二人で背負うこと
意識を戻したアリアにエリクは歩み寄る。
ケイルの時のように止める者はなく、二人は対面しながら話を交えた。
「起きて平気なのか?」
「ええ。むしろ身体が鈍りまくってるから、思いっきり動きたいんだけどね。曾御爺様が部屋の外に出してくれないの」
「そうか」
いつもと変わらぬ様子のアリアに、エリクは心の中で安堵する。
二人が目覚めぬ一ヶ月間の中で不安を宿し続けたエリクは、自分が思う以上に焦燥感を抱いていた。
そのせいで黙々と大剣を振る姿は屋敷の者達から見れば鬼気迫る勢いであり、誰かが話し掛ければアリアとケイルが目覚めたのかと聞き返すエリクに屋敷の全員が迂闊に話し掛けられずにいる背景もある。
二人の目覚めで焦燥感が失われたエリクも、いつもと変わらぬ様子でアリアに接した。
「さっき、その老人と話した。少ししたら、外に出られる」
「えっ?」
「君に頼みたい事がある。その為に、屋敷の外に出る必要があるからな」
「エリクが、私に依頼? 何をするの?」
「それは、また後で話す。……今は、他にも聞きたい事が多い」
「……そうね。色々、話す事はあるわよね」
エリクの真剣な表情を見て、アリアは察して室内にあるソファーへ腰掛ける。
それに対面するようにエリクも座り、改めて二人は話を始めた。
今回の事件に、何故アリアがエリクに黙って関わろうとしたのかを。
「マギルスから聞いている。……俺に黙って今回の事件に関わらせないようにしたのは、結社絡みの事件だったからか?」
「……それもあるわね。でも、この事件は私が止めないといけないと、そう思ったからでもあるわ」
「君が、何故……?」
「ランヴァルディア。十年前に幼い私と彼は出会い、私の迂闊さから知識を与えてしまった。彼はその知識を応用・発展させて皇国の生物学研究を飛躍的に高め、研究機関で更なる地位を築いた。……私は彼の天才性を見抜けず、魔物や魔獣の生態知識に関する特殊な知識を持たせ、今回の
「……」
「そしてもう一人。明らかに
「君は、キマイラと遭遇した時点でそこまで考えていたのか?」
「ええ。……皇国の技術とランヴァルディアという天才を合わせても、あれほど完璧な
「……そ、そうか」
「あっ、分かってないわね? ……私は自分と関わりのある二人が
「どうしてそこまで、自分一人でやろうとしたんだ?」
「……三人を巻き込んで、もし死なせるような結果になったら。それが怖かったから」
「!」
アリアから漏れる弱々しい本音を聞き、エリクは静かに驚く。
手を合わせて弄りながら目を伏せるアリアは、話を続けた。
「……
「……」
「……結局、私がやろうとした事は全て空回りして、バンデラスに攫われてしまって、貴方やケイルを事態に巻き込んでしまったけれど」
自身を嘲笑するアリアは、伏せていた顔を上げて微笑む。
それをエリクは静かに見つめ、少し考えて口を開いた。
「……俺は、ずっと不安だった」
「!」
「一人で残された時。そして二人が帰らなかった時。君達を見つけようと探し回っても見つからない時。ずっと、俺は不安だった」
「……」
「もし、君が望む形で事が進んだとして。君が一人で止める為にいなくなれば、俺は必ず探していただろう。どの道、今回の事件に関わっていたはずだ」
「……そうね。貴方なら、そうなるわよね」
今まで思っていた不安をアリアに告げるエリクは、顔を伏せて黙る。
アリアはそう返す言葉しか見つからず、互いに小さな沈黙が生まれた。
その沈黙を先に破ったのは、エリクからだった。
「――……俺は、君と出会えて良かったと思っている」
「え……?」
「王国で処刑されそうになった時、仲間達が助けてくれた。貧民街の者達が俺の無実を信じて逃がしてくれた。それが、嬉しかった」
「!」
「君と出会い、怪我人を救う君を見て、初めて尊敬を抱いた。……初めて船に乗り、樹海に入り、そうして外の世界を見る事が、楽しかった」
「……エリク……」
「仲間達と再会したのも嬉しかった。……そしてログウェルと対峙し、君やケイルを傷つけられ、失う恐怖を思い出した」
「……」
「マシラで君が捕まった時、君が殺されるのではないかと思い、怖かった。……君を助けられるのならどうなってもいいと思い、王宮に乗り込んだ」
「……」
「俺がマシラで捕らえられた時、俺は死ぬ事を覚悟していた。……だが、ケイルが俺を助けると言い、君と二人で本当に助けてくれた。それが、とても嬉しかった」
「……ッ」
「アリア。俺はこうして旅を続けて、色々なものを見れて、良かったと思っている。……例え死の危険が待ち受けていても、俺は君を守るという約束を、破る気は無い」
「……エリク、貴方は……」
「今度そういう事があれば、ちゃんと俺にも話してくれ。俺は君を守る為にここまで来た。だから、最後まで守らせてくれ」
エリクは今まで抱いていた旅の心情をアリアに伝える。
それは今までエリクが表現できなかった言葉や感情であり、アリアが教えて来た言葉で語られる自分自身の感情だった。
アリアは初めて出会った頃のエリクを思い出し、今のエリクを実際に見つめる。
この一年間の旅でエリクは自分自身の事を表現できるまでに成長し、アリアと語り合えるまでになった。
それがアリアには嬉しく思えると同時に、そう思い続けながら自分を守り続けてくれたエリクに申し訳無さを感じながら、一言だけ述べた。
「……ごめんなさい」
「……ああ」
アリアとエリクは、今回の事件で出来ていた互いの思考と意識の溝を埋めて和解する事が出来た。
そして数十分ほど話した後に、まだ意識を取り戻したばかりのアリアを気遣いエリクは部屋を出る為に席を立った。
、
「――……また来る。それと、さっきの話だが……」
「ええ、エリクが珍しく頼むことだもの。ちゃんとやるわよ」
「頼む。君にしか頼れない」
「相棒なんだから、頼っていいのよ」
「君も、俺を頼ってくれ」
「はいはい、申し訳ありませんでした! 今度からちゃんと頼りにします!」
「それでいい」
そう冗談交じりに話を終えて部屋を出ようとしたエリクだったが、思い出すように足を止めた。
そして振り返り、アリアに訊ねるように聞く。
「そういえば、あの老人が君に役目を与えると言っていた。何を言われているんだ?」
「……それに関しては、少し考えるつもり。それに、曾御爺様に頼んだ調査次第というところかしら」
「?」
「こっちの話よ。まだ不確定な事だから、情報が出揃ったら全部話すわ。安心して」
「そうか、分かった」
その言葉を信じたエリクは、アリアの部屋から退室する。
エリクを見送ったアリアは小さく溜息を吐き出し、ベッドに身体を倒した。
「……新たな皇王、ね……」
そう呟くアリアはまだ気だるさが残る身体を休める為にベットへ潜り、昼食まで休む。
こうしてエリクは二人と面会し、無事な姿を確認する事が出来たのだった。
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