咎人へ送るモノ


ケイルを襲った一瞬の出来事。


馬が倒れてケイルが地面へ投げ出され、

そして人狼エアハルトが強襲し、

ケイルを連れ去るまでの僅かな時間。


エリクすら対応が遅れた中で、

嫌な予感が的中したアリアは事態を察し、

すぐにエリクを呼んで命じた。



「エリク、ケイルを!」


「だが……」


「分かってる。ここは私は任せて、貴方はケイルを助けて!」


「……分かった」



アリアの命令にエリクは表情を強張らせつつも従い、

連れ去られたケイルが消えた霧の向こうへ駆け出した。


アリアは残されたジョニーと傭兵団に顔を向け、

怒鳴るように命じた。



「アンタ達、死にたくなかったら武器を取りなさい!」


「な……っ!?」


「まだ状況が理解できないの!?」


「ど、どういう事だよ!?」



アリアに命じられて動揺するジョニー達だったが、

異様な事態に思考した理解より経験が身体を動かし、

地面に落とした武器を拾いに走り、

そして全員がアリアと背中合わせに周囲を警戒した。


そして構えたジョニー達に、アリアは状況を伝えた。



「私達の馬だけじゃなく、アンタ達の馬も殺されたってことは。アンタ達も生かして帰さないっていう、相手の意思表示よ」


「俺達を……!?」


「アンタ達は餌にされたのよ。待ち伏せしてるアンタ達を無力化する為に仕掛けるだろう私達を、誘き出す為の餌にね」


「!?」


「囲まれたわ」



そうアリアが教えた瞬間、

霧の中から人影が幾つも姿を現した。


アリアとジョニー達を囲むように現れる中で、

その人影が霧から出てくる者達が着た服装で、

ジョニー達は囲んだ相手の正体を知った。



「コイツ等、闘士か……!?」


「正確には、元闘士よ」


「元だと……?」


「闘士は解散したらしいわよ。私達が首都から出る数日前にね」


「そんな情報、俺等は聞いてねぇぞ」


「闘士長ゴズヴァール本人が言ってたのよ」


「じゃあ、なんでコイツ等、お前と俺等を殺そうと……」


「知らないわよ。向こうに聞けば?」



霧から姿を現した元闘士達に目を向け、

アリアと背中を預けるジョニー達は武器を構えた。

そして鎖を両腕に巻く闘士の一人が、

憎々しい表情から悪意の笑みへ変化した。


その鎖使いの闘士に向けて、ジョニーは叫び聞いた。



「お前等、俺等が一等級傭兵の【赤い稲妻サンダーレッド】だと知りながら、こんな事やってんのか!?」


「……だからだろぉ?」


「なに……!?」


「一等級傭兵のお前等がこの女と一緒に死ねば、相打ちしたとお前等のギルド長は判断するだろぉ?」


「……」


「そうすりゃあ、傭兵ギルドは一等級傭兵を一気に失う。そうだよなぁ?」



鎖使いの闘士が周囲の闘士達にそう聞くと、

周囲の闘士達も悪意ある笑みを浮かべて囁き笑う。


それを聞いたアリアは、

呆れにも近い声で元闘士達の思惑を察した。



「……なるほどね。一等級傭兵が一気にいなくなれば、傭兵ギルドは主戦力を失う。その補充戦力を、何処かで賄わないといけない。そうなった時、コイツ等は傭兵ギルドに自分を売り込んで、高い階級傭兵として再就職しようって腹なのね」


「なんだと……!?」


「そして大方、ここの連中が闘士の評判を落としてた奴等なんでしょ。ゴズヴァールにも政府連中にも切り捨てられた元闘士。傭兵ギルドに入ろうとしたけど、今までの闘士の立場を利用した悪行が祟って、ギルドの試験すら受けられなかったってとこかしら」


