕ちていたわ」


「……」


「それを変えない限り、ルクソード皇国の上に立っても意味が無いんだと悟った。……だから一言、どうせだったら皇国貴族そいつ等全員に文句を言ってやりたくて、今日までずっと待ってたのよね」


「……そうか。君らしいな」


「それって褒めてるのかしら?」


「ああ。あれは君らしくて、良かった」


 そう話すアリアの真意を聞き、エリクは安心感を抱く。

 わざわざあの場で、皇国貴族全体を敵に回すような言い方をして皇王になる事を皇国貴族達に拒絶させたアリアの無鉄砲さは、エリクの知るアリアらしい理由だと感じさせられた。


 そうして話し終えた二人は荷物を持ち、ケイルとマギルスが待つ公爵邸の扉前まで辿り着く。

 そこには旅に加わる『黒』の七大聖人セブンスワンである少女も来ており、少し大きめのマギルスの旅服を着て待っていた。

 揃った五人が互いに集い、それを確認したアリアはそれぞれに話し掛けた。


「マギルス、それに『黒』さん。準備は良い?」


「いいよー!」


「はい」


「付いて来るなら、『黒』さんの服も買っておかないとね。動き難いでしょ?」


「いいんですか?」


「どうせ色々揃えなきゃいけないんだし、ついでよ」


「ありがとうございます」


 マギルスと少女の準備が整った事を確認したアリアは、次にケイルに目を向ける。

 麗しく派手なドレスから一転して分厚い旅服へ変化し化粧も全て落としたケイルを見ると、アリアは落胆した態度で呟いた。


「……ほんと、勿体無いわねぇ。もっと着飾ればいいのに」


「うるせぇ。旅をするのにわざわざ着飾る必要無いだろうが」


「そうだけどね。でも、たまには化粧してお洒落するのも良かったでしょ?」


「あんな格好、もう絶対にしねぇよ」


「……エリクに褒められて、満更でもなかったくせにねぇ」


「なんか言ったか?」


「別にぃ?」


 悪態を吐くケイルと小声で呟くアリアを見て、他の三人は苦笑を浮かべる。

 そして確認を終えたアリアは、改めて全員に告げた。


「さて。それじゃあ皇都を出るわけだけど、その前に金策と入用な物を買い集めるわよ」


「今からかよ」


「今だからこそよ。祭りのおかげで人が賑わってるし、物や金銭が潤沢に回ってるわ。そして祭りの影響で皇都に人の出入りも激しくなってるし、追っ手になりそうな皇国貴族の代表者達や騎士団や兵団もここに集中している。各皇国貴族の勢力が祭りで動けない今の内に、次の大陸に向かいましょう」


「具体的には、どうする?」


「まずは私が魔石を売って資金に換えるわ。前みたいに手早く売るから、その御金を元手にしてマギルスの青馬が引く荷馬車を購入しましょう。それから食料や他の備蓄を買い込んで、夜にはこの大陸の西側の港を目指すわ」


「分かった」


「はーい!」


「分かりました」


「……今日中に出るのか?」


 アリアが述べる事に了承する三人を他所に、一人だけ難色を示すケイルが訊ねる。

 それで見返すアリアは何かを察し、ケイルに返答した。


「貴方の一族の話ね?」


「ああ、あの爺さんに聞く予定だったんだがな。お前がパーティーをぶち壊したせいで、聞くタイミングを完全に逃した」


「……ごめんなさい。でも貴方の一族に関しての話は、私が御爺様から聞いて確認しているわ」


「!」


「でも今それを話すには、あまりにも長い話になる。次の大陸に向かう道すがらに話すから、今日は我慢して頂戴」


「……そう言っておけば、アタシが消えるのを防げると思ってるのか?」


「それを否定はしない。貴方が私達と行動する理由を失えば消えるんじゃないかと考えているのは、本当だから」


「……チッ、分かったよ。ただし、これ以上の引き伸ばしは無しだ。皇都を出たら、すぐに話せ」


「ええ。……それじゃあ、行きましょうか」


 ケイルに妥協案を提示したアリアは話を纏め、五人は公爵邸の大扉を開ける。

 ハルバニカ公爵邸の従者はほとんどが皇城に出向いてしまい、残っているのは最低限の従者だけ。

 彼等はアリアとエリクを止めず、また止められないまま公爵邸から見送るしかない。

 そして公爵邸の門を五人が通り潜ろうとした時、とある人物が居る事に全員が気付いた。


「あれは……」


 待っていたのは、ハルバニカ公爵家に仕える老執事。

 そして皇国騎士団の束ねる将軍が、アリア達が旅立とうとする時に現れた。

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