相互相違


この世界には肉体を消失した魂が、

最終的に行き着く場所が存在する。

現代魔法師は総じて、それを『輪廻の世界』と呟く。


魂が行き着き、その世界で生前の記憶と経験を全て失い、

新たな生命となる場所。

その場所は俗に、死者の世界と呼ぶ者達もいる。


生ける者がその場所に赴く事は許されず、

行けば戻る事さえ出来ないとされる場所。

しかし、その死者の世界へ赴き、

帰還できる方法を持った血族がいた。


それがマシラ血族と呼ばれる墓守達。


死者と語らい墓守として生きるマシラ族の血脈は、

時が流れる中でいつしか国を築き、

今現在ではマシラ共和国の象徴たる血族となった。


そして今、その末裔たるアレクサンデル王子と共に、

魂の姿となって死者の世界に赴いたのは、

エリクを救う為に奮起するアリアだった。



『……ここが、魂の行き着く場所……』



意識下で呟くアリアは、

自分が見ているモノを興味深く観察していた。

真っ白な世界の中に、

不釣合いで頑丈そうな石扉の門が眼下にある。


それを意識しつつ、

アリアは自身の魂を人の姿を変化させ、

隣に佇む王子の魂に触れた。


すると王子の魂も人の姿へ変化し、

互いに現実の肉体と同じ姿と成った。



『さて。あの扉っぽいのが、私の門みたいね。こういう状態で可視化するのは、初めてかも』


『……』


『あの扉から入って、貴方のお父さんの魂を見つけ出す。現実の世界では数分程度の事かもしれないけど、時間軸そのものが無いに等しい世界では、長旅になるかもしれない。……覚悟は良い?』


『……うん』


『!』



王子に話し掛けたアリアだったが、

今まで喋らなかった王子が初めて喋った事で驚いた。



『やっと喋ってくれたの?』


『僕、ここでしか、喋れない』


『……そういうこと。もしかして貴方、お父さんとこういう空間でしか話した事が無い?』


『うん。いつもこういう場所で、お父さんと話してる』


『……確かマシラ血族っていうのは、元々は墓守の一族だったわね。日常的に死者と話せるよう、こんな訓練を日頃からやってたのね。狂気染みてるわ』


『?』


『貴方にはまだ難しいかもしれないけど、肉体を介さず魂だけで会話し合うのは非常に危険なのよ。互いの意識が混ざり合って混濁する危険性がある。それを子供の頃から鍛錬させるとか、貴方の血族は狂気にも程があるわ』


