願い叶いし時
聖人へ達したアリアの肉体を手に入れようとする『青』の
周囲の氷壁を燃やしながら現れたシルエスカは着地し、間髪入れずにガンダルフへと襲い掛かった。
ガンダルフはそれを無視して貫かれた右腕を動かしてアリアに触れようとする。
それより先にシルエスカが握る長い赤槍がガンダルフの右手を切り飛ばし、薙いだ槍刃を
妨害されたガンダルフは仕方なく飛び退き、左手に握る錫杖を翳して結界を張り直す。
それに触れたシルエスカの赤槍の刃が氷膜に覆われ、マギルス同様に武器から肉体に伝わるように氷結を開始した。
「甘いッ!!」
「!」
シルエスカは自身の肉体と赤槍に炎を纏わせ、覆う氷膜を妨害し溶かす。
氷結を免れただけではなく結界を纏うガンダルフを押し退ける事に成功したシルエスカは、倒れるアリアを前に立ち守る姿勢に入った。
それを見たガンダルフは訝しげな視線を浮かべ、呟くように話し掛ける。
「何故、儂の狙いを……。そもそも御主は、ランヴァルディアとの戦いで消耗していたはず……」
「貴様の狙いは、この娘から聞いている」
「アルトリアから……!? ……そうか、儂の狙いを理解した上での誘き出しか」
「この娘は、今回の裏でランヴァルディアが貴様に唆されている事を把握していた。ランヴァルディアとの戦いは自分に任せろと言い、我を皇都周辺まで連れて潜伏させた。貴様が現れた際には、我に任せる為に」
シルエスカはそう話し、守るアリアと協力していた事を教える。
ランヴァルディアとの戦いで負傷し消耗したシルエスカは、マギルスの青馬に乗せられて皇国騎士団の仮設拠点に到着していた。
その後、目覚めたアリアに治癒されたシルエスカは話し合い、今回の騒動にガンダルフが関わっている可能性と、神兵と化したランヴァルディアの肉体を回収する為に潜んでいる事を伝える。
突拍子も無い情報を半信半疑に思いながらも、ランヴァルディアから神兵の
その中で将軍である老執事を交えて幾つかの条件が取り交わされ、六枚の翼で羽ばたくアリアの羽に包まれたシルエスカは皇都手前で降ろされ、今まで潜んだ。
そして約束通り、満身創痍の状態でランヴァルディアの無力化を成功させたアリアを狙い、本当に『青』のガンダルフが姿を見せる。
その時点でアリアの言葉を全面的に信頼した『赤』のシルエスカは、『青』のガンダルフ討伐の為に馳せ参じた。
「『青』のガンダルフ。貴様は人類を守護する『
「……ふっ。儂の思惑を看破し、その対策も事前に整えるか。……アルトリア、やはりお前は儂の弟子の中で一番出来が良い。……故に、その肉体が更に欲しくなったぞ」
槍を向けながら熱気を放つシルエスカと、微笑みながら冷気を放つガンダルフは、戦闘を開始する。
シルエスカが左手の人差し指を細かく動かし、中空に魔力を帯びた魔法文字を刻む。
それがガンダルフの右腕に突き刺さる短い赤槍に反応して燃え盛り、ガンダルフの右腕ごと燃え出した。
ガンダルフは左手で持つ錫杖で氷の剣を形成し、槍の突き刺さる右腕を切り捨てる。
そして錫杖で槍の突き刺さる右腕を殴り、シルエスカに向けて打ち返した。
シルエスカは炎を纏いながら駆け抜け、投げ捨てられた右腕に刺さる槍の柄を左手で掴む。
しかし次の瞬間、ガンダルフの捨てた右腕が凄まじい閃光を生み出した。
「!!」
「若いな」
至近距離で閃光を浴びたシルエスカは視力を一時的に失い、ガンダルフは錫杖を向けて氷の弾丸を空中に生み出し、更に氷の杭を地中から生み出してそれぞれの氷がシルエスカを襲わせる。
しかし視力を失いながらもシルエスカは周囲の空間を肌で理解し、突き刺す氷の弾丸を赤槍で撃ち落し、更に串刺しにしようとする氷の杭を避けながらガンダルフに迫った。
