白門の守護者


 『青』のガンダルフは秘術を用い、アリアの肉体に侵入する。

 肉体の先を超え、精神を超え、根源たる魂が介在する世界へ瞬く間に侵入を果たしたガンダルフは、アリアがマシラ王救出の為に訪れた魂の門へと辿り着いた。


『――……ふっ、これがアルトリアの門か。中々に仰々しく物々しい飾りだ』


 ガンダルフは精神体となり、仮初として老人の姿を模りながらアリアの魂が成す門を見る。

 あの白く立派な意匠の門こそが、アリアの魂でありアリアという人格を形成している精神そのもの。


 そして門の向こう側にあるのは、この世界を成している根源。

 魂が織り成す世界がある事を、そしてアリアの肉体を手に入れる為に何をすれば良いのかも、ガンダルフは知っていた。


 ガンダルフは仮初の肉体で手を伸ばし、アリアの門へ触れる。

 触れた部分が黒く染まり始め、アリアの魂がガンダルフによって汚染され始めた。


『このまま全てが染まる時、御主の肉体は儂の物となるのだ。アルトリアよ』


 ガンダルフは門に手を触れさせ汚しながら、アリアの肉体を手に入れられる事を確信する。

 淀みの無いガンダルフの行動は、それが何度も行われ続けた行為の証明ともなっていた。


 『青』の七大聖人セブンスワンガンダルフ。

 それは彼自身の名ではなく、また肉体すら本来の身体ものではない。


 彼は遥か遠い昔、とある血族に生まれ継ぎ続けた秘術を得た。

 それは衰弱し老いる自身の肉体を捨て次なる血族の子へと自身の魂を移し、長く生きるという秘術。

 その秘術を魔法師世界の中では禁忌とされる一つ、『転生秘術』と呼ばれるものだ。

 その手段を用い、彼の血族は同じ人物が長を務め続ける。

 そして莫大な知識を蓄え、流れる時代の中で衰えない知識と技術を引き継ぎ続ける事をこそ目的とした秘術だった。


 しかし、その秘術には欠点があった。

 肉体を取り替える事で肉体の死を免れながらも被術者の魂が劣化を始め、長くとも二百年前後で廃人同様なってしまう。


 魂の劣化とは、魂が肉体の寿命を超えると魂自体が衰え、精神や人格自体を崩壊させてしまうという状態。

 魂とはあくまで肉体に宿るものであり、本来の肉体が衰えれば魂そのものが『死』という概念を果たす。

 そして肉体が死に劣化を始める魂は死者の世界に導かれ、そこで魂に刻まれた記憶や人格の浄化を行い、長い年月の末に新たな生命へと生まれ変わる。

 その循環サイクルから外れた行動をしてしまう血族の秘術は、どうしても魂の寿命を二百年前後で迎え、被術者が生き続ける事は困難だった。


 そんな欠点を、とある代で生まれた一人の天才が覆した。

 それが『青』のガンダルフを名乗る魂の持ち主であり、彼は重なる偶然によって肉体と魂が『聖人』として進化する。

 それによって彼の肉体と魂の寿命が、百年前後から七百年以上に延びた。


 しかし、肉体の衰えは止まる事が無い。

 聖人の肉体は五年に一度の歳を重ね、三百年も経てば人間で言う六十歳前後の年老いた姿となる。

 彼にとって聖人も、完璧な存在とは程遠いものだった。


 そんな中で、聖人に至った魂だけは違った。

 聖人の魂は劣化が起こらず、聖人へ達する者達は五百年を超えても人格崩壊や精神崩壊を迎えない。

 それを知った彼は、自分の存在を永らえる為にとある行動を始めた。


 それが、新たに生まれた若き聖人の肉体に自分の魂を移し、その肉体の魂と人格を乗っ取り自身の人格と記憶を上書きするという行為。

 その為に彼はあらゆる研究と実験を開始した。

 血族以外にも秘術が通用するように構築式を改良し、更に同じ血族以外に肉体を移せばどのような結果になるかを他者で確認し、聖人並の寿命を持つ魔人や魔族に魂を入れればどうなるかを他者で試した。


