侵入警報


 奴隷の少女を救い出しアリアが監禁されている地下へと進むエリクは、警備兵が構えて向ける銃と相対する。


 向けられる銃口を見てボウガンを持つ構え方に似ているのを察したエリクは、外套の内側に潜めた短剣を投げ放つ。

 それが警備兵の腕に直撃すると、低く唸った警備兵が照準を上に傾け引き金を誤って引いた。


「!!」


 その武器から放たれる爆発音と周囲の鉄板に跳弾する鉛の球を見て、エリクが驚きながらも警備兵を蹴り飛ばして通路から階下へ突き落とす。

 そのまま足を止めずに走るエリクは、小声で疑問を漏らした。


「……なんだ、今のは?」


「あれは多分、銃だと思う」


「じゅう?」


 それに答えたのは少女であり、知識に無い武器をエリクは訊ねる。

 少女は僅かに震えながら、銃に関する知識をエリクに教えた。


「あれは、作っちゃダメって言われてる物なの」


「どういうことだ?」


「銃は、火薬っていう物を使って鉛の玉を飛ばして、相手に当てるの」


「弓のような物か」


「弓は、使う人がいっぱい練習しないと当たらないの。でも、銃は弓より扱いが簡単で、普通の人でも使えるの」


「そうか。……何故、それを作ってはいけない?」


「簡単に、人を殺せるから」


「!」


「いっぱい鍛えた人達でも、銃の弾に当たったら死んじゃうの。鎧を着てても、近くだと貫通しちゃうの。普通の人が誰でも簡単に死なせられる武器なの。そんな武器があったら、皆がいっぱい争っちゃう。だから、作っちゃいけないって決めてるはずなのに……」


