勇士の歴史 (閑話その十三)


森の守護者センチネルのパールと再会を果たしたローゼン公爵は、

部族達が住まう森の中で十数日以上の生活を送っていた。



「……大分、身体も動けるようになってきたな」


「……」


「それで、俺の武器をそろそろ返して欲しいわけだが?」


「断る」


「……ふむ」



ローゼン公爵は外に出て身体を動かしながら傷の具合を確認し、

それを見ているパールに武器の返却を求めるも拒否される。

それを憮然とした表情と短い嘆息で返すと、

周囲の見ながら部族達の生活風景を観察していた。


それにパールは訝しげな表情を浮かべた。



「何を見ている?」


「お前達の部族は、本当に未開人らしい生活をしているのだな」


「それがどうした?」


「何故、外の者達と交流しない? 新しい文明を取り入れ、豊かな生活をしたいと思わないのか?」


「森は強者を育て生きる場所だ。その森を荒らす事をしようとする者達は敵だ。だから外の者を森に入るのを禁じた。だが、時々来る商人達に部族で扱いきれない物を渡して塩や布と交換はしている」


「ほぉ、交易はしているのか」


「こうえき?」


「物と物を取引する事だ。それより、貴様達で扱いきれぬ物とはなんだ?」


「……獲物の身体から時々出る色が付いた石や、山を掘ると時々出る綺麗だが弱い石だ」


「魔石と、装飾品に使う鉱物か。どちらにしても、こんな未開の地では無用の長物だろうな。交易品には丁度良い」


「……アリスと同じ事を言うんだな」


「ほぉ、我が娘も同じ事を言ったか?」


「……お前がアリスの父親だというのは、本当らしい」


「なんだ、信じていなかったのか?」


「……」



パールは改めて目の前の人物をアリアの父親だと認識し、

棒槍を掴む手の力を強めながら、改めて問いを出した。



「アリスの父親。どうしてまた、アタシ達の森に来た?」


「知らん」


「またそれか」


「本当に分からん。確か俺は、反乱貴族共に強襲し殿軍を引いて領地に戻る途中だったはずだが……。何故、俺はここに居る?」


「アタシが知るか。お前が森の湖に倒れている所を森の部族が見つけ、神の使徒であるアリスの父親だから生かしているだけだ」


「そうか。まぁ、それは別にいい」


「?」


「後の事は息子に託した。俺が戻らずとも、セルジアスなら上手くやってくれるだろう」


「……アリスの兄弟の事か?」


「ほぉ。娘はそこまで話したか?」


「頭の良い兄が居るとは聞いた。知恵比べでは勝った事が無いと」


「そうだな。ルールに嵌った盤上遊戯であれば、セルジアスは誰よりも優秀だ。俺やアルトリアでも勝てた事はない。だが、型に嵌めずに既存の常識を破り、自分が望む勝利を掴み取るのが俺やアルトリアだ。アルトリアが男に生まれていれば、俺の跡を継がせたのはそっちだったかもしれん」


「……」



アリアの父親であるローゼン公爵の言葉に、

パールは不思議と納得感を持ってしまった。


樹海でのアリアの行動力は、

掟に縛られる森の部族から見れば常軌を逸していた。

神の業とされる魔法を使うだけではなく、

掟を逆手に取った様々な行動で森の部族達を翻弄して止まなかった。

そんなアリアに森の部族達は魅力を感じた。

その魅力に惹き付けられた最初の一人がパールだった。


そしてアリアの父親クラウスが、娘同様に型破りな行動を申し出た。



「ふむ。君は、名前はなんだ?」


「どうして名前を知りたがる?」


「娘に出来た友人の名を知っておきたい。父親としてな」


「……パールだ」


「そうか。パール、君に頼みたい事がある」


「なんだ?」


「森の部族には族長が居るのだろう? その者と会わせてくれ」


「……正気か!? お前はこの前、森に踏み入り大族長の集落を荒らした張本人だぞ!? 例えアリスの父親だとしても、森を侵された事を許さない森の勇士達の前に出て行けば、嬲り殺されるに決まっている!!」


「ふむ、それは当然かもしれないな。だが、その程度の部族であれば、私も未練は無い」


「……どういうことだ?」


「森の部族とやら、負けたままで悔しさはないのか?」


「……なんだと?」


「貴様達は私達に一度は敗れた。数で負け、策で負け、質で負け、技量で負け、そして逃げ出す以外に道が無かった」


「!!」


「君達がどうして負けたのか。そしてどうすれば勝てたのか。それを知らずに恨みのまま私を殺す事を選べば、君達は森の中に篭り続ける弱い部族の集まりだと云われ続けるだろう」


