神兵の真価


 アリアが災禍に見舞われる皇都を救う一方で、エリクとマギルスは神兵の猛威を奮うランヴァルディアとの戦いを繰り広げる。


 エリクが前に立ち、怪力と共に振るわれる赤い魔力を帯びた大剣でオーラの防壁を崩す。

 そして崩れた瞬間を狙い、マギルスが首を落とす為に大鎌を振って襲い掛かる。

 対するランヴァルディアはオーラの防壁を瞬時に張り替え、大鎌の刃を防ぐと同時に身に纏うオーラを膨張させ周囲に放つ。

 それを察したエリクとマギルスは大きく飛び退き回避すると、再び二対一で向かい合った。


 大剣に溜めた赤い魔力を束ねたエリクが、大剣を振り赤い魔力斬撃を放つ。

 それから逃れる動きを見せないランヴァルディアは口元を微笑ませ、赤い斬撃に飲み込まれた。


 赤い魔力が爆ぜて直撃した場所を吹き飛ばすと、エリクは大剣を構え直しながらマギルスと共に見つめる。

 二人は土埃が舞う場所を見ながら、驚きの表情を浮かべた。


「これは……」


「魔力……!?」


 二人はランヴァルディアが居た場所から魔力を感じ、鳥肌を立たせる。

 目の前にある膨大な魔力と膨大なオーラの気配が混ざり合い、その場の空気を重くさせている事を二人は感じた。

 そして土煙が晴れた場所に居たのは、白いオーラと共に赤い魔力を纏わせたランヴァルディアだった。


「――……凄まじい魔力だ。オーラだけでは防げないのも頷ける」


「!?」


「驚いているね、無理もない。神兵の心臓コアは『マナの実』を参考に作られている。膨大なオーラはその副産物で、本当の脅威は膨大な魔力の塊を有し、それを操作出来るということさ」


 そう言い放つランヴァルディアは、オーラと魔力を合わせ束ねた力を解放する。

 それを中心に暗い世界が夜明けを迎えたような光景となり、エリクとマギルスを驚かせた。


 世界の景色さえ一変させるランヴァルディアだったが、何かに気付いて微笑みながら皇都の方へ顔を向ける。

 皇都の上空に巨大な六枚の翼が広がり、その翼から大量の光が降り注いでいることにエリクとマギルスも気付き、ランヴァルディアが二人に話し掛けた。


「彼女は素晴らしいね。そう思うだろう? 君達も」


「!」


「彼女は七大聖人セブンスワン以上の実力と知識を兼ね備えているのだろう。そして何より、彼女は人を惹き付ける魅力がある。君達もそう感じたからこそ、彼女に付き従っているんじゃないかい?」


「……」


「彼女がもう少し早く生まれて、幼い私と出会っていれば。……成長した彼女と再会した時、そう思ってしまった。……だが私には生涯を共に過ごすと誓った女性が居た。その誓いを破り彼女が差し伸べた手を掴むのは、その女性に対して酷い裏切りだと思っている」


「……お前は、何を言いたい?」


 ランヴァルディアの思わせぶりな態度に、エリクは睨みながら訊ねる。

 それを少し寂しそうな表情と声でランヴァルディアは返した。


「私はね、こんな力なんて要らなかった。ただ愛する女性と笑って過ごせる日々が続いて、年老いた彼女や子供達に囲まれて自分の最後を見送られる事が、一番の願いだった」


「……」


「君達のように強い力を持つ者に、一度だって憧れなかった。……私が初めて力を求めたのは、愛する女性を殺された時だ」


「……!!」


「自分の無力を嘆き、自分の無欲を恨み、自分が愛する女性すら守れなかった怠惰な日々が、彼女を殺す要因だったのだと感じた時に、私は変わった。自分自身を憎み続け、彼女への復讐を果たす為に私の求めるモノをこの力にしたんだよ」


