魂の門
魂が死者の世界に赴いたまま、
戻らないマシラ王を連れ戻す為、
アリアは幼いアレクサンデル王子と、
傍に控えたゴズヴァールに協力を頼んだ。
そして用意した空白の羊皮紙をアリアの前に置き、
ゴズヴァールは訝しげな表情を隠さず聞いた。
「……それでいいのか?」
「ええ。私の杖に嵌め込まれた魔石に、羊皮紙さえあれば十分よ」
「何をする気なんだ」
「言ってたでしょ。マシラ王を連れ戻すわ」
「連れ戻すというのが、理解できん。どうやるんだ」
「王子の魂を介して、私と王子が一緒に死者の世界に魂だけで行くの。そして王様の魂を連れ戻すのよ」
「!?」
それを聞いたゴズヴァールは驚き以上に怒りが沸き、
再びアリアの胸倉の服を掴み掛かった。
「貴様、アレクサンデル王子を危険に晒すつもりか!?」
「そうしないと、マシラ王は帰還できないわ」
「なんだと……!?」
「この死者の世界を訪ねるという危険極まりない秘術は、私だけだとマシラ王の魂に辿り着けない」
「……」
「魂の先にある世界。いわゆる死者の世界を開くには、自身の魂の門を潜るしかない。でも、一度潜ってしまえば、何かしらのきっかけが無い限り、自分が帰るべき魂の門を見つけるのは不可能に近い。なら、戻ってくる為にマシラ王は……いいえ。マシラ血族は何を目印に魂を現世に戻してたと思う?」
「……それが、子供か」
「そう。マシラ血族は自分の子供に。つまりマシラ王は、自分の子供である王子の魂を道標にして、そこを帰り道だと分かるようにしていたの。恐らくそれが、この秘術の欠点であり、リスクを補う軸にもなっていた」
アリアはマシラ血族が継いできた秘術を分析し、
理論的に秘術魔法の内容を解析した。
そしてそこから導き出す結論を、
傍に佇むゴズヴァールとアレクサンデル王子に伝えた。
「では、なんでマシラ王が向こうに行ったままなのか。それは、帰り道となる王子が傍に居なかったから」
「!」
「そう。マシラ王が昏睡した時期と、その直前に王子様が誘拐された事を考えると、恐らく秘術を用いる際、術者である親子が物理的に近くにいないと、帰り道が分からなくなるのよ。今までのマシラ血族達が秘術を用いる際に、必ず術者の息子か娘、あるいは血縁者が近くにいなかった?」
「……いた。確かに、先々代も先代も、そして今のマシラ王も、近くに必ず子供が傍にいた」
「恐らく、一定の距離に帰り道となる子供の魂が介在しないまま秘術を行使してしまうと、帰還できずに魂が向こうの世界から帰れる門を見失い、向こうを際限なく漂う状態になるのよ。だからマシラ王の魂は戻ってきてない。これが今回の昏睡の理由よ」
「……そういうことか」
「そろそろ、手を離してくれない?」
胸倉を掴むゴズヴァールは手を離し、
アリアは改めてマシラ王を助け出す手段を説明した。
「改めて言うけど、私は王子の魂を介し、その帰り道からマシラ王の魂を連れ戻す。死者の世界に潜ってね」
「……死者の世界へ赴くなど、マシラ血族の秘術を用いねば出来まい」
「それ自体は簡単よ」
「!?」
「要は自分の魂に触れて、魂の向こうの世界に意識を入り込ませればいい。そもそも、これは秘術なんて呼べるモノじゃないわ」
「……死者との交信が、秘術ではないだと?」
「どんな生き物にだって魂は存在する。自身の魂の扱い方を習えば、死者との交信なんて誰でも出来る事よ。問題は自分の肉体へ帰る道を自分自身で築けない事だけど、マシラ血族はそれを子を介して解決していた。そっちの方こそが、まさにマシラ血族の本当の秘術だったのよ」
「……つまり、王子は秘術を継承している?」
「そう。この子は魂が帰還できる秘術を既に習っている。でも、まだ自分自身で向こうの世界へ赴ける術を得ていない。だから私がそれを補助して、私とこの子が一緒に行くのよ」
