少年逃亡
マギルスが行方を眩ませた数日後。
アリア達は皇都までの道のりを徒歩で移動していた。
青馬も行方を眩ませた事で徒歩を余儀なくされ、更に怒りを深めるかと思われたアリアだったが、意外にもマギルスに対する罵詈雑言を漏らすことなく歩き続ける。
その道中。
夜営を行い食事を摂る時、ケイルが聞いた。
「……なぁ、アリア」
「なに?」
「いいのかよ?」
「……マギルスのこと?」
「ああ」
「別にいいわよ。放っておきましょう」
「いいのかねぇ……」
「あの馬があるんだから、移動が不便になる事はないでしょ。金貨五枚は小遣いで渡してたはずだし、無駄使いしなければ船賃や食費込みでも自力でマシラに戻れるわよ」
「……お前、始めからこうする気だったのか?」
「時と場合は考えてたわ。マギルスが制御できないと感じたらマシラに叩き返すつもりだった。結局、それが早まっただけよ」
「……山から降りた時には、もう怒ってはなかったんだろ?」
「……」
「始めはキレてたのは本当だろ。でも途中から、マギルスを追い出す為に敢えて怒ったフリをしてたってとこか」
「……察しが良いわね。ケイルって」
ケイルは村に戻ってからのアリアの様子で、機嫌が戻っているのは理解していた。
その内情を推し量った時、マギルスが翌日に居なくなり特に驚きもしないアリアの様子で理由を察する。
マギルスを追い出す為にアリアは自分の怒りを利用した。
「元々、私にとってこの旅にマギルスは不要なのよ。疲れ知らずの馬は惜しい気持ちもあるけど、それ以上にマギルスが傍に居ることで起こる精神的摩擦は拭えない。……実力がどれだけ高くても、それに自惚れた子供を連れた旅なんて、苦労以外に何も無いわ。お互いにね」
「……要は、お前が嫌だから追い出しただけだろ。難しく言って誤魔化すなよ」
「……まぁね」
「エリク。お前はいいのか?」
アリアの内情を聞いたケイルは、次にエリクに問い掛ける。
木製の食器に注がれたスープを啜り終えたエリクが、ケイルに答えを返した。
「マギルスは強い。一人でも大丈夫だろう」
「そういう意味じゃなくて。パーティから抜けていいのかって話だよ」
「問題は無い。俺達も、そしてマギルスも」
「!」
「マギルスはここに居ると楽しいからと言って入った。だが楽しくないから抜けた。俺達はマギルスが居ても居なくてもフォウル国に行く。それだけだろう」
「……そりゃ、そうだけどな」
「マギルスは俺より強い。よほど強い相手でなければ、負けはしないだろう」
エリクも心配する様子を見せず、ケイルは軽く溜息を吐き出しながら、マギルスの離脱に対する意見を述べた。
「……なんか、アタシとお前等でズレてるな。アタシとしては、アイツが十二歳のガキだって事を心配してるんだがな」
「子供だから心配?」
「知りもしない大陸で子供一人が馬に乗って旅してるってのは、色んな意味でヤバイだろ。そういうのは無いのかよ?」
「ここまで付いて来たのはマギルスの意思よ。離脱して出て行ったのもマギルスの意思。それ以上の心配は無意味よ」
「……お前、やっぱマギルスは嫌いなんだな」
「ええ、嫌いよ。出て行ってくれて清々したわ。気分爽快、最高ね」
「おい」
「ごちそうさま。私、あっちで休むわ。見張りの交代が必要だったら起こして」
食事を食べ終わったアリアは張り終えた天幕に入る。
あからさまな言葉と態度にケイルは溜息を吐き出し、三人が食べ終わった食器と調理道具を川の水に浸けた。
エリクも鍋を持ってそれを手伝い、ケイルと話す。
「ケイル」
「なんだよ?」
「アリアを、あまり責めるな」
「……庇うのか?」
「マギルスが出て行ったのは、俺のせいでもある」
「……あの時の話か」
「ああ。……俺はやはり、戦いを楽しいとは思わない」
「……そうだな。そこはアタシも同感だ」
「俺は、子供の頃から王国の傭兵になり、戦場で敵を殺してきた。アレを楽しいと思ったことは一度も無い。……だが、自分が強くなる高揚感は確かにあったと思う」
「……アタシも似たようなもんだ」
