天使の救済
エリクとマギルスがランヴァルディアとの戦いを開始し始めた時。
皇都で瀕死となっているグラドの妻カーラを助ける為に、エリクが指した西地区の広場へとアリアは降りていた。
うつ伏せとなるカーラの傍には、その子供である娘ヴィータと息子ヒューイが寄り添う。
六枚の翼を羽ばたかせて飛来したアリアに子供達は驚き、それを見たアリアは翼を収めてカーラに向けて駆け出す。
そして屈みながら寄り添う子供達に声を掛けた。
「――……この人は、貴方達のお母さん?」
「う、うん……」
「……天使様……?」
「私が治すから、二人は離れなさい」
アリアは治癒する為に二人を離し、カーラの傷の状態を確認する。
特に酷いのは背中と両足の傷であり、全身も打撲を受けて頭も強打していた。
それを確認している最中、子供達が心配そうに見ながら訊ねる。
「お母さん、治る……?」
「……傷は治せるけど、失血が問題ね。とにかく先に傷をどうにかしないと……」
子供達に目を向けずにアリアはそう呟き、回復魔法での治癒を開始する。
傷口の近くに両手を近付け、詠唱に入った。
「――……『
六つの回復魔法を順じて唱え、アリアはカーラの傷を癒していく。
傷に付着している瓦礫の破片や埃は除去され、損傷し欠損した部位が復元され、それを高めた自然治癒力を高めて神経や血管などの細胞を結合させていく。
そして全ての欠損と損傷が癒された後、全身の打撲と頭の傷を癒した。
柔らかく温かい光が二人を包み、十数秒後にカーラは全身の状態を回復させる。
アリアは一息を吐き出し、驚きと心配を同居させた表情を向ける子供達に顔を向けた。
「……傷は治したわ」
「!」
「お母さん!」
子供達は母親に寄り添うように近付く。
倒れたままのカーラは血が付き破けた服はそのままながらも、背中と足の傷を含めて全て治癒されていた。
しかし血の気が薄い肌は変わらず、まだ体の冷たい母親に触れて子供達は不安の残る顔でアリアを見る。
その視線の答えとして、アリアはカーラの息と手首の脈を確認しながら呟いた。
「……やっぱり、失血している量が多すぎる。このまま血圧の低下が続くと死んでしまう」
「!!」
「輸血しようにも、この状態じゃ……」
上空から見ていたアリアは、今現在の皇都の状態を把握している。
流民街を始め、市民街のほとんどが結界を破られた際の崩落とランヴァルディアの攻撃で破壊され、都市機能が十全に活かせていない。
無事な医療施設も既に怪我人や避難民で満杯であり、その場所すら火の手が回り始めて危険な状態にある。
崩落はともかく、鎮火しなければ皇都に残されている者達は焼け死ぬ。
仮に皇都の外へ避難できたとしても、大半の怪我人は治療が行えず、重傷者は生存する事も難しくなるだろう。
その状況を察したアリアは、根本的な解決を行う為に再び六枚の翼を展開させた。
「――……『
「!」
「貴方達はここに居なさい。必ず助けるから」
そう告げて再び空へと飛翔したアリアは、六枚の翼を羽ばたかせて皇都が全て見渡せる数百メートルの上空まで辿り着く。
羽ばたきながら滞空すると、背負う六枚の背中が更に巨大な白銀の翼へと変化した。
上空に出現した巨大な六枚の翼は、災禍に皇都に見舞われる者達にも視認され、全員が再び凶事が訪れるのだと予感し恐怖を抱かれる。
しかし翼を広げた本人の意図は、まったく別のモノだった。
「――……一つ一つの消火では間に合わない。全ての火元を潰し、尚且つ怪我人や重傷者を救う方法は、この方法しかない。……広範囲の鎮火と回復なんて、
アリアはそう呟きながら、巨大化した六枚の翼を順じ羽ばたかせる。
すると翼から羽が抜け落ちるように散り、それが皇都全体に降り注いだ。