「……」


「そして力を得たが、彼女を殺した者への復讐も僅かな時間で飽いてしまった。……残っているのは、自分を憎む心だけだ」


「……それが、お前が暴れる理由か」


「ああ。私は憎い私自身を貶め、そんな私を殺してくれる存在を求めている。それを果たしてくれると思っているのが、アルトリアと君達だよ」


 寂しそうな笑みを浮かべて話すランヴァルディアは、次の瞬間には冷酷な表情へ戻る。

 そして治めていたオーラと魔力を交わらせて纏い、その波動が周辺に地鳴りさえ起こした。

 それに相対するエリクとマギルスは武器を構えると、ランヴァルディアは真剣な表情で言葉を送った。


「さぁ、英雄諸君。私という天災しんぺいを、殺してみたまえ」


 次の瞬間、ランヴァルディアの右手から魔力とオーラが混ざる収束砲が放たれる。

 威力も大きさも数倍以上に膨れ上がったそれを二人は左右に別れて回避し、マギルスが先に仕掛けた。

 しかし大鎌を両手で握り魔力を漲らせた状態で振ったにも関わらず、その攻撃は防壁を張っていないランヴァルディアの右腕のみで防がれる。


「な……っ!?」


「魔力で身体を強化できるのは、君達だけではないよ」


 魔人同様に魔力を身体に巡らせオーラを纏い身体能力を強化させる今のランヴァルディアは、マギルスの大鎌でさえ傷付かなくなった。

 そして左手で収束した砲撃がマギルスを襲い、その光に飲まれてしまう。

 その隙を突くように背後へ回ったエリクが大剣を上段から振り下ろすと、ランヴァルディアが超反応で身体を回して右手で受け止める。

 大剣の威力は地面へ流れ、周囲一帯を砕き割りながら分散された。


「グ……ッ!?」


「君の力も、脅威には成り得ない」 


 迎撃したランヴァルディアは左拳をエリクに対して放つ。

 それを咄嗟に右腕で上げて防ぐエリクだったが、ランヴァルディアの拳はエリクの腕を砕きながら押し退けた。

 右腕だけではなく右肺と胸部を共に潰されたエリクは吐血を息と共に吐き出し、削れるように地面を擦りながら転がっていく。

 マギルスも収束砲で吹き飛ばされ、服が焼き尽き離れた場所で地面に横たわっていた。


 一瞬の攻防で重傷を負わされた二人を見て、ランヴァルディアは失望にも似た表情を見せる。


「……少々、過大評価だったようだ。君達では私を止められないらしい」


「グ……ァ……ッ」


「イ、タァ……ッ」


「やはり私を止められるのは、アルトリアだけのようだ。……しかしアルトリアは、私を救おうと拘り本気では戦おうとはしてくれない。……あぁ、そうか」


「……ッ」


「彼女を本気にさせるなら、今まさに彼女が救おうとしている皇都を滅ぼせばいいのか」


「!!」


「そうすれば、彼女が憤慨して私を殺す為に本気を出さざるをえないだろう。始めの戦いも施設に残っている者達を気にして本気では戦えなかったようだし、さっきの戦いも下を気にして本気で戦えていなかった。だったら彼女から守るべきモノさえ奪い、本気になれる環境を作ってあげよう」


「……この……ッ」


 ランヴァルディアは微笑みながらわざと大きな声で話し、皇都へ向けて歩き出す。

 それをエリクは止める為に立ち上がり、左手で大剣を持ちランヴァルディアの背後から襲い掛かった。

 しかしランヴァルディアは大剣の攻撃を左肩で防ぎ、体を捻りながら浮いたエリクの腹部に右拳を突き込む。

 それがエリクに吐血を及ぼし、更に後方へ吹き飛ばされた。


「残念だが、君にもう興味は無い。大人しく皇都が滅びアルトリアが戦う姿を見るといい。……彼女が死ぬ姿もね」 


 そう言い残したランヴァルディアは、皇都へ向けてゆっくりと歩み出す。

 エリクは致命傷を負って再起不能に陥り、マギルスは肉体の治癒に力を注いで動けない。

 そして神兵として真の力を見せ始めるランヴァルディアは、次の狙いをアルトリアに絞った。


 その時、マギルスとランヴァルディアは共に悪寒を感じる。

 ランヴァルディアは背後を振り返り、その悪寒が発生している場所を確認した。


「――……ガァァア……ッ」


 そこには赤い魔力が溢れ出すように漏れるエリクが、唸りながら立ち上がっている。

 負っていた左腕と腹部の傷が急速に治癒され、赤い魔力と溢れ出ていた血が身体に纏う。

 その赤い血と魔力が肌を覆い、色を赤に染め上げる。

 全身の肌が赤く染まり、正気の目を失ったエリクが顔を上げると、額に二つの黒角が姿を現した。 


「……これは……」


「お、おじさん……ッ」


 ランヴァルディアは変異するエリクを見て、そしてマギルスはエリクの魔力が変異していくのを感じて驚きを呟く。

 そして十数秒後に、エリクは変異を終えて赤鬼と化した姿を現した。


「……ガァ……ガァアア……ッ」


「……なるほど、魔人化か。しかも赤鬼。君はどうやら、伝説に名高い鬼の血を継いでいるらしい」


「ガァアアアアアアッ!!」


「良いね。今の君なら、私を殺してくれそうだ」


 エリクに対する失意が期待へと変化させたランヴァルディアは、正気を失い赤鬼へ変貌したエリクへ挑む。

 赤鬼と神兵、二人の怪物が戦いを開始した。

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