「……アタシ達を侮辱する気か!?」


「侮辱されたくなければ、逃げるな」


「!?」


「自分の弱さから逃げ続け、勝つ為の向上を目指さないのは、ただの恥知らずがやることだ。勝つ為に必要な情報と知識を取り入れ、それを培い育て、それを実行すれば自ずと勝利は掴める」


「……」


「貴様達。我々に負けてから何をしていた?」


「!」


「ただ武器を振り、身体を鍛えただけで強くなったと満足し、次の戦う事があれば勝てるだろうなどと、甘ったるい事を考えていたんじゃないだろうな?」


「!?」


「断言してやる。そんな貴様等など、我が軍と同質の戦力が再び訪れれば軽く押し潰され、再び敗北の屈辱を味わうだろう。そして今度、全員が殺される」


「……ッ」


「森の部族よ。強くなりたければ目を背けるな。敗北を認めた先に、お前達の真の強さがある。お前達はそれを乗り越えなければならないのだ」



力強く話すクラウスを見てパールは動揺しながらも、

その姿をある人物と重ねて見ていた。


パールが思い出すのは、憧れと尊敬以上の感情を抱くアリア。

自分を救ってくれたアリアとクラウスの姿が重なり、

目の前の人物が本当に親子なのだとパールは納得する。


そんなパールの感傷を知らずに、クラウスは話を続けた。



「この話を私がしていたと、大族長とやらに聞かせろ。その上で私を殺すなり森から追い出すなり、好きに選べばいい」


「……お前は、私達が強くなれる知恵を、持っているのか?」


「ああ。それを教えれば、間違いなく貴様達は今以上に強くなれる。同じ事が起きても、今度は圧倒する事が出来るだろう」


「……」


「どうする?」


「……分かった。私が大族長に伝えに行く」


「そうか」


「だが、あくまで話し合う場を作るだけだ。その言葉は、お前が族長達に伝えろ」


「ああ、分かった」



そう話した後、パールは集落から離れた。


そして数日後。

各族長達が集まった場にクラウスは呼び出され、

同じ事を族長達に向けて言い放った。

それを帝国語が喋れる者達が通訳をする。


その物言いに各族長と勇士の全員が怒りを隠さず、

エリクと決闘した族長ブルズが思わず立ち上がり、

クラウスに対して殴り掛かろうとした。


それを止めたのは、大族長の傍に仕えている壮年の男性だった。



「『やめろ、ブルズ』」


「『止めるな!』」


「『大族長の命令だ』」


「『……ッ』」



ブルズは憤怒の表情のまま引き下がり、

大族長が呟きながら壮年の男性に伝え、

その物言いに対する返事をした。


その返事に、各族長達が驚愕を見せた。



「『神の使徒アリスの父の申し出を、受けることにする』」


「『大族長!?』」


「『コイツは森を侵した者達の長ですぞ!?』」


「『森を侵した事を許すというのか!?』」


「『大族長、歳で耄碌したか!?』」



大族長に対する不信感が一気に高まった時、

壮年の男性を通さずに大族長が自ら声を出した。



「『静まれ。小童共』」


「『!?』」


「『使徒の父が言う事は事実。次に同じ事が起きれば、森の勇士は勝てぬ』」


「『そんなことは――……』」


「『二百年前。外から来た者達が森を侵した。その時、森の民は勝利し、外の者に森に踏み入らぬ事を盟約で結んだ。……だが、それが真実ではない』」


「『!』」


「『二百年前の戦い。森の部族は戦えなくなった』」


「『!?』」


「『森の部族はほとんどの勇士を失い、戦えなくなった。そして外の者からの申し出を受けた我が祖父が、森の大部分を外の者達に渡した。そして残った森に、我々が暮らした』」


「『な……!?』」


「『昔はパールやブルズのように強い勇士は多かった。だが戦いに敗れて強い勇士を失った我々は弱まり、残された森に押し込められ、今の勇士は声が大きいだけの惰弱な者ばかり』」


「『……ッ』」


「『我々は知らねばならぬ。生き残る為に。強い勇士を生み残す為に』」



その大族長の言葉で全員が沈黙し、

改めて壮年の男性は申し出を受ける事を伝えた。


こうして元ローゼン公爵だったクラウスは、

森の中で勇士達を強くする為に残る事となった。

森の外で何が起こっているかを知らないまま。




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