「アリアは命を奪う戦いを嫌っている。俺も、無意味に殺したくはない。だがマギルスは、命を奪う事に躊躇が無い」
「だな」
「ケイルは、どうだ?」
「……アタシも、どっちかと言えば嫌悪は抱く方だ。だが命の奪い合いで敵対者に情けを掛けるほど、甘くは無い」
「そうか」
「……確かにマギルスは、生死に関する善悪が無い。あの考えと行動力は教育されたモノじゃなく、天性の才能なんだろ。……ある意味、殺し屋に向いてる性格だ」
「ああ」
「……どっちにしても、マギルスが戻って来るワケじゃなし。皿洗ったら、アタシも寝るわ」
「ああ。見張りは俺がしておく」
二人の話は終わり、それぞれが就寝に入りその日を終えた。
その会話から一週間後。
仕入れの為に皇都まで向かう行商馬車に乗る事を許された三人は、皇都まで戻って来た。
乗せてくれた行商に運賃として金貨を支払う。
行商は儲けたという顔をして別れると、アリアは小声で話した。
「
「分かった」
「最悪、依頼を受けずに等級が下がるくらいは構わないわ。欲しいのは移動時の手続き等々の省略だけだもの。二等級から三等級に、三等級から四等級に下がったって構わないわ」
そんな話を三人で共有させ、入り口の検問所を通過する時に三名は傭兵認識票を提示する。
何事も無く通過できたことに安堵の息を漏らしたアリアは、部屋を取ったままの宿へ戻り、居なくなったマギルスの宿泊費を払おうとした。
その際に宿の受付が、こんな話をアリア達にした。
「お連れ様の宿泊費でしたら、一週間ほど前に御自身で御支払い頂いてますが?」
「え……!?」
マギルスがマシラ側ではなく、皇都に戻って来たという話にアリア達は驚く。
受付にその後の行方を聞いたが、宿を出た後の事は知らないと言われる。
アリアの部屋に集まった三人はマギルスの件を話した。
「……皇都に戻ってるのは、ちょっと計算外ね」
「もう冬なんだ。マシラに直帰せずに戻って来る事も予想は出来たろ」
「ええ。でもなんで皇都にわざわざ戻って来たのかしら。あの馬なら飛ばせば一週間もせず港に着くのに……」
「部屋に忘れ物でもしてたのかもな」
「それは無いはずよ。そもそも武器以外は手ぶらだったし、食事以外の荷物は全て荷車に積載してあったもの」
「じゃあ、マギルスが皇都に戻って来たちゃんとした理由があるって言いたいのか?」
「それは……」
二人が話すのを他所に、窓から外を眺めるエリクが何かを思い出し、二人に話し掛けた。
「アリア、ケイル」
「ん?」
「マギルスは確か、何か買う為に白金貨二枚を欲しがっていたな?」
「……そういえば、そんな事を言っていたような……」
皇都の防具屋へ赴く際、マギルスが金銭を欲しがり傭兵の仕事をする流れになったのを思いだす。
斑蛇の案件や合成魔獣の件で抜け落ちた記憶を二人は蘇らせると、エリクが続きを話した。
「討伐依頼を受ける前、宿の部屋でマギルスが言っていた。『面白そうなのを見つけた』と」
「面白そうなの?」
「マギルスが買いたいと言っていたのは、それじゃないか?」
「……白金貨二枚って事は、金貨二百枚相当の物よね。何を欲しがってたのよ、アイツ」
「秘密だと言っていたな」
「……考えるだけ面倒臭いわね。どうせ違う宿に移って皇都に居るんでしょ。気にしなくていいわよ。春になったらおさらばだわ」
「……そうか」
アリアが考えることを放棄し、ケイルとエリクもマギルスの不可解な行動は隅に置いた。
宿に戻ったアリアは風呂に入り、エリクとケイルも部屋で休息を図る。
その日は何事も無く夜を迎え、全員が寝静まった。
次の日の昼頃。
アリア達の部屋にエリクが急ぎ訪れた。
しかも荷物を抱えたその姿に、ケイルとアリアは驚く。
「エリク、どうしたの?」
「二人共、荷造りをしろ」
「どうしたんだよ」
「兵士がこの宿の周囲に集まって来ている」
「!?」
「数は少ないが、確実に集まっている。逃げるか留まるか。アリア、どうする?」
エリクが外で起きている異変に気付き、アリアに選択肢を迫る。
アリアは状況と思考をなんとか追いつかせ、ケイルの顔を見て頷き合わせた。
