新たなる歩み


 アリアが新たな皇王の候補者として注目を集める中、皇国貴族達に告げた要求。

 そのとんでもない内容に、会場内の皇国貴族達は表情をみるみる激情へ染め、ほぼ全員が怒声を上げた。


「――……ふ、ふざけるなッ!!」


「何を言っているんだ、あの娘は……!?」


「ハルバニカ公、これはどういう事なのだ!?」


「こんな狂った娘を次の皇王に推すわけがないだろうッ!!」


「我々皇国貴族が守ったこの大陸を、この大地を!! こんなふざけた小娘一人の為に台無しにしろと言うのか!?」


 会場内に集まる数十名以上の皇国貴族達から、アリアとハルバニカ公爵に対して罵詈雑言が飛び交う。


 その中でアリアの皇王に推していたシルエスカは呆然となり、対照的にエリクは口元を微笑ませた。

 料理を食べながら聞いていたマギルスも、その隣にいる『黒』の少女と一緒に頷き微笑み合う。

 そうして微笑みを浮かべる仲間達がいる一方、ケイルは呆れた表情で大きな溜息と声を漏らした。


「……はぁ。やっぱイカれてるぜ、あの御嬢様」


 仲間達から様々な情緒を抱かれる中で、罵詈雑言を浴びせられるアリアは涼しげな顔を浮かべて振り返る。

 そして呆然とするダニアスを他所に、老いながらも怒りへ震えるハルバニカ公爵へ話を向けた。


「残念です。私の要求は、どうやら叶えられないようですわね。曾御爺様」


「……アルトリアッ!!」


「言いましたよね? 私が皇王の候補者として壇上へ上がる時、私が述べる事を叶える意志が皇国貴族に見られない場合は、私は皇王にはならないし選ばれないだろう。それに貴方も同意した。……結果は御覧の通りです」


「……やはり、御主もクラウスと同じというわけか」


「これはルクソードの血を継ぐ皇国貴族の教えに順ずる者としての、当たり前の要求です」


「!」


「貴方を尊敬します、ハルバニカ公爵。貴方はこんな連中の上で必死に国を支え続けて来た、立派な貴族です。……しかし、そうして守って来たこの国は表面だけ華々しく見えるけど、実際にはそれを支える皇国貴族はこうも無能で腐り落ちた連中ばかりになってしまった!」


「!!」


「それを長年に渡り放置し、そしてナルヴァニアやランヴァルディアという歪みを生んでしまったのは、それ等を是正できなかった歴代皇王とここにいる貴方達のような貴族の責任なのよ」


「……ならば、儂の命と地位だけで事は済むじゃろう?」


「いいえ。今回の事件を引き起こす歪みを生み、皇国そのものの基盤を腐らせているコイツ等にも責任を取らせるべきよ。私が皇王になった時、私自身がここの連中を処断するわ。貴方を含め、一人残らずね」


「馬鹿な。そんな事をして、お前やこの国に何の益があると……」


「益が有るからやる。益が無いからやらない。そんな損得勘定で思考を停止させていた結果がこの国の腐敗を招いたのだと、まだ分からないんですか!?」


「……」


「利害でしか結ばれない関係をし続けた結果、この国の基盤はこうも脆く腐りきった姿を晒した。それを是正する為の改革を拒み続けるのであれば、私はそんな泥舟くにの台座に座る気は無いわ。貴方達だけで、腐り落ちるこの国と共に滅びなさい!」


 そう告げるアリアの怒声は魔石を通じ、ハルバニカ公爵と会場内に響き渡る。

 その凄まじい剣幕と言葉に皇国貴族達は完全に沈黙し、抗議すべき言葉を飲み込んだ。

 周囲が静まり返った数秒後、ハルバニカ公爵はアリアと眼光を合わせながら口を開いた。


「……どうしても、儂等の『上』に立つ気は無いか?」


「私の『下』になる事を拒絶したのは貴方達よ。ルクソード皇国」


 アリアとハルバニカ公爵は向かい合い、真剣な眼差しを向け合う。

 互いの意見に妥協を許さず、互いに意見が受け付けられないモノだと察したハルバニカ公爵は、諦めるように溜息を吐き出し、呟きを漏らした。


「……クラウスは自分の子に、偽らぬ為の良い教育をしたと見える」


「それが成功しているのは、セルジアスお兄様だけです。私は父から、そして国や立場から逃げましたから」


「そうか。……儂のような年寄りは衰えるばかりじゃが、次なる世代は新たな歩みを進めて成長するということかのぉ……」


「老いも成長であり生きている証だと、私は考えます。……遅かれ早かれ、人間と同じように老いた国も死ぬ時が訪れる。老いるばかりのこの国には、新たな成長を遂げる為の『進化』が必要と、私や父は考えていました」


