覇者の介入
襲撃の後、皇都の流民街には住み着く人々は少ない。
襲撃時に建物などが幾つか崩れ火災が拡がりながらも、流民街は外壁外周に位置していた為に中央の市民街より被害は少なく見える。
しかし復興が進むまで流民街に滞在していた旅人達や外来商人達のほとんどは皇都から離れ、近場の市町村に身を移して冬を越えようとしていた。
その流民街に身を残しているのは、ハルバニカ公爵家が召集した商人達が率いて来た作業員と技師職人達くらい。
バンデラスが関わっている傭兵ギルドの職員や傭兵達は、ハルバニカ公爵に命じられほとんどが拘束され事件と結社に関わる事情聴取を受けていた。
今の流民街は以前のような賑わいは無く、通り道のほとんどは復旧作業の為に使われる資材運びに利用され資材が詰まれ復興作業を続ける人々の光景が見えている。
そこに外出が許されたケイルは黒い外套を羽織り腰に小剣を携え、ある場所へ向かっていた。
「……」
ケイルが持っていた長剣は
今のケイルに残された武器は、刃渡り六十センチ前後の小剣。
その一本だけで身を守る必要があるケイルは、いつも通り周囲に警戒しながら歩みを進めた。
そして辿り着いたのは、流民街北地区にある民宿が集まる区画。
皇都の中では良心的な値段での泊まる事が可能であり、近くに飲食店なども安く手軽に食べれる物も多い。
現在は復興中の為、そのほとんどは休業に入り寂しさを宿す北地区をケイルは通ると、目的地に辿り着いた。
その場所にはかなり大きな倉庫が建てられており、本来は民宿の管理者達が大荷物を共同して置く場として利用されている。
倉庫の大扉を横に押し開いたケイルは埃が舞う中を歩き、隅に置かれている大きめの木箱に近付いた。
かなり重量のある木箱を身体全体で横から押すと、その下には床扉が姿を現す。
それを屈んで開けたケイルは、階段が備わる暗い地下室へと入った。
階段を降り続けた先にあったのは暗闇であり、その中で手を這わせるケイルは壁に備わっていた機器に手を触れる。
すると地下室が照らされ、そこには人が暮らせる生活空間が広がっていた。
「……こっちの方は、荒されてないな」
そう呟くケイルは、部屋の中を物色し何かを探す。
この部屋は表宿を借りられない者に提供する裏宿であり、流民街各所にこうした部屋が用意されていた。
こうした部屋をケイルは利用した事がある。
その内の一つはマギルスと『黒』の少女のせいで暴かれ潰されてしまい、今のケイルが訪れているのは違う部屋だった。
その部屋で何かを探すケイルは、隅に置かれた衣装棚の裏側へ目を向ける。
「……これだな」
ケイルは衣装棚を前へ動かし、後ろに張り付いてた紙を剥ぎ取る。
そこに在ったのは、丈夫な白紙に魔法式に似た紋様が描かれている紙札だった。
「……これを、確か張るんだったか……」
ケイルは何かを思い出すように呟き、その紙札を額へと張る。
そして目を瞑ると、数秒後にケイルの頭の中に声が響いた。
『――……あらぁ。やっと来たのぉ?』
「……アンタか?」
『そうよぉ。随分と連絡が遅かったじゃなぁい? ケイティルちゃん』
「……そのちゃん付け、止めてくれよ」
『あらぁ。私から見ればぁ、貴方はまだ子供よぉ? と言ってもぉ、私が長生きしてるだけなんだけどねぇ?』
「はぁ……」
頭の中に響く悠長な女性の声を聞いて、ケイルは溜息を吐き出す。
ケイルの額に張られた紙札を通じて思念を届ける声は、改めてケイルに話し始めた。
『それでぇ? 今まで音沙汰が無かった理由を教えて欲しいのだけれどぉ』
「……しばらくハルバニカ公爵家の屋敷にいて、外出できずに連絡できなかった。前に貰った紙札も紛失したから、アンタが言ってた地下宿の予備を使ってる」
『拘留ぅ? まさか、捕まってたのぉ?』
「こっちの対象が一緒に居たから動けなかっただけだ。……そっちこそ、今は何処にいるんだ? 皇都の近くか?」