「まずは着替えよ。万全の状態で様子を見ましょう。踏み込む気配があったら窓から飛び出すわ」
「分かった」
「皇国兵の狙いが私だとしたら、真っ先に私の部屋に押し寄せて来るはず……。とにかく様子を見ましょう。何か違う事件で近くに来ているだけかもしれない。楽観は出来ないけどね」
話しながら準備を整える二人は、旅服と防具を来て荷物を抱える。
そして窓の外と宿内の様子を伺いながら、確かに異変が起きていると確信した。
宿の前に幾人かの皇国兵が並び立ち、何かを待っている様子が見えたのだ。
「……この宿ね。やっぱり私が狙い?」
「逃げるか?」
「皇都内で逃げるのは正直、分が悪過ぎるわ。門を封鎖されたら出るのが難しくなる」
「どうする?」
「ちょっと待って、考えるから……」
そうアリアが言った直後、アリア達の部屋がある階まで階段を上る音が響く。
数人の重量ある足音が重なるのを感じ、相手が武装した皇国兵だと三人は察した。
アリアとケイルは窓際へ移動し、エリクは扉の前で構える。
構える三人に相反し、丁寧に扉を叩く音が響いた。
「……誰かしら?」
押し入らない相手を不気味に思いながらも、アリアは声で返答する。
そして扉越しに訪問者が話し掛けた。
「――……この皇都で傭兵ギルドマスターを兼ねてる、特級傭兵のバンデラスだ」
「……ギルドマスターが何の用? こっちに用は無いけれど」
「文句がありそうだが、逆にこっちが言いたいね。全く、問題を起こしてくれてちゃって……」
「……?」
「開けていいか? 良いなら扉の前で待ち構えるのは止めて欲しいね。でなきゃ、こっちも反撃しかねんぞ」
バンデラスと名乗る人物の訪問に三名は顔を見合わせ、アリアとエリクはケイルを見る。
「……バンデラスってのは、確かに傭兵ギルドマスターの名前だ」
「そう。……エリク、何かあったらお願い」
「分かった」
「入って良いわよ」
ケイルの意見を聞き、アリアは指示を送る。
扉が開けて入って来たのは、黒めの茶髪に顎鬚を生やし革製の服を着た美丈夫だった。
そしてその背後には、皇国兵が控えている。
「よう」
「初めましてかしら? バンデラスさん」
「こっちは初めましてじゃねぇな。この間のギルド内の騒動、店の端で見せてもらってたぜ」
「……なるほど。あの時にエリクが言ってたのは、貴方の事だったのね」
「そっちも気付いてたか? なら、俺が
アリア達はバンデラスに向かい合いながら空気を張り詰めさせる。
しかしその空気を無視するように、バンデラスが部屋を見渡しながら聞いた。
「……もう一人の魔人のガキは?」
「いないわよ」
「逃がしたのか?」
「……逃がした? 何を言ってるのよ」
「無関係か? それとも、誤魔化してるだけか?」
「どういうことよ。こっちが分かるように話して」
「……なるほど。じゃあ話そうか」
バンデラスは三人の表情を見て首を傾げる。
そして溜息を吐き出した後、軽く事情を話した。
「お前等が連れてた魔人のガキが問題を起こした。だから傭兵ギルド代表の俺が出張って、お前等のとこにガキが匿われてるようだったら、大人しく引き渡すよう通告しに来た」
「問題……?」
「まず人間の子供じゃ不可能な芸当だ。十中八九、元マシラ闘士のマギルスで間違いないだろうさ」
「……何をしたの? アイツ」
「数日前。とある店に忍び込んで、商品を強奪した」
「!?」
「深夜に潜り込んで強奪していったらしい。朝になって気付いた店主が皇国兵に報告して調査した結果、青髪の子供が商品を連れて移動してた姿を見た奴等がいたのさ」
「……商品を、連れていた?」
アリアはバンデラスの言い方に疑問を浮かべる。
その言い回しの答えは、バンデラス自身の口から告げられた。
「盗まれた商品は、奴隷だ」
「……は?」
この時、アリア達はマギルスが欲していたモノが奴隷だと連想した。
同時に、マギルスが奴隷強奪犯として指名手配寸前の状態にあり、仲間だと思われている自分達も危うい状況に追い込まれていることも連想できたのだった。
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