「ほぉ」
「舐めるな!!」
シルエスカは左手に短槍と右手に長槍の柄先を合わせ、一本の赤槍を組み立てる。
槍に刻まれた魔法文字が赤く染まり、炎を纏ったシルエスカの姿そのものが紅蓮の弓矢へと化した。
更にガンダルフが飛び退いて下がり、シルエスカは加速しながら赤槍を投擲する構えを見せる。
シルエスカという紅蓮の弓が、矢に見立てた燃え盛る赤槍をガンダルフに向けて全力で投げ放った。
「――……『
シルエスカの全力で投げ放たれる赤槍が飛び出し、後退するガンダルフを襲う。
結界で受け止める事に成功しながらも僅かな猶予しか生まず、炎を纏う赤槍は結界を突き抜けてガンダルフの肉体を穿った。
「グッ!?」
「覚悟しろ、ガンダルフ!!」
結界を破壊されたガンダルフは、赤槍に貫かれ自ら作り出した氷壁へ張り付けにされる。
一秒にも満たない時間で追い付いたシルエスカは、赤槍の柄を握りガンダルフの肉体を切断するように槍を凪いだ。
貫かれた部位から槍を薙いだガンダルフの胴体が切り裂かれる。
それでもシルエスカの槍は止まらず、更にガンダルフの肉体を袈裟掛けに切り裂き、更に錫杖のある左腕や両足を切り裂いた。
頭部だけを残し手足を失ったガンダルフは氷の壁を背にして倒れ、赤槍を構えたシルエスカが喉元に槍を突き立てる。
そして容赦無く喉を刺し潰すと、シルエスカは告げた。
「ここまでだ、ガンダルフ!」
「……ゴ、ァ……」
「
突き刺した槍から炎を発生させたシルエスカが 法で裁けないガンダルフの身体を焼き尽くす。
抗う術を失っているガンダルフは肉体全てが炎に包まれ、老いた肉体が骨と共に灰と化した。
閃光で失っていた視覚を戻した後にそれを確認したシルエスカは、周囲を見渡しながら氷壁も炎で溶かされ消滅していく光景を確認する。
そしてガンダルフの死を確信すると、アリアの傍で再び姿を形成した首の無い青馬を見て話し掛けた。
「先程、我を送り届けてくれた事を感謝する」
『ブルルッ』
「お前の主人と仲間は我が炎で溶かしている、安心しろ」
そう青馬に話し掛けた通り、氷塊の中に封じられたエリクとマギルスはシルエスカの炎で溶かされながら解凍されている。
魔人の回復能力を持ってすれば、二人は解凍後も回復することが出来るだろう。
問題があるとすれば、胸を貫かれ死亡しているケイル。
それだけは『赤』のシルエスカといえど治癒も蘇生も出来ず、事態が終息した後に弔うしかない。
そうした事を考えながら、燃え尽きたガンダルフの遺灰を見てシルエスカは呟いた。
「……『青』のガンダルフは
三百年という月日を経て魔法知識と魔法技術に長けながらも、年老いたガンダルフの身体能力は全盛期から遠ざかり、身に纏うオーラはシルエスカと比較する事が出来ないほど脆弱なモノだと感じさせられていた。
それが肉体を奪うという手段に結び付き、凶行に走らせたのだとシルエスカは納得しようとする。
しかしその納得は、氷壁が溶け水分へ変化し土に吸われて泥となり水溜りとして残る光景を見てる事で、違和感へと上塗りされた。
「……おかしい。魔法で生み出した氷壁が、水として残るだと……?」
魔法で生み出された物質は、構築式に魔力を注ぎ続ける限りその場に留まり残る。
しかし魔力の供給が断たれれば、魔法は形として留まれず、空気中の魔力に返還されるはず。
この場合、術者であるガンダルフは既に死んだ。
そして魔法の構築式を用いて作り出された氷が水へ変化して残り続けているという事実が、シルエスカには不可解で不気味な光景に見えた。
そしてシルエスカが抱いた違和感は、予想しない形で証明されてしまう。
「……!?」
氷壁から溶け出す水分が振動するように揺れる。
