公爵の勧誘


 ケイルと面会したエリクは、アリアの部屋に近い客室で待機している。

 次にアリアへの面会を待つ為であり、先に面会しているハルバニカ公爵が話を終えるのを待っていた。


 それから一時間程経過すると、鎧ではなく執事服を纏った老執事が客間の扉を開け、ハルバニカ公爵と共に姿を現す。

 予告の無い二人の入室に、エリクは疑問が混じる視線と声を向けた。


「どうしてここに? 面会は終わったのか?」


「久方振りに話したいと思ってな。少し、時間を貰えるかね?」


 ハルバニカ公爵自身と一ヶ月振りの会話をするエリクは、面会を終えて自分に会いに来た事を疑問に思う。

 その疑問を軽く流し老執事に導かれながら、ハルバニカ公爵は客間のソファーに座った。

 そして視線で対面に座るよう促されたエリクは、それに従い対面の椅子に座る。


 向かい合ったハルバニカ公爵は、改めてエリクに話し掛けた。


「今回、お前さんの働きは全て聞いておる。よくやってくれたと感謝を述べよう」


「そうか」


「さて。幾つかアルトリアと面会する前にお前さんと話しておきたいと思い、こうして訊ねた」


「話しておきたいこと?」


「あのケイルという娘の事じゃよ」


「!」


 エリク自身が切り出そうとしていた話をハルバニカ公爵自身が口に出し、エリクは緊張感を高める。

 軽くとも犯罪奴隷、重ければ死刑となる可能性が高いケイルに対して、エリクは最悪の事も想定しながら考えていた。

 それを先読みしていたかのように、ハルバニカ公爵は穏やかに話した。


「結論から言おう。儂はあの娘を捕らえてはおるが、罪に問おうとは思っておらん」


「!」


「というのも、アルトリアが目覚めて真っ先に儂に願い出たのが、あの娘の処遇に関してじゃ」


「アリアが……?」


「アルトリア自身が誘拐された理由は自分の油断であり、あの娘は自分の行動に巻き込まれただけと、そう証言しておる」


「!」


「傭兵ギルドの襲撃した件や、皇国軍基地への不法な潜入を行っていた件も、今回のランヴァルディアの陰謀に対する情報集めを行う為に必要だと判断したアルトリア自身が前もって依頼をしたと。そしてあの娘の行為を責めるのであれば、自分を罪に問えとまで言うて来た」


「……!!」


「そこまで言われては、儂もあの娘に対する罪を問おうとは思わぬよ。……マシラ共和国の時のように、お前さんとアルトリアに暴れられると、儂も困るからな」


「……皇国側としては、それで良いのか?」


「今の皇国で儂に意見し相反する事が叶うと思える者がいるとすれば、余程のうつけだけじゃよ」


 念押しで訊ねるエリクの言葉に、ハルバニカ公爵は断言して答えた。

 ケイルの処遇に対してアリアからの供述が既に成されている事を聞いた時、エリクは安堵に似た息を吐く。

 罪に問われる可能性があるケイルの事を先に心配し、アリアが自分エリクと同じように庇うつもりだった事を聞けて安心したのだ。


 その様子を見せるエリクに、ハルバニカ公爵は口髭を触りながら微笑んで伝えた。


「お前さんの懸念も晴れたところで、本題に入ろう」


「本題?」


「先程の話は、お前さんの用件を先に済ませる為じゃよ。儂も多忙故、時間があまり取れぬしの」


「そうか。それで、本題とは何だ?」


「……率直に言おう。お前さん、旅を止め傭兵稼業を捨て、皇国に身を置かぬか?」


「!」


「マギルスという魔人の少年や、ケイルという娘にも同じ話をしようと考えておる。……お前さん達を全員、この皇国に勧誘しておるのじゃよ」


 唐突な勧誘に驚きながらも、エリクはすぐに冷静さを戻す。

 そして思考し浅い部分で浮かんだ考えを尋ねた。


「……アリアはどうする?」


「……儂がガルミッシュ帝国へアルトリアを送り返す事を考えておるのか? 心配は要らん。アルトリアは儂の曾孫、お前さん達と同じように皇国に残す。そしてお前さんからアルトリアを引き離すような事はせんよ」


「具体的に、アリアをどうするという話をしている」 


「……アルトリアには、一つの役目を与えようと考えておる。その返事を今は待っておる状態じゃよ」


「役目?」


「それはアルトリア自身が決める事。今の儂からは何も言う気はない」


「……」


 アリアに与えた役目の話を拒むハルバニカ公爵の態度に、エリクは怪訝さを抱く。

 その話題を逸らすように、ハルバニカ公爵は話を戻した。


「お前さんはお前さん自身の話を聞いて、考えるといい」


「……」


「今回の件、お前さんの働きは皇国を救った英雄も同然。それはシルエスカも認めておる。儂はお前さんの功績に対して、相応しい褒賞と地位を与えようと思う。例えばお前さんの場合は、皇国貴族の子爵位を与え、アルトリア専属の騎士として傍に仕えさせる事を考えておるよ」


「!」


「他の者達も、似た褒賞を与え付ける事も考えておる。このルクソード皇国は実力主義の社会。実力があればどのような地位にも伸し上がれるぞ」


「……」


「もう逃げるように旅を続ける必要も、危うい傭兵稼業を続ける必要も無い。ハルバニカ公爵家を筆頭とした皇国貴族全てが、皇国内でお前さん達の地位と安全を保証しよう」


 それを聞いたエリクは、顔を伏せて思考する。

 今までエリク達が旅を続けて来た理由は、追っ手が伴う国々を逃げ安住の地を探す為。

 その過程として様々な国を旅し、そして追っ手となる者達から逃げ切れる力を付ける為にフォウル国を目指していた。

 しかし、皇国で安住を約束されるのであれば旅を続ける必要性は無くなる。

 

 それ等を考えた時、エリクは考え至らぬ思考を保留して顔を上げた。


「……少し、考えさせてくれ」


「そうじゃな。即答はせぬほうが良いじゃろう。しっかりと考えるといい。……儂も、アルトリアから頼まれ事がある。そろそろ失礼しよう」


「……そうだ、俺も頼みがある」


「?」


 立ち上がろうとするハルバニカ公爵を留めたエリクは、とある話をする。

 それを聞いたハルバニカ公爵と老執事は互いに顔を見合い、幾つかの問答の末にエリクの頼みを受け入れた。


 改めて席を立つハルバニカ公爵は老執事を伴いながら客室から出て行き、残されたエリクはそれを見送る。

 そして外に控えていた別の従者が入室すると、エリクをアリアがいる部屋まで案内した。


 アリアの部屋も例に漏れず、五人以上の警備で固められている。

 そして室内には一人の女性従者を控え、アリアは白いシルクの寝巻き姿で窓の外を眺めていた。


「アリア」


「……久し振りね、エリク」


 入室したエリクが声を掛けると、アリアは振り向きながら伏した顔を上げる。

 ランヴァルディアとの戦いで僅かに邂逅しただけのアリアとエリクは、二ヶ月振りにまともな会話を行えた。

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