『……よく、分からない。ごめんなさい』


『大丈夫よ。そういうの、慣れてるから』



自分の言う事を理解していない王子に、

アリアは慣れたように軽く流しながら、

改めて目の前に広がる巨大な石門を見た。



『じゃあ、門を開けるわ。行くわよ』


『うん』



目の前の石門に浮び降りるアリアと王子は、

その扉に着地するように足を触れると、

それに応じたように石扉が反応し、

魂の門が徐々に開け放たれた。


その中に降りていくアリアと王子は、

扉を潜った先が暗闇へ変貌する事を驚きながらも、

深く潜りながら頭上を確認した。


そこには、アリアの魂の肉体に繋がる、

一本の光の筋が伸びていた。



『帰り道は、これで大丈夫ね』


『……』


『不安?』


『……うん』


『大丈夫。貴方のお父さんが起きたら、私が全力で叱ってあげるから』


『……お父さんのこと、怒らないで』


『ダメ。絶対に怒るわ』


『……』


『貴方のお父さんは、私や周りの人達に怒られるだけの事をしたの。悪い事をしたら、怒られるのが普通なのよ』


『……そうなの?』


『ええ。貴方も遠慮せず、お父さんを向こうでもこっちでも叱りなさい。いい?』


『……』



アリアの言葉に王子は何も言わずに、

そのまま暗闇の世界の中に二人は落ちていく。

そしてある程度の深度に達すると、

暗闇に光が灯り、まるで星空のような光景になった。


そして地面に足を着くように、その場に立つ。


数える事が不可能な数多の光を見ながら、

アリアは確認するように呟いた。



『あれが、この世界に行き着いた死者の魂達ね』


『……』


『この馬鹿みたいに多い魂の中から、貴方のお父さんがいる場所を探さなきゃいけないわ。……お父さんの場所、分かる?』


『……あっち』


『そう。じゃあ、そのまま道案内お願いね』



王子が指を向ける先を見たアリアは、

そのまま王子と手を繋いだまま、

魂が輝く星空の中を歩き続けた。


どれほどの時間の中を歩いたか、

アリアと王子には分からない。


肉体的な疲れも時間的進行も感じないまま、

精神的な疲労だけは確かに感じる二人は、

その疲れを感じない為に、話しながら進んだ。



『――……それで、私はエリクと一緒に旅に出たの』


『旅って、楽しい?』


『期待してたよりは厳しいわよ。絵物語で聞かされるより遥かに地味だし、足が棒になるくらい歩かなきゃだし、トイレだって御風呂だって基本的に外だし。もう色々大変よ、大変』


『でも、旅を続けてるの?』


『落ち着く場所が見つかるまではね。私はね、のんびりトラブルに巻き込まれる事無く、平和に余生を暮らしたいの。山奥か何かで一戸建ての家を建てて、そんな場所でお婆ちゃんになるまで、のんびりとね』


『一人で?』


『……そうね。誰かと結婚したりとか、そういうのは疲れちゃった』


『寂しくないの?』


『……寂しいわね。でも、それでいいの』



そう話すアリアの顔を見ながら、

王子は何かを考えつつ聞いた。



『あの、おじさんは?』


『えっ』


『おじさん、お姉ちゃんと一緒に居た』


『ああ、エリクのことね。……エリクは、いつか私から離れるわ。何処かの国で活躍して、皆から慕われて、英雄になる。エリクは、そういう人になれるから』


『……』


『エリクはいつも真っ直ぐなのよね。いつも真っ直ぐ見て、まっすぐ考えてる。でも真っ直ぐ過ぎて危なっかしいのよね。逆に私は、いつも何処かで捻れてしまうの。お父様や貴族という立場から逃げた時もそう。……エリクは私と違って、ちゃんと真っ直ぐ進める相応しい場所があるはずだわ。そこに行き着くまで、一緒に旅をしているの』


『……お姉ちゃんは、それでいいの?』 


『……』


『いいの?』


『ええ』



何処か寂しそうにアリアが笑った姿を見て、

王子は思い出すように呟いた。



『……お母さんも、そういう顔してた』


『?』


『お母さん、いつも寂しそうにしてた。お父さんと一緒にいても、僕と一緒にいても、寂しそうだった』


『……』


『お母さんは、お父さんと身分が違うって言ってた。お父さんはそんなの気にしないって言ってた。でも、お母さんは気にしてた』


『……身分差。マシラ王が結婚しなかった、出来なかった理由が、それなのね』


『お母さん、いつも誰かが来ると隠れてた……。お父さん、一緒に来てって言っても来なかった』


『……』


『お母さん、死んだ時。お父さん凄く泣いてた。……どうして、お父さんとお母さん、一緒じゃいけないの?』


『……』



そう聞いた王子の言葉に、

アリアは少し考えながらも、首を横に振った。



『生きている人間が、死んだ人間ばかりを思い続けるのは、間違ってるのよ』


『……どうして?』


『生者には生者の、死者には死者の理があるの。マシラ血族の秘術は、それを曖昧にしてしまっている。……それじゃあ、死んでしまった貴方のお母さんが、安心してこっちの世界に居られないでしょ?』


『……』


『その歪みを正す為にも。そして、死者が落ち着いて次の命へ宿る為にも。生者がこんな所で、死者の魂と接触してはいけないのよ。……貴方のお父さんを連れ戻す。そして、貴方のお母さんに、安心してもらいましょう』


『……うん』



そう語り聞かせるアリアの言葉に、

王子は頷きの声を漏らしながらも、

表情を暗くしたまま歩き続けた。


話す言葉も少なくなりながら、

魂の星空を歩く中で、

ついにアリアと王子は辿り着いた。



『……ここ……』


『そう。案内、ありがとうね』



アリアと王子の目の前にある光。

二つの魂が寄り添うように光景だった。



『見つけたわ、ウルクルス王。そして、王子のお母さん』



アリアとアレクサンデル王子は、

生者であるマシラ王ウルクルスの魂と、

死者である王子の母親の魂に辿り着いた。




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