『さぁねぇ。会う必要があるのぉ?』
「……いや。それより頼みがある」
『頼みぃ? 何かしらぁ』
「アンタ、フォウル国の鬼姫と通じる手段を知ってるか?」
『……それを知って、どうするのかしら?』
今まで悠長だった女性の声が途端に冷たさを宿し、相手が警戒を示しているとケイルは察する。
ここから先の言葉を選びながら、ケイルは自身の頼みを話し始めた。
「フラムブルグ宗教国がルクソード皇国に宣戦布告した。しかもその理由になっている原因に、こちらの対象も含まれてる」
『……』
「皇国側はアズマ国とフォウル国に要請し、フラムブルグ宗教国の宣戦布告を取り下げと戦争回避の交渉を始めた。アズマの国との交渉は完了したが、フォウル国が人間国家同士の戦争に介入し止める協力をする可能性が低い」
『……それでぇ? 私から巫女姫に連絡して協力しろとぉ? ……馬鹿じゃないのぉ?』
「!」
『私は元十二支だけどぉ、巫女姫と接点なんて無いわぁ。それにあの国に戻る気も無いしぃ』
「……巫女姫と直接取り合えるような伝手は?」
『いたとしてもぉ、私から関わる気はありませぇん』
「……どうしてもか?」
『貴方を結社に誘ったのは私だしぃ、困ってれば力を貸してあげなくもないけどぉ。それとこれとは話が別じゃなぁい?』
「エアハルトの時も、アタシが上手く挑発したから奴を外に連れ出して勧誘に成功したんだろうがよ?」
『あの後、もう少しでエアハルトは死んでたわよぉ。依頼失敗したんじゃないかと少し焦ったんですからねぇ? 結局片腕を失くしたままだし、治療も私がしたんだしぃ』
「……ッ」
『マシラで貴方に渡していた符術の転移先もぉ、この間の念話で言われた通りにルクソード皇国の皇都を指定したんじゃなぁい? それで貸し借りは無しにしたはずだけどぉ?』
「……じゃあ……」
『どんな事を言われても、私は関わらないわよぉ?』
思念相手はケイルの頼みを断り続ける。
それに苦悶の表情を見せるケイルは説得を諦めるしかないという思考が過ぎる中、一つの閃きが浮かぶ。
ケイルはそれを吟味して思考し、改めて口に出した。
「……ミネルヴァを知ってるか?」
『フラムブルグの
「ルクソード皇国は、尖兵として送り込まれたミネルヴァの捕獲に成功している」
『!』
「ミネルヴァはフラムブルグ宗教国の切り札。奴の頭の先から足の先まで国の秘匿情報でいっぱいだ。他にも、アタシの方で売れそうな情報が幾つかある。……もしそれ等の情報を売れるとしたら、かなりの金になると思わないか?」
『……』
「五年前、アンタは膨大な金が必要だから組織に入ったと言ったな。だから闘士を抜けたアンタに代わり、アタシが誘われて闘士に入った。……一攫千金を掴むチャンスだと思わないか?」
『……なるほどねぇ。頼みではなくぅ、取引というわけねぇ?』
「ああ、取引だ。アタシの方で得られた情報でアンタが欲しい物を無償で渡す。その情報を売るなり利用するなり好きにすればいい。……その代わり、アンタの伝手を最大限利用してフォウル国の巫女姫を動かして欲しい」
『その情報が嘘ではないとぉ、証明する証拠はぁ?』
「嘘を売ったと分かれば、アタシを殺して清算すれば済む話だ。それが情報を売買する時の心構えだろ?」
『……いいわぁ、取引成立よ』
「感謝する、クビア」
『でも確約はできないわよぉ? 私自身は本当に巫女姫とは接点が無いんだからぁ』
「伝手の方は?」
『……一番有力なのはゴズヴァールかしらぁ。干支衆の
「なら、頼む」
『……しょうがないわねぇ。ちゃんと報酬は貰うわよぉ?』
そう話した後、ケイルの額に張り付いていた紙札は吸着力を失い床へ落ちる。
何とか相手との交渉に成功したケイルだったが、それが順調に進む保証が無いまま紙札を持ち、地下室と倉庫から出てハルバニカ公爵邸へ戻った。
