ケイルの選択


 アリア達が『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァを捕獲していた頃。

 その光景は外壁内の皇国魔法師が持つボール形状の水晶を通じ、皇都中央に位置する皇城へ映像として届けられていた。


 その光景をある一室で確認しているのは、ハルバニカ公爵と伴われる老執事。

 そして『黒』の七大聖人セブンスワンの転生体である少女と、その傍にはケイルも立ち会っている。

 ミネルヴァ捕獲に参加せず、また結社の構成員である自分がどうして立ち会っているのかをケイルは訝しげに思い、それを進言した少女に目を向けていた。


 そしてもう一人、この光景を違う形で目にしている者がいる。

 ハルバニカ公爵達がいる一室に備わる一つの大きな鏡に映し出されているその人物は、鏡の向こうで胡坐座りで一本の刀を携えていた。

 単純な色合いの着物を羽織り左腕は肘から先が存在せず、老いで骨張った身体と白髪を靡かせる老剣士は、瞳に宿る鋭い眼光で鏡の向こう側に映るミネルヴァとアリア達の戦闘を静かに見ながら話し始めた。


『――……なるほど。"みねるば"を送り出し、皇国を滅するか。確かに、あの国らしいやり方よな』


 ミネルヴァ襲来から今までの戦闘を見続けていたその老剣士は、僅かに思考を巡らせながら映し出される映像を見終わった後、鏡越しに『黒』の少女の方へ目を向ける。

 それに合わせて少女も老剣士と目を合わせ、二人はしばらく視線を合わせて口元を微笑ませた。


『……団長殿。久方振りに出会でおうて見れば、またちぃこくなっておられるな』


「久し振り、ナニガシ君。元気そうで嬉しいよ」


『これほどの老いぼれが、元気に見えようか?』


「私から見ればね。元気だから『茶』の称号を誰にも渡してないんでしょう?」


『カッカッカッ! 儂のような老いぼれに負ける餓鬼共が悪いというもの。情けのうて、儂自身がまだ稽古をつけておりますわい』


「やっぱり元気だね。それならあと三百年は軽く生きられるさ」


『それはそれは。"べるぜみうと"より長生きできようか?』


「ヴェルゼミュートさんは妖精女王フェアリークィーンになったでしょ? なら今の彼女に時間の概念は無いよ。まだ会ってるのかい?」


『年に何度か。夜な夜な訪れては共に酒を飲み交わしておるよ』


「そうか。彼女も元気そうで何よりだ」


『今度訪れた時に、団長殿の事も言うておこう』


「そうだね。きっと嫌な顔をするから、是非言っておいてね」


 そう話す少女と老剣士は口元を吊り上げながら笑い、鏡越しに二人だけに通じる話をしていく。

 それを傍らで見るハルバニカ公爵やケイルは、改めて目の前の少女が『黒』の七大聖人セブンスワンなのだと納得させられた。


 この老剣士こそ、アズマの国に就く『茶』の七大聖人セブンスワンナニガシ。


 年齢は七百歳を超え、現在の七大聖人セブンスワンの中でも最古参に位置する聖人男性。

 五百年前の第二次人魔大戦と天変地異を経験し、その全ての戦いで生き残った古強者でもある。

 彼は古くからアズマの国を守護し、【当理流】という戦闘術の流派を教え広めた開祖としてその名は各国に知れ渡っていた。


 老齢ながらも健在で、七大聖人セブンスワン設立後に初めて『茶』に選ばれた彼は、フォウル国との間に強い信頼関係を持つ。

 だからこそルクソード皇国とフラムブルグ宗教国との戦争回避の為に選ばれ、『黒』の少女の繋がりで面談が叶った。


 その『黒』の少女は、改めてナニガシに今回の事態を伝える。


「――……というわけで、私は今までずっと殺されていたわけだけど。ナニガシ君、君の方にも何か起こったかい?」


『……平然としておるなぁ。流石は団長殿だが……。儂の方は歳を重ねる以外に変化は無いが、そんな事になっておるとは知らなんだ。というより、そういうものに興味が無かった』


