赤鬼斬撃


三度の対峙を果たしたエリクとエアハルト。


互いに殺気を漲らせ、

生かして帰さないという意思を持つ二人に言葉は不要だった。


先に動いたのはエリク。

駆け出しながら大剣を振り凄まじい剣戟を浴びせる。

それを回避したエアハルトは返すように鉤爪を薙ぎ、

エリクに攻撃を加えた。


大剣と鉤爪。

リーチと振り速度に違いはあれど、

どちらも凄まじい攻撃が続き、

周囲の木々を巻き込むように切断した。



「ッ!!」


「ッ」



王宮で戦った時のエリクは、

人間形態のエアハルトの速度を目では追えても、

身体的には追随するのに困難に見えた。

しかし、今のエリクは人狼化し身体能力を上げたエアハルトに、

互角の戦闘を見せながら戦っている。


それがエアハルトに驚きを過ぎらせ、

ゴズヴァールが脅威と考えた理由を納得した。


互いの剣と爪が肌と毛に掠れ、

徐々に傷として現れるようになる。


そして互いの刃が鍔競り合うように、

エアハルトの鉤爪とエリクの大剣が凄まじい勢いで激突し、

朝霧を払うように衝撃をその場に起こした。


互いに刃と刃を合わせながら睨み合う中で、

その刃が先に欠けたのはエアハルトの鉤爪だった。



「!?」


「オオォォオオッ!!」



鉤爪にヒビが入った瞬間に僅かな動揺が生じたエアハルトの隙を狙い、

エリクの雄叫びを上げて膂力を増し、

踏み込む足と大剣に力を込めて押し込む。


エアハルトはそれに耐え切れなかったのか、

受け流す為に大剣の力を回避し避けて飛び退いた。

しかしそれを利用したエリクは、

大剣を地面に叩き付け、その場に土煙を起こす。



「チッ」



朝霧と共に土埃が舞い覆う状態をエアハルトは嫌った。

土が舞えば匂いが分散し途絶える。

土埃は匂いを嗅ぐ事を妨げになり、

エアハルトにとって気配を辿れない事を意味していた。


それを嫌ったエアハルトは即座に土埃から抜け出す。


しかし、その習性を知っていたかのように、

エリクは土埃から出たエアハルトに上段の構えで大剣を浴びせた。



「!?」



それに気付いたエアハルトは、

上半身を仰け反らせ大剣を回避し、

脚に力を込めて跳んでエリクから離れた。


苦々しい表情を浮かべるエアハルトを他所に、

エリクは鋭い視線でエアハルトを凝視しながら呟いた。



「……魔物の狼は、この手で始末できるんだがな」


「!!」


「二本足で立つ狼は、勝手が違う」


「……貴様、俺を魔物の狼と同じだと言いたいのか……!?」


「?」


「この俺は誇りある狼獣族だ!! そこ等に居るような狼風情と同等だと思うなッ!!」


「……狼獣族とやらにある埃が気になるなら、掃除をして洗え。汚いぞ」



エリクは最近まで『ほこり』という言葉と意味を知らなかった。

知ったのはマシラ共和国に来てから。

しかも言葉の意味は掃除をする時に教えられた『埃』の意味合いだった。


狼獣族に埃があると意味を理解したエリクは忠告し、

当人のエアハルトはケイルに侮辱を受けた以上の苛立ちを受けた。



「……貴様もか。貴様も!!」



エリクに天然物の煽りを受けたエアハルトが更なる憤怒を見せると、

両腕の鉤爪をその場で薙ぎ、

エリクに向けて魔力斬撃ブレードを浴びせた。


五本の爪から魔力の斬撃がエリクに向かい、

エリクは土埃の僅かな動きを見て斬撃を回避する。

しかし以前のように回避するだけではなく、

逆に突っ込んでエアハルトとの間合いを詰めた。



「グルゥッ!!」



エアハルトは憤怒を剥き出しに歯を見せ、

今度は右脚を回し蹴りの要領で蹴り上げた。

その脚から凄まじい威力の魔力斬撃が生み出され、

接近したエリクを切断する為に襲う。



「ッ」



回避できないと判断したエリクは、