「……国の成長、そして進化か……」


「お世話になりました、曾御爺様。どうか余生を、御元気で」


 アリアは最後に別れを告げ老執事に魔石を返却すると、堂々とした姿で階段を降りる。

 それを見るハルバニカ公爵の瞳には、二十年程前に孫クラウスが仲間達と共に国を去った姿と、今の曾孫アリアの姿が重なった。


「……さらばじゃ。アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン」


 寂しそうに微笑むハルバニカ公爵は、曾孫として最後に見るアリアの姿を見送りながら別れを告げる。

 そして階段を降りたアリアは、前に来ていたエリクとケイルに清々しい笑顔を向けた。


「えへ、やっちゃったわ」


「アリア」


「あーあ。結局こうなるのかよ……」


 エリクは微笑み、ケイルは呆れながらと戻ってきたアリアを迎える。

 そして料理に興味を無くしたマギルスと少女も合流するように踊り場に赴くと、アリアに笑いながら声を掛けた。


「わーい! アリアお姉さんって、僕より馬鹿だよね?」


「うるさいわね! ……三人共。帰ったら着替えて荷作りして、この国から出るわよ。冬も越えたし、寄り道は済んだわ」


「はーい!」


「分かった」


「……ったく。本当にしょうがねぇな、この連中は……」


 アリアがそう告げると、三人は予想していたように頷く。

 その四人を微笑みながら見る少女は、アリアに対して話し掛けた。


「アリアさん」


「ん?」


「前にトランプ勝負でのお願いで、叶えて欲しい事があります」


「えっ? 私達、これから国を出るんだけど……」


「はい。なので、貴方達の旅に私も加えてください」


「……はぁ!?」


 『黒』の七大聖人セブンスワンである少女がそうお願いすると、アリアは驚きを見せる。

 エリクやケイルも驚く中で、マギルスだけは笑いながら同じ事をお願いした。


「ねぇねぇ、一緒に連れて行っていいでしょ?」


「いや、だって。貴方は七大聖人セブンスワンでしょ? だったら私と居るより、この国に残った方が……」


「私は、貴方達と旅をしてみたいんです。お願いします、アリアさん」


「えぇ……?」


「アリアお姉さん、トランプで何十回も負けたんだから。言う事を聞かなきゃ駄目なんだよ?」 


「……まさか、アンタ達。こうなる事が分かってたから、あの勝負を……?」


「私はただ、繋がりを視ただけです」


「僕はアリアお姉さんと遊びたかっただけ!」


「……あー、もう! 分かったわよ! 連れてきゃいいんでしょ、連れて行けば!」


「わーい!」


「わーい」


 『黒』の少女とマギルスが手と手を合わせて喜び、一方でアリアは疲れた表情を浮かべる。

 そして表情を切り替えたアリアは悠然とした姿で歩き始めると、その後にエリク達も付いて行き、会場の出入り口である大扉を目指した。


 恐れ知らずのアリアと仲間達が通る姿は会場内の人々を畏怖させ、自然と左右に別れ道を作らせる。

 その道でエスコートするエリクはケイルと共に歩み、それを真似するマギルスは少女の手を握り笑いながら歩みを進めた。


 その際、通り過ぎるエリクとグラドの視線が重なる。

 今までの事態に驚くだけだったグラドはエリクの微笑む顔を初めて見て笑いを浮かべ、別れの挨拶として拍手を起こした。


 それに皇国貴族達は訝しげな視線を浮かべたが、グラドの拍手をきっかけとして会場の至る場所から拍手が起こる。

 拍手する者達のほとんどは騎士の礼服を着た者達が中心であり、その中にはハルバニカ公爵家の従者達や老執事、そしてダニアスも含まれていた。


 こうして疎らな拍手で見送られる中、アリアとエリクは仲間達と共に皇城を後にする。 

 皇国での寄り道を終えたアリアとエリクは、仲間達と共にフォウル国までの旅を再開させた。

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