「相変わらずだね」


『そういう類の話は、儂の道場の師範代と門下に対処させておる。この国に忍び込んだ間者の類で、粗相をする者は全て始末するように命じておるしの』


「その師範代や門下達が、【結社】に所属する密偵の可能性は?」


『無い。儂の所でそのような者達がおり怪しげな事をしておれば、儂自らそっ首飛ばして晒しておる』


「そっか。ルクソード皇国も酷い状態になってるし、十分に気をつけておいてね。それでなんだけど……」


『皇国の戦争回避への助力、古から所縁のある団長殿の頼みとあれば引き受けよう。しかし、儂個人はそれで良くとも、建前上は国と国との話。今回の計らいでこの国に何の益も無いというのであれば、体裁が良ろしくなかろうが……如何に?』


 そう話すナニガシは少女から目を逸らし、同席しているハルバニカ公爵に目を向ける。


 助力は約束しながらも、事は国同士の諍い。

 それに介入するのであれば、アズマの国に何かしらの利益が無いと国内や国外で様々な問題が起こる。

 それを暗に告げるナニガシは、現ルクソード皇国の代表貴族であるハルバニカ公爵に対して差し出せる物を訊ねた。


 それを問われ少しの沈黙後、戦争回避の為にハルバニカ公爵は交換条件を提案した。


「――……アズマ国に対する十年の優先貿易権。そして交易手続き簡略化。更に皇国が有する技術権利の幾つかをアズマ国に譲渡し、技術者の受け入れや提供も行う。これでどうですかな?」


『……ふむ。この国はそれで良いだろうが、フォウル国も巻き込むのであれば説得させる条件が欲しい。あの国は他国の文化を必要としておらぬ故、鬼巫女に協力を仰ぎ頷かせるのは難しいが……』


「フォウル国を動かす為の条件……。そうですな、それが難しい……」


 ナニガシとハルバニカ公爵が互いに悩むのは、フォウル国を動かす為の交渉条件が難しいこと。

 元々他国との交流があまり無く、閉鎖された過酷な環境に国を構えるフォウル国は外交的支援や優先権を重要視しない。

 フォウル国の存在とは、魔人や魔族という種族との盟約を果たす為の抑止力の意味が大きく、それ以外の事でフォウル国は動く例は極めて少ない。

 今現在まで人間国家か何度か戦争を起こしたが、それにフォウル国は一度として介入した事は無いのだ。


 その事実がナニガシとハルバニカ公爵の脳裏に浮かび、フラムブルグ宗教国の宣戦布告を取り下げる協力をフォウル国に願っても断られる可能性の方が高い。

 アズマの国だけでは取り下げは難しく、また新たに戦線参加しかねないホルツヴァーグ魔導国の事も考えると、フォウル国の介入が最も現実的な戦争回避への道だった。


 そうして悩む二人を他所に、『黒』の少女は同席させているケイルに視線を向ける。

 その視線に気付いたケイルに、少女は呼び掛けた。


「ケイルさん」


「?」


「貴方なら、フォウル国の巫女姫を動かせると思います」


「!?」


「なに?」


『ほぉ?』


 少女の言葉を聞いたハルバニカ公爵とナニガシが、驚くケイルに注目を向ける。

 何の事か分からないケイルは、慌てながら少女に聞き返した。


「あ、アタシはフォウル国と何の繋がりも無いぞ!?」


「いえ、あります」


「!?」


「貴方の繋がりに、一人います。フォウル国と繋がりの強い人が」


「……エリクか? 確かにアイツはフォウル国の鬼姫と同じ血筋だとかゴズヴァールが言ってたけど、向こうはそれを知らないし、ここでは確かめようが無いだろ?」


「確かに、エリクさんは巫女姫との繋がりはある。けれど、それより身近な繋がりが、貴方の近くに存在します。貴方を研究施設から皇都へ転移させて、あの戦いに間に合わせる手伝いをした人がいますよね? その人のことです」