始めは地震かと思ったシルエスカだったが、地面が揺れた感覚は無く水だけが揺れているのに気付いて周囲を見渡した。
そして次の瞬間。
シルエスカが気付く前に、周囲に滞留する水が土の中を伝いアリアが倒れる場所へ集まった。
そして水分を含んだ泥が盛り上がり、アリアを包むように隆起する。
それに気付いたシルエスカと青馬がアリアの方を向いた時、そこに出現した人物に驚きの目を向けた。
「なに!?」
「――……儂が何もせず死ぬと本気で思うとは。やはり若いな、『赤』のシルエスカ」
アリアを抱えるように現れたのは、錫杖を手に持ち汚れの無い青い衣を纏う無傷のガンダルフ。
それを見て驚きを深めたシルエスカは、改めて遺灰となっていたガンダルフの死骸を見た。
そこには確かに、ガンダルフの錫杖と焼き尽くされた灰が確かに残されている。
しかし数秒後、錫杖と遺灰がただの土塊へと変貌した。
「これは……!?」
「泥を用いた身代わり人形。ただそれだけの
「馬鹿な!? あの戦いの中で、そんな細工が出来るはずが……!?」
「御主と戦う中で身代わりを立てれば、流石に見破られようがな」
「……まさか、始めから……!?」
シルエスカは泥人形とすり替わっていたガンダルフが、どのタイミングで入れ替わっていたか察する。
入れ替わったのは、シルエスカが突入してくる遥か前。
ケイルとエリクを襲った時点でガンダルフは自分自身の本体を地中に隠し、泥人形を地上に出してマギルスと戦っていた。
最初から姿を見せていたのは、姿を偽装した身代わりの泥人形。
そして本物のガンダルフは地中から身代わりを通じて外の様子を窺い、万が一に備えて待機していた。
「儂が何の策も無く、身を晒すと思うたか?」
「……ッ」
「この馬鹿弟子が優秀なのは、儂が嫌と言うほど知っておる。儂の予想通り、気を失った後に自分の身を守る手段を残しておると察しておったわ。だから先に魔人共を封じ、抵抗できる者を最低限まで排除したのだ」
「……ッ!!」
シルエスカは赤槍を振り再び炎を纏いながらガンダルフへ向かう。
それより先に近くに居た青馬がガンダルフへ前足を高く掲げてガンダルフを踏み潰そうとしたが、それも結界で防ぐ。
その結界を破る為に、再び『
「!?」
「お前さんの
「くっ、このッ!!」
シルエスカは助走と加速の力を失いながらも、赤槍を放ち結界へ直撃させる。
しかし赤槍を纏う炎が瞬時に氷へ変化し、瞬間冷凍された赤槍は地面へ落ちた。
「我が炎が……!?」
「これは魔力で作り出された仮初の火。ならば火を模る魔力を氷に変えれば済むだけのこと」
「そんなことが、できるはず……!?」
「これはアルトリアが儂に教えた
「ッ!!」
シルエスカは赤槍を失いながらも泥から抜け出し、後ろ腰に携える短剣を引き抜き炎を纏わせてガンダルフを襲う。
しかし結界に阻まれ短剣さえ氷漬けにされて手も足も出せない状況となり、それを見て微笑するガンダルフはアリアの胸に手を置き詠唱を開始した。
「――……『我が魂に課す肉の枷を解き放ち、我が魂に新たな肉の枷を与えよ――……』」
「クッ!! 止めろ、ガンダルフ!!」
「『――……魂の門を開きし者よ。我が魂と彼の者の肉の枷を解き放ち、その身を新たな肉へと成せ――……』」
「ッ!?」
「『
詠唱を完了したガンダルフは、結界の中で凄まじい光を帯びる。
それはアリアの肉体にも伝わり、シルエスカは思わず飛び退き光の直視を避ける為に手で目を覆った。
『赤』のシルエスカが参戦しながらも、事態を防げず。
アリアの肉体を手に入れる為に、ガンダルフの魂がその身体に侵入を果たした。
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