歓迎会


 エリクが研究施設への侵入に成功している頃。


 外は朝を迎えたが、起床後に訓練兵達はエリクが官舎を抜け出している事に気付く。

 そして訓練兵達の中隊長であるグラドは、第四兵士師団団長ザルツヘルムと数人の士官を交えて事情を説明していた。


「――……いつの間にかエリオは部屋から抜け出していた。そう主張するのだね? グラド訓練兵」


「ハッ。昨晩の夕食時に同室だったエリオが体調の不調を訴えたので、そのまま寝かせて自分が食堂で夕食を訓練兵一同で行い、部屋へ戻った後も寝ている様子だったので起こさずに自分も就寝しました。そして今朝、エリオの体調を確認しようと声を掛けた際に返事が無かったので直に確認したところ、シーツの中身が遠征用の鞄と荷物を身代わりにして部屋から抜け出している事に気付き、エリオの捜索を各小隊に命じた上で私自身が現状報告を行う為に赴いた次第です」


「……つまり、昨日の夕食時から今朝までいつ頃に抜け出したか、君自身にも分からないというわけだな」


「その通りです」


「エリオが体調不良を訴えた際に、医務室に行くよう勧めなかったのか?」


「いえ、私自身はそう促しましたが、『寝ていれば治る』とエリオ自身が医務室に行く事を拒絶しましたので、明日まで体調不良が続くのであれば医務室に行くよう伝えました」


「そうか」


「訓練兵達を任されながら、このような失態を起こし申し訳ありません。訓練兵で官舎周辺でエリオの捜索を行っています。それで見つからなければ、街の方に捜索を広げようかと――……」


「その必要は無い」


「!」


 グラドがエリオの捜索を申し込むが、ザルツヘルムはそれを認めない。

 それに疑問を持ったグラドは問いで返した。


「では、エリオの捜索は?」


「それは第四兵士師団こちらの方で請け負うよ。昨日到着したばかりの訓練兵である君達では、ここの基地施設内を把握しきれないだろう。捜索は私達に任せたまえ」


「了解しました」


「君から訓練兵に呼び掛け、エリオの捜索中止を伝えてくれ。それと、昼前に催し物を行う。昼前には装備を整えて訓練場に集合するよう伝えてくれ」


「……ハッ」


 ザルツヘルムの命令にグラドは従い、敬礼をして退室する。

 足音が遠ざかるのを確認した士官達が、ザルツヘルムに進言した。


「師団長。やはり……」


「あの男が密偵で、間違いは無さそうだ」


「……今日の御披露目は中止にした方が……?」


「それは不可能だ。この日の為に集まった有力者達の目は多い。今更になって中止すると伝えれば、最早チャンスは無いだろう」


「それは、確かに……」


第四兵士師団われわれが軍部の主導権を握るには、アレ等の御披露目と能力確認は必要不可欠。その為に今回の訓練兵達も調達したわけだからな」


 そう内密に話す中で、紙束を持つ士官の一人にザルツヘルムが確認を取る。


「先ほどのグラドの証言は?」


「……記録とは一致します。確かにそれらしい会話を行った後に、グラド訓練兵は夕食へ。その後すぐに密偵が部屋で偽装を行い、抜け出した様子も記録されていました。僅かな時間だった為に、監視員が見逃していたようです」