大剣を盾にして吹き飛びながら互いの距離が再び開いた。

この時、エアハルトが有利な状況に思えたが、

エアハルト自身は憎悪に入り混じった驚きに支配されていた。



「……足で放った斬撃を、あんな鉄剣で防いだだと……!?」



驚きを呟き漏らすエアハルトは、エリク自身よりも大剣に注目する。


魔力斬撃を完全に防げるのは、

魔力で編まれた防御用の魔力障壁バリアか、

同威力の魔力で編まれた魔法や魔術のみ。

魔力的防御や迎撃が出来なければ、

軟な物質では意図も容易く真っ二つとなる。


どれだけ硬い鉄剣であっても、

今までエアハルトの魔力斬撃で傷さえ付かなかった事は一度も無い。

にも関わらず、あの大剣は折れずに傷さえも付いていない。


それがエアハルトには驚きであり、

同時にエリク以上の脅威を感じていた。



「……ならば、使い手を先に潰せばいい」



大剣を脅威に感じながらも、

持ち手のエリクをが未熟だと判断するエアハルトは、

腕と脚を振り魔力斬撃を再び開始した。


それをエリクは回避する中で、

一方に大きく回避しない事にエアハルトは気付いた。

その方向にあるモノに気付いたエアハルトは、

憎しみの笑みを浮かべた。



「……そうか。ならば……」



エアハルトは腕を振り、

エリクが回避しない場所へ魔力斬撃を放つ。

それに気付いたエリクは素早く移動して大剣を盾にすることで防いだ。


エリクは鋭い憤怒の顔を浮かべ、

エアハルトは憎しみの笑みを浮かべた。



「やはり、ケイティルを庇っていたか」


「……」


「そのまま庇い続けろ。死ぬまでな」



ケイルが倒れている場所へ斬撃を飛ばさない為に、

回避する場所を選んでいたエリクの意図を察し、

エアハルトは容赦無く魔力斬撃を飛ばした。

それをエリクは防ぎながらも威力を殺しきれずに押されていく。


対抗できないエリクに勝利を確信し、

エアハルトは憎悪が宿った声で叫んだ。



「魔の力すら御しきれず、人間風情と馴れ合う貴様程度が、俺に勝てると思うなッ!!」


「……ッ」


「死ね、半端者がッ!!」



憎悪を叫ぶエアハルトの罵声と魔力斬撃を受けながら、

エリクは大剣で全てを防いでいた。


エアハルトは気付いていなかった。

そしてエアハルトが気付いた時には、既に遅かった。



「……まさか……!?」


「……」


「俺の魔力斬撃ブレードを、逸らしている……!?」


「それは、もう覚えた」


「!?」



両腕と片足の魔力斬撃を放つと、

エリクはそれを大剣で全て迎撃し、

受け流しながら別方向へ斬撃を逸らした。


魔力斬撃が受け流されていると確信し、

エアハルトは攻撃を止めて大きく後退する。


その瞬間を見逃さなかったエリクは、

その場で大剣を構え大きく息を吸い、

エアハルトに狙いを定める。


エリクの額に一本の黒角が魔力で生み出されると、

褐色の腕が赤に染まりながら身体全体の筋肉量が増し、

大剣を大きく振り被りながら呟いた。



「死ね、埃」


「……!?」



エリクが踏み込み、エアハルトに向けて大剣を振った。

その大剣から凄まじい量の赤い魔力が放たれ、

一閃するようにエアハルトへ向かう。

空を割り地面を抉りながら木々を薙ぎ倒し、

赤い魔力がエアハルトの身体を容赦なく切断した。


そしてその瞬間。


テクラノスと戦いで見せたアリアの魔法の余波を受け、

その場に凄まじい暴風と衝撃が支配すると、

朝霧を吹き飛ばしながら真っ白な光景へエリク達を誘った。


エリクとエアハルトの三度の戦いはこうして幕を下ろし、

エリクの勝利によって閉幕した。

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