黒獣傭兵団 (閑話その十四)


ガルミッシュ帝国とベルグリンド王国の戦争が始まった直後。


アリア達が南国のマシラに旅立った東港町で、

とある二名が下町の空き家に隠れ潜んでいる。


その二名の正体は、

老騎士ログウェルと帝国皇子ユグナリス。

彼等が隠れ潜む理由には、ユグナリスの素性が絡んでいた。



「……やれやれ。敵さんもしつこいのぉ」


「……ジジイ。王国との戦争が開始されると、反乱が起こるというのは事実なのか?」


「そうじゃよ。クラウス様が王国の相手にしとる頃じゃが、十数日後には帝国貴族の何割かが反旗を起こすじゃろう」


「……だから奴等は、俺を狙うのか?」


「そうじゃよ。お前さんが現皇帝ゴルディオス様の息子であり、傀儡として相応しい『皇子』じゃからの」


「……」



この一週間前後、

ログウェルとユグナリスは何度も刺客に狙われた。


ここまで乗って来た馬は殺され、

刺客達が町の外で待ち伏せされているのをログウェルが察し、

修行の為に戻るのを諦め、東港町に隠れ潜む。


それでも襲撃は度々起こり、

休む間も無くログウェル達は下町の奥まで追い込まれた。



「儂一人であれば、楽に突破も出来るんじゃがな」


「……俺が足手纏いだって言いたいのかよ?」


「そうじゃよ?」


「ク……ッ」


「やはりお前さんを連れて来たのは失敗じゃったかな。あのまま置いてくれば良かったかの?」


「……ッ」


「刺客達は儂と正面からやり合うのを避けておる。死角を狙い、気配を殺して遠隔武器で儂等を狙う。表に出れば、無関係の者達を巻き込みかねん」


「……クソッ」


「このまま手持ちの食料と水も尽きれば、何処かで補充せねば持たん。奴等の狙いは、儂等を追い詰めジリ貧に持ち込み、動けなくなったお前さんを攫う事であろう」



状況を説明されるユグナリスは歯を食い縛り、

自分が置かれている状況を正確に把握する。


帝国と王国との戦争の最中、反乱が必ず起こる。


そして反乱軍の神輿として自分が狙われ、

それを守る為にログウェルが傍に居る真意を知ると、

ユグナリスは事態の状況と自分の迂闊さを呪った。



「……俺とアルトリアは、元々仲は悪かった。だが魔法学園で急速に溝を深めたのも、奴等の仕業なのか?」


「らしいの。アルトリア様は彼奴等の息が掛かった者共にお前さんの悪行を聞かされ、お前さんはアルトリア様への劣等感を増すよう他の者達に煽らせていた。お前さん達の対立を意図的に広げ、アルトリア様をローゼン公爵家から切り離す為に茶番を実行したのじゃろう。互いに、行き過ぎた認識違いをしていたようじゃからの」


「……俺は、利用されたんだな」


「そうじゃよ。そして茶番で失態を見せたお前さんは、本来は帝都で軟禁され閉じ込められておるはずじゃった。しかし、儂がお前さんを連れ出した。彼奴等の計画は、アルトリア様の工作によって理不尽に陥れられ軟禁されたお前さんを救出し、新たな皇帝として担ぎ上げることじゃろ」


「……ッ」


「ゴルディオス様はそれを懸念しておった。クラウス様もそれを考え、お前さんを自分の領で軟禁させようともした。そして二人が選んだのが、儂という人選じゃよ」


「父上と、叔父上の……?」


「お前さんを鍛え直し、お前さんをゲルガルド勢力に渡さぬよう守るのが儂が頼まれた事よ。……しかし、この港町から出られぬと、クラウス様達の方と合流する事も出来んわい」


「……叔父上と合流するのか?」


「反乱が起こった後、神輿となる皇子が帝都に居ないと分かれば、ローゼン公爵の代わりに皇帝ゴルディオス様やクレア樣を擁してガルミッシュ帝国の政権を掴もうとするじゃろう?」