「ならば、昨日の夜には既に居なかったということか」


 官舎の部屋に隠されている魔道具から引き出した記録を記載した紙を見ながら、ザルツヘルムはグラドの証言が真実かを確認する。

 それが概ね正しいものであり、ザルツヘルムも記録資料を受け取って確認した。


「……あのグラドという男も少し怪しいが、御披露目でそれも関係は無くなるだろう。密偵の捜索を第七・第八中隊に任せる。そして密偵の生死は問わないと伝えろ」


「了解しました」


「我々は予定通り、御披露目の準備だ」


「ハッ」


 そう告げたザルツヘルムの命令に士官達は従い、部屋から出て各々が準備を始める。

 部屋に残ったザルツヘルムは窓の外を眺めながら、拳を握り締めた。


「……第四兵士師団われわれが皇国の要となる日が来る。……シルエスカと騎士団め。お前達など必要無いのだと、分からせてやる」


 憤怒を込めた声を低く響かせるザルツヘルムも、部屋から出て準備を行う。

 一方で、グラドは官舎へ戻り訓練兵達にエリオの捜索の中止を伝える。

 疑問の声も挙がったがそれ等を抑えながら、催し物の為に昼前には訓練場に集まるよう伝えた。


 そして時間は過ぎ、昼時を迎える。


 昼食前に訓練兵達は装備を整え身に着けてから、訓練場に集まり整列した。

 整然と並ぶ訓練兵達の前に現れたザルツヘルムと多数の兵士達は、壇上から訓練兵士達に呼び掛ける。


「訓練兵の諸君! 君達が皇国軍兵士として迎えられる事を嬉しく思う。あと数ヶ月の訓練を残す君達には、今後も過酷な訓練を強いる事になるだろう。それも君達が皇国の民を守れるようになる為の試練だと考えて欲しい!」


「ハッ!!」


「そんな君達の為に、今日は君達が一時の安らぎを得られるように歓迎会を開こうと思う。この第四兵士師団の拠点基地内部の見学と共に、そこでは君達の先輩が、御馳走を用意して待ってくれている!」