「……!?」


「その人なら、更なる繋がりから巫女姫へ辿れます。そうすれば、巫女姫も動いてくれるでしょう。その人に頼んでみてください」


 断言する『黒』の少女は、ケイルに真っ直ぐな視線を向ける。

 その視線を受けるケイルは、寒気にも似た不気味さを宿して足を引かせた。


 この感覚をケイルは知っている。

 マシラ共和国で監禁されていたアリアと対面した時に感じた、狂気染みた洞察力と思考がケイルに寒気を起こさせた。

 それと同質の何かを、少女は放ちながらケイルに頼んでいた。


「……お前、何が見えてるんだよ……!?」


「私は、繋がりが見えるだけです。人と人とが繋がる先に描かれる、幾つかの道。私はただ、その道を見て身を委ねています」


「……」


「私が貴方をここに連れて来るよう頼んだ理由は、今のルクソード皇国を救うもう一つの道が、貴方だからです」


「……もう一つの、道……?」


「一人はケイルさん。もう一人がアリアさん。貴方達二人が、この滅び行くルクソード皇国を救う運命を担っています」


「!?」


「あるいは皇国が滅び、アリアさんやエリクさんが死の道を進む事で、貴方は何も知らずに苦しむ事は無いのかもしれない。……だから、やるかやらないかは貴方自身で決めてください。ケイルさん」


「……何を、言って……!?」


 そう話す少女の瞳を見た時、ケイルは黒い瞳の底に恐怖を抱いた。

 十歳前後の少女が全てを悟り皇国の滅びや自身の死すら受け入れている瞳は、ケイルが今まで見て来た死者達の瞳と同じだった。


 それは何度も死を迎えた少女が、自身の死に対する恐怖や畏怖という感情を残していない事を証明している瞳。

 自分だけでなく相手の死すら拒絶せず受け入れ、生者に対して死と生を問う無機質な目。

 それがケイルに恐怖を抱かせ足を引かせたが、その途中でケイルはアリアとエリク達が映る水晶に視線が向いた。


 ミネルヴァを捕獲したアリア達は兵士達を呼び、捕獲した神官達を預け遺体となっている者達を皇都から離れた場所に運んで埋葬している。

 それを見た時、ケイルは戦争が開始される事で更なる死者が生まれる事を考えて拳を握り締め、覚悟を決めて少女の返答に応えた。


「……分かったよ。やりゃいいんだろ」


「そうですか。それは……」


「……?」


「いえ、何でもないです。……ハルバニカ公爵、彼女が自由に行動できるように、取り計らってください」


「……それが救いとなるのであれば、従いましょう」


「ナニガシ君。君の方からアズマの国に呼び掛けをお願いね」


『承知した。では団長殿、長生きをすればまた何処いずこで』


「うん」


 ケイルの自由をハルバニカ公爵に約束させ、ナニガシとアズマの国に戦争回避の約束を行わせた少女は、身体を揺らして倒れかける。

 それに対応したのは老執事は倒れる直前に抱え、幼い『黒』の少女を支えた。


「大丈夫ですかな?」


「……少し、疲れただけです。この身体は、まだ幼いから……」


「別室でお休みしましょう。大旦那様、宜しいですか?」


「ああ」


 老執事はそう尋ねてハルバニカ公爵に認められると、部屋の外で待機していた複数の従者を連れて別室で少女を休ませた。

 そして部屋に残る二人の内、先に口を開いたハルバニカ公爵がケイルに改めてお願いする。


「儂から改めて頼もう。皇国の窮地を救える手立てがあるのなら、お願いしたい」


「……流民街へ行かせてもらう。構わないか?」


「ああ。儂から兵士達に伝え、お前さんが何処でも移動出来るように許可しよう。監視の目も外す。……それと……」


「?」


「皇国貴族を代表し、謝らせてもらおう。……すまなかった」


「……何の話だ?」


「お前さんの一族。そして、家族の事じゃよ」


「……アリアから聞いたのか?」


「ああ、お前さんの素性で該当する情報を調べるよう頼まれた。……お前さん達の一族の末路。そしてお前さん達を陥れた者達。その真実を、話そうと思う」


「真実だと……!?」


「話すと長くなる。そして今のお前さんがそれを聞けば、強く困惑もしよう。……再び皇国を救われる後に、お前さんには儂から話して説明したいと思う。それで良いだろうか?」


「……分かった。それが、今回の依頼の報酬だ」


 頭を下げて頼むハルバニカ公爵の依頼を引き受けたケイルは、ある人物へ連絡を取る為に流民街へと向かう。

 自分の一族が滅びを辿った真実と末路を知るという、今までのケイルが求めた目的ものの為に。

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