「なっ……!?」


「それを防ぐ為に、クラウス樣はゴルディオス様達を公爵領へ避難されているはずじゃ。そして帝都に王族が誰もいなければ、反乱軍は帝国を掌握する大義名分を失い、帝国政権を引き継げぬ。ローゼン公爵家以外は、皇族の血筋も既に居らぬからな。お前さんもクラウス様の領地に逃げ込めば、反乱貴族達は後戻りできず内部で亀裂を起こし、王国との関係も頓挫して反乱勢力が瓦解する。そういう事じゃよ」


「……」


「だからこそ、この町から出たいのじゃがな。……はてさて、どうしたものか」



事態はユグナリスが思いもしない程に進行している事を察し、

思考を困惑させながらも首を振って気持ちを切り替えた。



「……後悔は、後でする」


「そう。後悔も反省も、全てが終わってからするものじゃ」


「……ログウェル。頼みがある」


「なんじゃ?」


「俺が奴等に捕まりそうになったら、迷わず殺してくれ」


「!」


「良い様に利用されてる人形として扱われる人生は嫌だ。……俺が捕まり、父上や叔父上達を陥れる手伝いをさせられるくらいなら、殺してくれ」


「……その覚悟は良いが、そうもいかんの」


「?」


「敵に悪魔がいたのじゃよ」


「……悪魔とは、御伽噺に出てくる悪魔のことか?」


「悪魔は実在するぞい?」


「!?」


「お前さんが死ねば悪魔が死体に乗り移り、お前さんの姿で旗印と成り代わるじゃろう。だからこそ、刺客達はお前さんも殺す事に躊躇いは無い」


「……ッ」


「今のところ、奴等がお前さんを生きて捕らえようとしておるのは、ゴルディオス様に対する人質も兼ねる為じゃろうな。反乱に対する準備が悟られ事が危ぶまれれば、お前さんも躊躇無く殺しに来るぞぃ?」