その後、捕獲されたミネルヴァや神官達は拘束具と魔法封じが施された収容施設に封じられ、ハルバニカ公爵は大使館を通じてフラムブルグ宗教国の要求撤廃を求める。
しかしフラムブルグ宗教国はそれに応じず、逆にミネルヴァを即時解放しなければ信仰軍を動かす事を伝え、それに連動してホルツヴァーグ魔導国が魔導軍を集結させる動きをしている事が伝わった。
それで皇国側も兵団と騎士団に命じて戦闘態勢を整え、各大陸側の海路を封鎖し海岸付近の市町村から皇国民を避難させる動きを始めようとする。
人間大陸の世界戦争。
実に百年振りに始まりかねない大国同士の戦争という一触即発の事態に、各々が人事を尽くし持てる手段を全て投じて待つしかない中、皇城に控え宰相職へと復帰したハルバニカ公爵が各国の大使館から連絡を受けた。
報告を聞いたハルバニカ公爵は控えていた従者達に命じ、各国の大使館から伝えられた報告を待機中の軍に届けさせる。
その内容はハルバニカ公爵邸にて待機していたアリアやエリク達にも届き、それぞれがその内容に驚きを浮かべた。
「――……フォウル国が動いた!?」
「はい。フォウル国がアズマ国と共に仲介人を立て、宣戦布告の取り下げを正式に通告してきました。もしそれを無視した時、アズマ国とフォウル国はルクソード皇国に付き、ホルツヴァーグ魔導国とフラムブルグ宗教国が派兵する軍と大陸本土に対して制圧を開始するとも」
「!!」
「既にフラムブルグ・ホルツヴァーグの両国にフォウル国の使者が訪れ、その伝えを正式に行いました。各国の大使館からの届いた情報では、両国共に軍の動きを停止したそうです」
「大国の軍を、通告と使者だけで止めた……。流石は人間大陸の覇者ね。フォウル国……」
報告を聞いたアリアはそう呟き、停戦が叶った事を安堵する。
その安堵の息と表情を見ているエリクは、アリアに訊ねた。
「……フォウル国とは、そんなに強いのか?」
「ええ。あの国は百年前に四大国家から離脱したフラムブルグ宗教国と戦争をしているんだけど、一ヶ月も経たずにそれを終わらせてるの」
「一ヶ月で?」
「その時も今回みたいに、『黄』の
「……?」
「戦争が終わった本当の理由は、フォウル国の魔人がたった数名でフラムブルグ宗教国のある大陸へ乗り込み、当時の宗教同盟のトップである法皇を取り押さえたからなの」
「!!」
「フラムブルグは幾つもの宗教形態が固まっている大陸に出来た国。それを取り纏めている七大聖人や法皇がどちらも殺され統率が取れなくなれば、各宗教派閥を押さえ込めずに宗教戦争が起きて内部から自滅する。切り札の聖人を奪われ象徴である法皇まで奪われたフラムブルグ宗教国は、戦争を終わらせるしか無かったということね」
「……強いんだな。フォウル国の魔人は」
「ええ。フォウル国が有する精鋭の力は、
「……」
「……五百年前に起こった第二次人魔大戦と同じね。戦いを強いる為政者達は、自分が死なないと思ってるからこそ戦争を安易に引き起こす。けど、自分が死ぬ戦いだと分かれば絶対にしないのよ。……フラムブルグとホルツヴァーグの上層部は、卑怯者だわ」
そう話しながら憎々しい表情を浮かべるアリアと、フォウル国の話を聞いたエリクは別々の事を思考する。
こうして三国間の戦争は、アズマの国とフォウル国の仲介によって回避された。
フラムブルグ宗教国の要求と宣戦布告は正式な通達により撤回され、後にフォウル国の使者がミネルヴァの引き渡しを行う事を了承する。
更に数ヶ月後、『青』のガンダルフの死が正式にホルツヴァーグ魔導国から、『青』の後継者を選定する事が発表された。
そうした騒動が起きている間に、年は暮れ新年を迎えている。
アリアとケイルが目覚めてから二ヶ月の間に、それだけの出来事が起こっていた。
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