「!?」


「まったく、無能な奴ほど考えそうな手口だわ。有能な相手を蹴落とせば自分が評価されて上に行けると思ってる低能なのよ。ここで雁首揃えて笑ってる奴等はね」



闘士達の思惑を聞かせながら、

煽るように馬鹿にするアリアの言葉に、

悪意の笑みを浮かべていた闘士達から、

余裕ある笑みが一気に消失した。


代わりに出てきたのは、憤怒と憎悪の表情。


その感情を剥き出しにして囲む闘士達が、

怒鳴るようにアリアに言い放った。



「お前等がこの国で滅茶苦茶にしなけりゃ、俺等がこんな事せずに済んだんだよッ!!」


「テメェとテメェの連れてる大男が来てから、全部が滅茶苦茶だッ!!」


「ゴズヴァールの奴の下に居れば、それだけで脅して金を得られたってのにッ!!」


「テメェの連れが俺達をぶっ倒してくれたおかげでなぁ、俺達は役立たずだのなんだのレッテル貼りされてんだよ!!」


「テメェは首を絞めながら犯して、あの大男と一緒に惨めたらしく殺してるやるよ……!!」



憎悪と憤怒の醜い感情を吐き捨てる闘士達に、

アリアは呆れ顔で溜息を漏らしながら、

ジョニー達に向けて交渉をした。



「ジョニーさん。共闘しない?」


「え?」


「コイツ等が邪魔したせいで私達を逃がしちゃったという体裁にすれば、私達を見逃しても御咎めは無いでしょ?」


「た、確かに言い訳にはなるがよ……。人数差が凄いぞ? 見える限りで、三十人以上は居ないか?」


「向こうは個々の戦闘力は高いけど、身勝手で個性がありすぎる武器ばっかりで、連携なんて高尚な事はできないわよ。その点、貴方達なら上手く出来るでしょ?」


「……全員が万全の態勢なら、だな」


「眠ってる弓兵達と、斥候と戦士は私が回復させて起こすわ。向こうで倒した魔法師達は貴方達が回収して。このままじゃ、あの人達も危ないでしょうからね。起きた人達の説得は任せるわよ」


「……分かった。一時共闘、受け入れたぜ」



アリアとジョニーは互いに頷き、

残った傭兵達も共闘に同意した。


そして罵倒を続ける元闘士達に向けて、

アリアは怒鳴るように叫んだ。



「うっさいわよ、無能共!」


「!?」


「雁首揃えれば何か出来ると思ってるようだけど。自分より強い奴が後ろに控えてなきゃ何にも出来ない無能が、粋がってんじゃないわよ!」


「……ッ!!」


「あら、何も言い返してこないわね。人様から借りた権力と威光が無ければ、怖くて何も出来ない低能無能な弱虫集団だって自覚は、ちゃんとあるのね?」


「……このアマァッ!!」



その煽りを受けた瞬間、

闘士達が一斉にアリア達に襲い掛かった。

それを聞いていたジョニーが悪態を吐いた。



「おい、守り難くなるだろ。煽るなよ!」


「言わないと気が済まなかったの。……それに、誰が貴方達に守って欲しいって言った?」


「は!?」


「私は共闘しようって言っただけ。アンタ達は自分の身を守って、言い訳の為にアイツ等の一人や二人は捕まえてみせなさい」



そう話すアリアがジョニー達の円陣から外れ、

前方から向かって来る複数の闘士達に目を向けた。


その瞬間、アリアの表情は冷たさを宿す。


突き入れ切り裂こうと武器を向ける元闘士達に、

アリアは短杖を向けると、短く呟き魔法を放った。



「『――……凍て吐く冷獄ブリザード』」


「!!」


「な……ッ!?」



短縮した詠唱で魔法が発動されると、

アリアの前方は一瞬で氷の世界へ変化した。

そして襲い掛かろうとした五名程の元闘士が、

一瞬で血肉を冷凍化されてしまう。


その数秒後には凍結した体に亀裂が走り、

元闘士達の体は崩壊した。


射程から外れていた元闘士達は、

凍結し崩れた仲間の姿を見たが、

何が起こったのか事態を把握できず硬直した。


その闘士達を見ながら、アリアは冷たく言い放った。



「アンタ達みたいな相手に、手加減なんかしないわよ」


「!?」


「始めは事情を完全に把握してなかったから、騒動では殺さない程度に手加減もしたけど。……アンタ達には、そんな必要は無いわね」


「……!?」


「私はね、この国に来てから鬱憤が溜まりっぱなしなのよ。こんな最低な国、本当は滅ぼしてやりたいとこだけど、勘弁して出て行ってあげてるのに。それなのに、また馬を殺して、大事な仲間まで襲って……」