そう伝えられたユグナリスは、

不思議にも怯えを感じず今の状況を静観している事に気付いた。

それは魔物と魔獣が犇く湿地帯の森との経験で、

何度も魔獣やログウェルに狙われた経験が幸いしていた。



「……あの森で暮らしてたせいか。何かが殺しに来ると聞かされても、不思議と冷静でいられる」


「稽古の成果じゃのぉ」


「虐待の間違いだろ?」


「ゴルディオス様もクラウス様も、儂の稽古に三年は耐えたんじゃ。まだ半年では虐待などと呼ぶには浅いのぉ」


「……あれよりキツイ事をする気だったのかよ?」


「次は、数十メートルの高さの崖に突き落として無傷で着地し、その崖を数分以内に登れるまで続く訓練でもしようかと思っておったわ」


「絶対に死ぬやつじゃねぇか!」


「やって見ねば分かるまい?」


「……もうやだ、このクソ爺。城に戻りたい……」


「帰れる城は、時期に反乱軍に制圧されるぞい?」


「分かってるよ、そんなのは……!!」



改めて横に座るログウェルが常識から外れた人物だと理解し、

死ぬ恐怖よりも稽古に対する恐怖で怯えるユグナリスだったが、

二人は話を切り上げて空き家の外を同時に見た。



「……来たな」


「ほぉ、分かるかい?」


「なんとなくだけど」


「その感覚、大事にせいよ。……儂が先に出る。お前さんは警戒しながら付いて来い。常に周囲への感覚は、鋭く研ぎ澄ませ」


「分かった」



表情を切り替え空き家から飛び出たログウェルが、

空き家の周囲に居た刺客に素早く長剣を抜いて切り裂き、

その後をユグナリスが追った。


追われた一週間で、ユグナリスは人間の死体に慣れた。

自身の手で人を殺してはいないが、

それでも何度も見る遺体と血の匂いに慣れ、

始めのように怯える様子や吐く姿などは見えない。


二人は人気の無い夜の路地裏を走り抜けるが、

先回りしていた刺客が前方で弩弓を構える姿を見て、

すぐに路地を横へ移動して退避していく。


しかしその先は空き地であり、

四方が壁板で囲まれた場所だった。



「!」


「!?」



そこで待ち構えていたのは、

十数人以上の弩弓を持つ刺客達と、

背後の通路にも構える刺客達。


完全に閉じ込められた状態で剣を握り構える二人に対して、

刺客達が弩弓の引き金を躊躇無く引こうとした。


その瞬間、ログウェルが頭上に視線を向けると、

頭上から刺客達に複数の人物が襲い掛かる。


それぞれが刺客達を抑えて首の後ろに短剣を刺し込み、

襲われずに動揺する刺客達は襲って来た相手を狙ったが、

それを阻むようにログウェルが素早く切り込み倒した。


背後の通路に居た刺客達も襲われた気配を確認すると、

ログウェルが血の付いた剣を軽く振り、

目の前に現れた相手に対して聞いた。



「お前さん達は?」


「……俺達は傭兵ギルドの依頼で頼まれた、傭兵だ」


「傭兵とな?」


「傭兵ギルドマスター直々の依頼だ。帝国のローゼン公爵を経由して、アンタ達を助けるように依頼が来た」


「!」


「叔父上の……!?」



目の前に現れた傭兵達がローゼン公爵の依頼を受けた者達と聞き、

ログウェルとユグナリスはそれぞれに驚きを見せる。

そして背後の通路から歩み寄る傭兵が、二人に顔を見せた。



「――……これは、俺達にも因縁が深い依頼でね」


「?」


「どういう偶然なのか。それとも因果なのか。……まさかこういう形でアンタ達と再び会う事になるとは、思わなかったぜ」


「……何処かで会ったか?」


「ああ。お前さん達がエリクとアリア嬢と戦ってた時に、傍に居たぜ。あの時は他の奴等は留守にしてて、人数も少なかったけどな」


「!」



ユグナリスの疑問に傭兵が答えると、

続々と傭兵の仲間が集まり、

五十名近い数の者達が姿を見せた。


近付く気配に気付けなかったユグナリスは驚き、

ログウェルは剣を収めて目の前の傭兵に目を向けた。



「なるほど。これが噂されておった、ベルグリンド王国最強の傭兵団かの?」


「王国の傭兵団!?」


「元だよ、元。もう王国なんかの傭兵じゃねぇさ」



ログウェルの言葉にユグナリスが驚き、

それを訂正した傭兵が、改めて自己紹介をした。



「『黒獣ビスティア』傭兵団団長代理。三等級傭兵のワーグナーという。等級は気にするな。わざと低い等級で受かったからな。そしてここに居るのは、うちの団員だ」


「黒獣傭兵団……。エリクという男が率いていたという、王国の……!?」


「ああ。だから、そっちの爺さんみたいな化物をサポートするのは慣れてる」


「ほほぉ」


「受けた依頼は、アンタ達をローゼン公爵領まで送り届けること。そして、これから起こる帝国貴族達の反乱に協力する王国勢力を壊滅させる事に助力すること。その依頼で傭兵ギルドに提示した報酬額は、白金貨で十万枚だ」


「白金貨で十万……!?」


「エリクの事でアンタ達には思うところもある。だがそれ以上に、王国にはデカイ借りもあるんでな。……この依頼、傭兵ギルド所属の黒獣傭兵団が引き受けた」



エリクの仲間だった黒獣傭兵団が、

ユグナリスを伴うログウェルと協力関係を結ぶ。

そして傭兵ギルドの援助で黒獣傭兵団と共に東港町を出た一同は、

ローゼン公爵領地へ向けて足を進めた。


しかし反旗した帝国貴族達の軍と反乱領を避けながら、

ユグナリスを連れ去ろうとする者達を撒く為に、

領地への到着は三ヵ月後となった。




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