「……成功、するのか?」
「分からない。そもそも魂だけが存在する向こうの世界で、時間という概念が存在するかも怪しいわ。こっちで二ヶ月経ってても、向こうでは既に万年・億年規模の時間が経ってるかもしれないし、一日も経ってないのかもしれない。最悪の場合、既にマシラ王の魂は消失している可能性すらある」
「……ッ」
「でも、生きてる可能性は高い。向こうに魂が存在し、それと繋がりがある肉体を辛うじて生かしている可能性がある。だからこそ、やる価値はある」
「……だが、王子の魂と共に赴けば、帰還できないのではないのか?」
「ええ。だから帰り道は、私が私自身で残していく」
「……まさか、マシラ血族が継承して来た秘術を、模倣するというのか?」
「理論と式は、既に私の頭の中にあるわ。それを、この羊皮紙に残すだけ。ちょっと時間を頂戴」
ゴズヴァールの驚きを無視するように、
そう告げたアリアは数分間、
目の前にある羊皮紙に黒いインクで何かを書いていく。
円形の陣と共に幾つかの魔法文字を書き込み、
所々を書き記す中で詠唱を呟き、
魔法文字から薄らと魔力の光が放たれる。
そうして僅かな時間で、
一枚の羊皮紙に夥しい量の魔法陣が書き込まれた。
「これで良し。後は……ねぇ、ナイフとか無い?」
「無い」
「そっか。あっ、じゃあこれでいいか」
ゴズヴァールにそう聞いたアリアは、
魔法陣を描いた羊皮紙を机に置きつつ、
懐に隠していた女闘士メルクの魔法剣を取り出した。
その魔法剣を握り小さな刃を作り出すと、
アリアは躊躇も無く自分の左手首を切った。
そこから流れ出る血液を羊皮紙に落とすと、
魔法陣の全てが光りだした。
「!」
「これで魂の門に入った後の道標は完成。後は私と王子が一緒に行って、マシラ王を連れ戻すだけ」
「……貴様、本当に何者だ」
「ただの魔法師よ」
「ただの魔法師が、血系秘術を意図も容易く理解し、模倣するなど有り得ん。あのガンダルフという魔導師の弟子とは聞いていたが……。貴様、まさか本当に『聖人』なのか」
「そういうのは後よ、こっちは急いでるの。それじゃあ、行ってくるわ」
「!?」
「王子様、ちょっとこっちに来て」
ゴズヴァールの疑問を無視したアリアは、
切った手首を回復魔法で癒して戻すと、
父親の傍に佇んでいたアレクサンデル王子を呼んだ。
そして顔の位置を合わせるように屈むと、
アリアはアレクサンデル王子を促すように導いた。
「王子様、これからお父さんを連れ戻す為に、向こうの世界に私と一緒に行ってもらうわ」
「……」
「不安はあるかもしれないけど、私が全力で貴方を補助する。私を信じて」
「……」
「ありがとう。貴方は向こうの世界に入ったら、お父さんの事を思い出しながら進んでみて。いい?」
「……」
アリアの言う事を聞いたアレクサンデル王子は、
父親を一度だけ見てから、アリアの言葉に頷いた。
それを笑って迎えたアリアは、
王子の右手を左手で握りながら、
右手を王子の胸に付けた。
「――……『魂に刻みし紋に告げる。輪廻の世界へ赴く門を開放せよ。……『
アリアの身体が発光すると同時に、
触れ合っていた王子の身体も発光を始めた。
その発光が収まった数秒後、
アリアと王子は互いに瞳を閉じ、
そのまま意識を失うように倒れる。
ゴズヴァールは二人の頭を支えながら、
導くように床に寝かせた。
「……頼む」
ゴズヴァールはアリアと王子の顔を見ながらそう呟き、
マシラ王が眠る場所に視線を移した。
こうしてアリアとアレクサンデル王子は、
死者の魂が赴く世界へ旅立ったのだった。
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