それが途中で白い球形状の光へ変化すると、光る雪が降っているような光景になる。
皇都にいる人々は巨大な翼から降り注ぐ白い光を見て、先程と同じ事になるのではと恐怖して逃げ惑い始めた。
その時、アリアが魔法で拡声させた言葉が皇都の中に響き渡った。
『落ち着きなさい、これは害あるモノではありません』
「!?」
『今から上空に居る私が皇都全体に及んでいる火を消します。皆は慌てず、崩れた建物から離れなさい』
「な、なんだ……声が……」
「上のって、あの翼が見える……?」
皇都全域にアリアの拡声された言葉は届き、人々は上を見る。
そして次の瞬間、アリアが手と手を重なり合うように叩き詠唱を始めた。
『――……
その詠唱と共に、皇都に広がっていた炎が突如として鎮まり始めた。
拡大していた火元が徐々に勢いを失い、最後には小さな火種となって消失していく。
拡声された言葉と共に鎮火する様子が人々に確認され、驚きと同時に火が消失した安堵が心に宿った。
そしてアリアは再び拡声された言葉を伝える。
『怪我人や重傷者に降り注ぐ光を浴びせなさい。そうすれば、傷を癒す事が出来ます』
「!!」
『この光は瓦礫の中に居る者達にも届きます。まだ怪我などで崩れた建物内にいる者も、光に触れなさい。そうすれば傷を癒せます』
再び届く言葉を聞いた人々は、訝しげな表情を浮かべて顔を見合す。
信じていいのかと考え警戒する者達が大半だったが、幾人かが恐怖に勝る好奇心で降り注ぐ光に触れた時に、暖かみのある光に包まれた。
そして数秒後には負っていた傷が完治している事を確認し、そうした人々が白い光に触れるように伝えていく。
アリアの翼から降り注ぐ光の一つ一つが『
致命的な傷や重度の火傷、更には肉体の欠損さえ降り注ぐ光で治癒されていく事が確認されると、癒された全員が上空に浮かぶ翼の持ち主に手を組み崇める。
それは絵物語で聞かされるような出来事。
かつて人々を救済し崇められた神の御使いとされている『天使』であると、救われた人々は考え至った。
その
上空から見ているアリアは避難が完了していない地区へ兵士達を導くよう伝え、光に触れて感知した人々がいる崩れた建物や瓦礫の山を周囲の者達に教えていく。
始めこそ戸惑う者達も多かったが、炎が鎮火し光に触れて傷が完治した事が皇都内で伝え広まるにつれて、アリアの言葉は絶望的な状況から救われる唯一の道標だと皇都の人々に思えた。
そのおかげで、失血で倒れるカーラと近くに居た子供達も救助される。
西地区へと赴いた兵士達や男達が、三人と共にまだ西地区で辛うじて生きていた者達を救助した。
『その女性の傷は癒しましたが、多くの血を失っています。輸血が出来る施設まで運んで下さい。施設の方は連れている子供から輸血を行える準備をして下さい』
「はい!」
カーラを託した後、遠目から運ばれるカーラと共に子供達をアリアは見送る。
その時に空へ手を振る子供達を確認すると、今まで強張ったままの表情だったアリアの口元が僅かに微笑んだ。
更にアリアは光に触れた要救助者達の事も伝え、避難と共に救助の指揮を上空から行っていく。
それに従う人々は瓦礫を取り除き救助者達を助け、多くの人々が災禍の中から助け出された。
時には撤去が難しい状況を確認すると、アリア自身が上空から降り立ち翼を使って瓦礫の撤去作業を手伝う。
アリアを直に見た人々は、後にこう語った。
金髪碧眼の麗しい天使が皇国を救済してくれたと。
こうしてアリアの主導で、絶望と混乱に陥っていた皇都の避難と救助活動は続けられた。
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