「おぉ!」


 歓迎会と聞いた瞬間、訓練兵士達の瞳に期待が浮かぶ。

 行軍訓練では味が薄い乾パンか塩気の濃い干し肉や魚肉ばかり食べていたせいで、訓練兵達は美味なる食事に飢えていた。

 官舎内の食堂も味が薄く肉の少ないスープやジャガイモばかりで味気無いと思ったタイミングで、歓迎会を催し御馳走が用意されていると聞けば、期待が膨らむのも仕方ない。


「それでは、君達を歓迎会の場へ案内しよう。この場所から北地区に空き地がある。市内での隊列行軍も兼ねるので、整然として移動するように!」 


「ハッ!!」


 そうした理由で訓練兵達は各小隊長を先頭にして、案内役の士官に誘導されて付いて行く。

 その中で最前列を歩くグラドは、自身の持ち物である斧槍の柄を強く握りながら表情を強張らせていた。


「……歓迎会、ねぇ……?」


 グラドはエリクの話を思い出す。

 この歓迎会が自分達を本当に歓迎するモノであれば、何の問題も無い。

 しかし何かしらの悪意を持って行われるモノであれば、早めに訓練兵を伴い逃げなければならない。


 それを思案しながらも、訓練兵達の期待する様子や表面的な怪しさが見えない正規兵達の言動ではグラド自身が大きく動けない。

 緊急事態が起きた際にすぐに動けるようにと考えるグラドは、警戒と緊張感を高めながら訓練兵と共に北地区へ進んだ。


 そしてグラド達は北地区の巨大な空き地へ到着する。

 訓練兵達は空き地の中央に隊列を組んだまま並び、第四兵士師団の正規兵と士官達は訓練兵達から離れた場所を囲んだ。

 そしてやや離れた距離を保つザルツヘルムが訓練兵達の前に立ち、訓練兵達に呼び掛ける。


「それでは、君達を我が第四兵士師団の基地へ招待しよう!」


「……?」


 周囲にあるのは壁に囲まれた平らな空き地だけ。

 軍施設があるような建築物が見えず、訓練兵達に疑問の表情が浮かぶ。


 次の瞬間。

 地面から多少の地鳴りが響くと、ザルツヘルムを遮るように訓練兵達の前に巨大な何かが土の中から飛び出した。


「!?」


「これは……!?」


「壁……!?」


 訓練兵達の前に現れたのは、高さ十メートル以上はある鉄壁。

 それが地面から突き出すと、更に左右と後方にも鉄壁が地面から飛び出した。


「な、なんだこれ!?」


「クソッ!!」


 訓練兵達は何が起こったのが状況が分からない中、一人だけ出現して競り上がる鉄壁に走り出す。

 中隊長グラドが後方の壁から外に出ようと試みたが、既に遅く壁はグラドの跳躍では飛び越えられない高さとなった。


「こういう事かよ、チクショウッ!!」


「グ、グラド!?」


「なんだよ、これ!?」


「地震か!?」


 悪態を吐くグラドと困惑する訓練兵士達が、更なる混乱に陥る。

 地面が振動して揺れが起こると、何人が座り込んで怯えた。

 そして何人かが自分達の周囲で何が起こっているのかに気付く。


「……こ、これ……」


「地面が、下がってる……!?」


「あ、あれ! 壁がどんどん上に上がって……」


「違う! 俺等が地面ごと下がってるんだよ!!」


 訓練兵達が異常事態の正体に気付く。

 空き地の中央に立っていた訓練兵達だけが壁に覆われ、その部分だけが下降する。

 しかしそうなった理由を理解できず慌てる訓練兵達に、グラドは叫び伝えた。


「お前等、落ち着け!!」


「!」


「各班で隊列を組め! 壁には近寄らず全員で中央に寄るんだ!!」


「わ、分かった!!」


 グラドの怒声で全員が慌てながらも隊列を組み、中央に寄って構える。

 空が遠ざかり上の地面が塞がれていく光景に全員が動揺したが、グラドはその動揺を抑えるように伝えた。


「お前等、慌てて散り散りになるなよ! 絶対に隊列は解くな! 仲間を守り合え!」


「グ、グラド! どうなってんだよ、こりゃあ!?」


「俺にも分からん! 分からんが、絶対に油断すんなよ! 隊列を解いた瞬間に死ぬと思え!」


「!?」


「クッソ……!! こんな大仕掛け、予想も対策もしようもねぇだろ……!!」


 エリクの忠告を聞いていたグラドでさえ対応に遅れ、予想の範疇を超えた罠に驚く。

 そして数分程の下降が続き、暗闇の中で訓練兵達が隊列を維持したまま構える。

 すると地響きが終了し、周囲を覆っていた鉄板が外側へ傾けられて暗闇に光が差し込んだ。


「……ここは、なんだ……!?」


 周囲が明るくなり、グラドと訓練兵達は周囲を見た。

 周囲は鉄壁に覆われた巨大な空間であり、高い位置にガラスらしき大窓も存在する。

 そして四方には閉ざされた鉄扉が存在し、異様な光景にグラド達は動揺と謎を深めた。


「ここは……!?」


『我が第四兵士師団の訓練場だよ』


「!?」


 動揺する訓練兵達の周囲から反響した声が響く。

 その声の主が誰か気付いたのはグラドであり、その声に反応して大声を上げた。


「どういう事か説明して頂けますよな、ザルツヘルム師団長殿!?」


『言っただろう、グラド訓練兵。ここが歓迎会の場所だ』


「……御馳走が置いてないみたいですがね?」


『いや、既に用意されているよ。君達という御馳走がね』


「!?」


『そしてその御馳走を頂くのは、君達の先輩だ』


「な……!?」


『今日の歓迎会は、君達の為に催されたのではない。我々第四兵士師団の新兵の御披露目と、歓迎会だ』


 訓練兵達はザルツヘルムの言葉に自身の耳を疑う。

 大半の訓練兵達がその言葉を聞いて不可解な思考を浮かべるが、その答えを尋ねるより先に周囲に異変が起こる。

 四方を囲んでいた鉄扉がゆっくり開かれると同時に、その扉の奥から何かが唸る声が聞こえた。


「……なんだ、アレは……?」


 グラドと訓練兵達は扉の中に居る何かを見る。

 そして扉の奥に居る何かも、中に居る訓練兵達を見て歩みを開始した。


「……!?」


「な……っ」


「ま、魔物……? 魔獣……?」


「いやでも、あれは……!?」


「人間……!?」


「……あれが、人間のワケないだろ……!?」


 訓練兵達が凝視する視線が怯えに変わり、奥から現れるモノを見る。

 元傭兵組でさえ目の前に現れたモノを理解できず、グラドも斧槍を握る手に力を込めて歯を食い縛った。


 そこに現れたのは、異形の怪物達。

 人間の姿に近しい姿を保ちながらも、様々な魔物や魔獣の特徴が見える姿。


 グラドと訓練兵達の前に、合成魔人キメラが姿を現した。

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