「……ッ!?」


「いい加減、キレてるってのを理解しろ。下種共」



冷たい表情が更に濃くなるアリアは、

影を落とた表情と深く青い瞳に殺気を含ませた。

その殺気に元闘士達は初めて気付く。



「――……『雹の弾丸ヘイルブレット』」



アリアが短く唱えて短杖を横に振った瞬間、

周囲に大きめの氷が数百以上も生み出され、

無造作に短杖を元闘士に向けたアリアが短く告げた。



「死んで詫びろ」



その冷酷で無慈悲な一言と共に、

氷の礫が前方の元闘士達全てを襲った。

弾丸となった氷が景色を貫き、

元闘士達と共に地面や木々に穴を開けた。


木の陰に隠れた闘士すら氷の弾丸は貫通し、

頭部を貫かれた闘士達はその場で倒れる。


氷の弾丸が降り注ぎ終えると、

辛うじて息を残していた闘士達や、

傷つきながらも弾丸を幾らか防いだ闘士達は、

アリアが再び展開した百を超える氷の礫を見て、

蒼白した表情を見せた。



「言ったわよ。死んで詫びろと」



無慈悲なアリアの一言と共に、

百を超えた次の氷が元闘士達を襲った。

生き残る闘士達は更なる氷の飛礫に襲われ、

防ぎ逃げたとしても次の氷が飛んで襲い来る。


瞬く間に氷が精製されながら弾丸となって襲撃し、

回避しながら迎撃し耐えていた元闘士達に息吐く間も無く、

最後には頭や胴体を貫かれ、血や内臓を噴出して倒れた。


その場には阿鼻叫喚が響き渡り、

憤怒と憎悪から変化した恐怖の声が叫ばれ続けた。

中には慈悲を乞う声さえあったが、

アリアはそれを無視し続けながら氷の弾丸を注ぎ続ける。


最後まで生き残っていたのは、鎖使いの元闘士。


しかし片腕は氷の飛礫が直撃して吹き飛び、

胴体に穴を空けた姿で辛うじて息を残し、

吐血しながら地面を這っていた。


その鎖使いの元闘士にアリアは冷酷な表情を向ける。

そして虫の息だった鎖使いが、最後の言葉を吐いた。



「ゲホッ、ゴフッ、ガハッ……。……バケ、モノ……」


「今更気付いたの?」



影の落ちた表情で冷酷な瞳を向けたアリアは、

呆気を呟いた後に氷の礫を浴びせ、

鎖使いの闘士は全身を貫かれて死んだ。


半数以上の元闘士達を全滅させた後、

アリアは溜息を吐き出し、

僅かに手を震わせながら拳を強く握る。


十数名以上の闘士達が数十秒程の時間で瞬く間に死んだ光景は、

周囲に異様な空気と恐怖を生み出すに十分だった。

周囲に残る元闘士達はアリアに対して恐怖を向けている。

魔法の心得を持つ傭兵団の一人が先ほどの光景を見て、

口を震わせながら怯えた声を出した。



「……あ、あんな数の……。それも、あんな威力の氷を、数百以上作り出して……しかも正確に命中させるなんて……。に、人間じゃない……」


「あんなのを……あんなのを攫えだなんて、ギルマスは依頼したのか……!?」


「ゴズヴァールと互角にやり合ったってのは、本当だったんだな……」



仲間達が漏らす言葉に、

ジョニーは心の中で同意しながら、

今の状況が幸運である事を察した。


もしエリクにではなく、今のアリアに襲われていたら。


一等級傭兵団である【赤い稲妻サンダーレッド】でも、

先ほどの元闘士達のように殺されるしかなかった。


アリアの共闘に同意した事を今更ながら安堵すると、

残った元闘士達が怯えている姿に気付き、

ジョニーは硬直する仲間達を怒鳴りつけた。



「お前等、俺達も戦うぞ!!」


「!?」


「あの化物魔法師を攫うか、目の前の元闘士やつらと戦うか、どっちが楽か決まってるだろ!?」


「あ、ああ……」


「そ、そうだな」


「行くぞ。一人か二人は残して、他は全部やっちまえッ!!」


「お、おぉ!!」



ジョニーの叫びで傭兵団は正気を取り戻し、

目の前の元闘士達に挑み、襲い掛かった。


そしてアリアの方に警戒を向けざるをえない元闘士達は、

襲い掛かるジョニー達より、その背後のアリアに怯え、

戦いに集中できずに不覚を取り、

身体に傷を浴び武器を落とした。


その隙を突いてジョニーが小盾で元闘士の顔面を強打し、

更に手持ちの剣の柄を元闘士の顔に打ち付け、

生きたまま意識を絶たせ、

仲間の戦士が用意していた網縄で捕らえる事に成功した。


勇猛果敢に戦うジョニー達を見つつ、

アリアは小脇に倒れたジョニーの仲間達を回復させ、

満足そうに微笑んだ。



「……やれば出来るじゃない、赤い稲妻さん達。流石は看板傭兵ね」



万全の面々では無いにも関わらず、

怯む元闘士達を相手にしながらも、

一等級傭兵として恥じない働きを見せるジョニー達に、

アリアは彼等に抱く評価を改めた。


そして弓兵達を寝かせた場所を見たアリアは、

短杖をそちらに向けて、弓兵達に施した魔法を解除する。


約束通り、ジョニーの傭兵団の回復が終わり、

数が減りながら殲滅される元闘士達を見ると、

この場はジョニー達に任せて自分もケイルを追うべきかと考えた時。



「――……!?」



しかし霧の中から現れた何者かが、

考えるアリアに向けて回転の加わる石槍を放つ。


それに気付いたアリアは短杖を構え、

咄嗟に物理障壁と魔法障壁を同時に展開させると、

石槍は障壁へ衝突し、砕け散ってその場に四散した。


石槍が放たれた方向を見るアリアは、

霧の中から現れた新たな人物に気付き、

その人物を見て目を細めながら呟いた。



「テクラノス……」


「……やはり、貴様は殺さねばならぬらしい。小娘」



アリアの前に現れたのは、

元闘士の第五席テクラノス。


魔法師として卓越した二名の実力者が、

この時に再び、合間見える形となった。




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