「……そうか」


 エリクは少女が話す事を聞き、少なからず納得する。

 銃という武器が弓より短い訓練期間で人を殺められる安易な武器として広まれば、兵士ではなく多くの国民が戦場に駆り出され戦争に参加させられる。


 剣や槍、弓などの武器は一定の練度を得て実践で初めて使える武器であり、戦闘を生業とする職業傭兵と素人で扱いの差も大きくなるだろう。

 だからこそ傭兵や兵士という専門職が戦争という仕事場を与えられ、国に仕えて民を守るという役職を与えられる。


 剣や槍を持ち弓を持つ兵士の意味を奪い、民を戦場で赴かせるという意味で、銃の害悪性をエリクは正しく認識した。


「……お前は、幼いのに詳しいな」


「私、いっぱい色んな事を知ってるの。……だから皆、それを知りたがるの」


「……皆が、知りたがる?」


「あっ」


 二人が話している最中、三名の警備兵が前方に現れる。

 しかも三名が銃を持ち、一人が屈んで二人が立ったまま銃を構えた。


「居たぞ、侵入者だ! ――……正射、用意!」


 銃を放つ警備兵の様子を見たエリクは、通路の手すりを掴んで階下の別通路へ飛び降り、別方向へ駆け出した。


「……先回りされ始めたな」


「おじさん、空調器のパイプがある場所を探して」


「ぱいぷ?」


「地下は凄く空気が悪いの。だから綺麗な空気を外から送るパイプを伸ばして、地下に綺麗な空気を行き渡らせて循環させてるの」


「……そ、そうか」


「ここは作り方が単純で下に送るパイプは床下に通してるから、それを辿れば整備用の場所を使ってもっと下へ行けるかも」


「……その『ぱいぷ』という物が、俺には分からない。お前は分かるか?」


「多分」


「見つけたら俺に教えろ」


「うん」 


 少女の助言を聞き、エリクは警備兵の気配と音を探りながら走り回る。

 そんなエリクは奇妙な感覚を抱いている。

 少女が漂わせている雰囲気が、エリクのよく知る人物に似ていたからだ。


「おじさん、アレ!」


「これか」


 少女が地下へ伸びる空気管を見つけ出すと、エリクはその周囲で立ち止まる。

 その傍にある鉄扉をエリクは蹴破り、階段を素早く駆け下りる。


「あの管がある場所を追っていけば、整備用の通路があるかも」


「分かった」


 少女の言葉に従い、エリクは天井に備え付けられた空気管を追う。

 警備兵と遭遇しては銃を構えて撃たせる前に接近して蹴り上げ、前後を挟まれて対応できない際には背負う大剣で銃撃を防ぐ。

 実際に大剣越しに銃の威力を受けたエリクは、走り抜けながら銃の感想を漏らした。


「確かに、鎧越しで受けても危険だな。……速射は出来ないのか?」


「あれは、弾を一発ずつ補充する古いタイプの銃だと思う。それより、おじさん大丈夫?」


「ああ。……ここまで奥に来ると、上まで戻る時が大変だな」


「多分、違う場所に入り口があると思うの」


「違う場所?」


「奥にこんなにいっぱい人がいるってことは、近い階層に入り口があるんだと思うの。みんな、そこから来てるの」


「俺が入った場所以外にも出入り口か。……確かに、そうかもな」


「これだけの施設なら、きっとリフトやエレベーターとかもあると思うの」


「りふと? えれべーたー?」


「大きな鉄箱に人を乗せて、上や下の階層に移動させる機械のこと」


「……それを奪えば、もっと下に行けるか?」


「行けると思う」


「それは、お前が見て分かるか?」


「多分。人がいっぱい来てる所が、その場所に近いかも」


「見つけたら」


「教えるね」


 二人はそう話しながら奥へ突き進み、エリクは回避していた警備兵との交戦を逆に積極的に行った。


 警備兵の足音に気付いた瞬間に少女を降ろし、逆に強襲して打ちのめす。

 その時に負傷させ銃を取り上げて気絶を免れた警備兵にエリクは問い質した。


「おい」


「グ、ァ……」


「『りふと』か『えれべーたー』というのは、何処だ?」


「だ、誰が教え……い、痛ァアガアアアアァァッ!!」


「教えろ」


「む、向こう! 向こうの通路の、右奥にぃいいい……!!」


「そうか」


「グ、フ……ゥ……ッ」


 エリクは握り締める警備兵の腕を離し、腹を殴打して気絶させる。

 そして再び少女を抱えると、通路右奥へと走り始めた。


 そこにあるのは、今までとは趣が違う外観の施設。

 大きな鉄箱に幾つかのケーブル線が繋ぎ合い、網目で覆われる周囲の壁が鉄箱を覆っている。

 それを見た少女がエリクに教えた。


「あれがエレベーターだよ」


「そうか。どうやって使う?」


「そこにあるボタン、押して」


「……どれだ?」


「下の矢印が付いてるボタン」


 少女に言われるがままボタンを押すと、エリクの前にある網扉と鉄扉が、鉄箱へ入れるようになる。

 それを見たエリクは少女に確認した。


「この中に入るのか?」


「うん。その中にもボタンがあるから、地下の何階に行きたいか選ぶの」


「……どのボタンだ?」


「えっと、一番下にある数字が書いてるボタン」


「分かった」


 少女に導かれたエリクはエレベーターのボタンを押した数秒後に、網扉と鉄扉が閉まり鉄箱が下へと降りていく。

 その異様な感覚に驚くエリクは、少女を降ろして訊ねた。


「ここは、船よりも足場が不安定だな」


「うん。重い物はいっぱい載せられないし、いっぱい動くと機械が壊れちゃうから、気をつけて」


「ああ。……そういえば、お前の名前は?」


「……名前は、私を買ってくれた人が付けるんだって」


「名前が無いのか?」


「うん。……昔はあったけど、今はもう無いの」


「……そうか」


 エリクは目の前にいる奴隷の少女がどういう境遇で奴隷になったかを、記憶の片隅で思い出している。

 両親とは違う黒髪黒瞳の姿で生まれ、両親や周囲から忌み子として扱われ捨てられたという少女の経緯。

 仮にその時に付けられた名前があったとしても、少女はその名を呼ばれて喜ぶのだろうか。

 それを考えた時、エリクは喜ばないだろうと察した。


 そして別の事も思い出したエリクは、少女に聞いた。


「……そういえば。奴隷は契約書があると国から出られないと聞いていた。もし出たら死ぬほどの苦痛も味わうと。……何故、無事なんだ?」


「ここ、皇都の外なの?」


「ああ」


「だったら多分、誰かが奴隷契約書を解除したんだと思う」


「……マギルスか?」


「違うと思う。奴隷契約を解除するには、特別な道具が必要だから」


「なら、お前を攫った奴が……」


 そこまで話したエリクは、少女の奴隷契約書を持っていた者達を思い出す。


 少女の奴隷契約書を預かっていた場所は傭兵ギルド。

 その傭兵ギルドはマギルスに襲われたが、少女はその最中に誘拐されたという。

 奴隷契約を切らないまま少女を外に連れ出せば、契約の影響で少女は死を伴う苦痛を味わうはず。

 それが無かったのだとすれば、誰かが少女の奴隷契約書を前もって解除していた事になる。


 そこから導き出された答えをエリクは呟いた。 


「……バンデラス。奴か」


「?」


 少女の奴隷契約を解除し、少女をここまで連れ去ってきた人物。

 傭兵ギルドのバンデラスが少女の誘拐にも関わっている事を察したエリクは、少女がここに連れて来られた際の証言でアリア誘拐もバンデラスが確実に関わっていると確信へ至る。

 そして確信の裏に浮かんだもう一人の人物が、エリクの感情を暗くさせた。


「……ケイルは、奴等の仲間なのか……?」


 エリクが思い浮かべるのは、アリアの誘拐を手助けしたと聞かされたケイルの存在。

 仲間となったケイルが裏切りバンデラスに加担したのが事実だと明かされた時、どう相対するのか。

 そう悩むエリクを他所に、エレベーターは指定階層へと辿り着いた。


「!」


「着いたよ。多分ここが、エレベーターで行ける最下層」


「……ここは……」


 エレベーターを出て通路を歩いた先に広がる地下施設の最下層の光景。

 それを見たエリクは、目の前に広がる異様な光景に驚愕した。


「……闘技場……?」


 エリクが見た光景。

 そこは巨大な円形状の舞台が設置され、巨大な壁を隔てた周囲には大勢が収容できる観客席が作られた闘技場。

 その舞台には夥しい血と大きな傷跡が残されており、そこで何かが戦わされていたのだと察する。

 闘技場内には巨大な鉄檻が左右に設けられており、エリクは少し前に見たガラスに封じられていた合成魔獣と、山で遭遇した傷だらけの合成魔獣を思い出した。


「……ここで、キマイラを戦わせていたのか……」


 その場がどのような理由で作られたのか。

 それは合成魔獣同士を戦わせ、それを観客の見世物として催す為に作られた場所だった。

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