 それで判明した事は、人間の魂を魔人や魔族に移すと急速に魂が劣化し肉体が腐敗を始め、数日の内に死に至るという結果。

 そして血族以外の肉体から魂を離して血の繋がらない肉体に入れると、魂と肉体の劣化が開始されることが判明する。

 残念な結果が続きながらも、聖人の肉体へ聖人の魂が移る事が可能である事を確認した彼は、聖人に限り自身の魂を移す試みを続けた。


 その一環として彼は幾多の弟子を持ち、その弟子が聖人へ至る度に老いた肉体を捨てて弟子の身体を奪う。

 その弟子の肉体を奪う前後で自身の死を伝え、新たな師として魔法知識を広めながら弟子を持ち、それを何度も繰り返し続けた。

 その過程で自身の秘密に繋がる秘術の類を禁忌と呼び、他の魔法師達に行わせないようにする。


 そして七大聖人セブンスワンという立場が生まれ、彼は『青』の称号を得た。

 歴代の『青』の称号を持つ七大聖人セブンスワンの正体とは、聖人を喰らい続けながら生き永らえた魂の持ち主だった。


『――……もうすぐだ、もうすぐ……!』


 ガンダルフはアリアの魂で成している門が黒く染まる光景を見ながら、次なる肉体を得る高揚感を持つ。

 それは幾度として経験した老いによる苦汁と、新たな若き肉体を得る喜びの狭間で生まれる感情ものだった。


『この肉体は、今まで得てきた聖人ものの中でも更に優秀。儂の今までの全盛期、いやそれ以上の肉体ものとなるであろう。まずは肉体を得た後、シルエスカの小娘で新たな肉体の力を試し、殺めた後に儂の話を聞いた者達を抹殺すれば良い。……ふっ、楽しみじゃ。実の楽しみじゃなぁ!』


 アリアの肉体を得た後の事を考えながら、ガンダルフは魂の汚染を広めていく。

 そして門全体が白から黒に染まり、ガンダルフがアリアの肉体を手に入れたと確信した瞬間。

 その門が緩やかに開き、門の内部から凄まじい光が生まれた。


『!?』


 ガンダルフは今まで見られなかった状態を確認しながらも、焦りながら手を触れて門の汚染を続ける。

 しかし次の瞬間、ガンダルフの魂に声が響いた。

 その声は、ガンダルフの聞き覚えがあるものだった。


『――……我が子の魂に触れるのは、誰ぞ?』


『!?』


『……なんだ貴様か、『青』の小僧』


『な……!?』


 ガンダルフはその声と言葉遣いを聞き、精神体にも関わらず寒気を感じる。

 そしてアリアの黒く染まった門が突如として光に覆われ、ガンダルフの手を弾き黒く染まる門が白へと戻っていく光景が広がった。


『な、何故……!? 儂の術が……!!』


『久方振りに覗いてみれば、その薄汚れた手で我が子を染めようなどと企むとは。――……不粋なり、『青』よ』


『……その声、まさか……。まさか……!?』


『我が声すら思い出せぬとは、耄碌したな。その魂、既に劣化しておるぞ?』


『ば、馬鹿な! 貴様は、貴様は既にこの世にはいないはず――……ま、まさか!?』


『そう。我の魂は既に向こう。だからこそ、我が子を見ておれるのだ』


『あ、ありえない……。魂の世界で浄化もされず、そのまま精神と記憶を残し続けるなど! まして、このような事ができるはずが無い!!』


『そう、普通ならできぬ。……しかし我が残し続けた物を我が子達が継ぎ続ける限り、我は我が子達を見守り続けるだろう』


『……まさかアルトリアの異常で膨大な知識は、貴様から……!?』


 ガンダルフは何かに気付き、声の主に対して驚愕を向ける。

 それに対して声の主は、内側から門を開けてその光をガンダルフに浴びせた。


『グ、アァァッ!?』


『さて、いい加減に我が子の身体から出て行け。濁った『青』よ』


『ク、クソォ……!! 絶対に、許さん!! 許さんゾ、『白』オォ!!』


 ガンダルフは門の内部から注がれる白い光を浴びる事で魂の崩壊が始まる光景を目にし、アリアの肉体から逃げるように去る。

 それを確認した声の主は、門の内側で囁くように話し掛けた。。


『……さて、邪魔者は除けた。来なさい』


 声の主は内側にある白く発光した魂の身体で視線を流し、この場に訪れていた三つの魂を見た。


 その内の一つが身体を成す。

 そうして姿を変えた魂の持ち主は、ケイルの姉レミディアだった。


 そしてもう一つ、その傍で姿を成す魂が居る。

 変化する姿は、黒く長い髪を揺らした凛々しい女性。

 幼い頃にアリアが見た、ランヴァルディアの恋人ネフィリアスだった。

 そして三つ目の魂は姿を成さず開けられた門の隙間から外に出て行くと、それを見送るネフィリアスは軽く手を振りながら微笑む。


 レミディアとネフィリアスは礼を述べるように頭を下げた。

 そして頭を下げられた『白』は、微笑みながら話し掛ける。


『これも我が子とのえにし。後は、今を生きようとする者達に任せよう』


 そう話した後、アリアの門は閉ざされ光が収まる。

 こうしてガンダルフの思惑は阻まれ、死者の思いによってアリアは救済された。 

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