選択すべき決断
玉座の間で再開したアリアとゴズヴァール。
そして再会した始めの言葉に疑問を持ったアリアは、
玉座に続く段差に座るゴズヴァールに訝しげに呟いた。
「……私が来るのを、知ってたみたいな言い方ね」
「それ以外に、あの男を救う手段がないだろう。お前には」
「!」
「あの男がいるのはマシラ共和国の中で最も堅牢な牢獄。何十層と築いた地下に監獄を築き、地下深くになればなるほど太陽の日は遠くなり暗闇が支配する。地熱で常に蒸し暑く水分を失い、空気は淀み薄くなり、常人であれば一ヶ月と持たずに発狂し、自ら死する罪人の獄だ」
「……ッ」
「奴が再び暴走しても、その地下牢獄に仕掛けた爆薬を全て起動させて、地下洞窟そのものを崩壊させて全てを埋める。脱出するのは不可能に近い、地下牢獄の最下層にあの男はいる」
「……」
「あの男を助けるにはマシラ王に助命を乞い、元老院に対する発言権を得、釈明の機会を設けるしかない。それを考えれば、お前が早い時期にこの場に現れるのは予期できた」
ゴズヴァールに王への直訴を悟られていたアリアは、
苦悩よりも先に納得していた。
ゴズヴァールは自分の目的を正確に読み取り、
エリクの救出の為に動く事を予期していた。
アリアが来なければそのままエリクの処刑を待つだけ。
来ればそれを迎撃する為に王の手前で待つだけ。
どちらにしても、ゴズヴァールは待つだけで良かったのだ。
「アンタは玉座の前で胡坐をかいて、エリクが死ぬか、私が来るかを待ってただけの話ね」
「……」
「私の狙いを先読みして良い気になってるとこ悪いけど、通してもらうわ。王様のとこに行って、さっさとエリクを取り戻さないと、私の旅が続けられないのよ」
「……一つ、お前に問い質すべき事があった」
「?」
「あの男が暴走した時。何故、俺を助けた」
ゴズヴァールの問いにアリアは疑問を浮かべたが、
脳裏に浮ぶ場面を思い出した。
暴走したエリクが牛鬼族に変身したゴズヴァールの角を砕き、
それを足に深々と投げ刺し、立ち上がる事を困難にさせた。
丁度その時にエリクの前に躍り出たアリアは、
形なりにもゴズヴァールを救うような光景になってしまった。
「……ああ、あの時ね」
「あのまま放置すれば、俺は死んでいたかもしれないぞ。後々を考えれば、俺が殺されるか再起不能になってから、あの男を救えば良かっただろう」
「そうね。その方がずっと楽だったわね」
「では何故、あの時に止めるように出てきた」
「……理由は色々あるけど。まず言っておくけど、アンタを助けようなんて微塵も思わなかった事だけは言っておくわ」
「……」
「私が助けたのは、あくまでエリク自身と私自身の為。それ以上でも以下でもない」
「……そうか」
「質問がそれだけなら、通してもらいたいんだけど」
ゴズヴァールが塞ぐ道の先に、
扉がある事にアリアは気付いていた。
そこがマシラ王の居る部屋に続いている事を察したアリアは、
その道を塞ぐゴズヴァールにそう告げる。
しかし立ち上がったゴズヴァールは道を譲らず、
自身の巨体と威圧、そして敵意で塞いだ。
「それが返事ってワケね」
「マシラ王を守る。それが俺の忠義だ」
「忠義、忠義ね。……そんな中途半端なものが、忠義なはずないでしょ」
「……なんだと?」
「もし忠義を果たしたいと思うなら、なんでマシラ王を、アンタ自身で楽にさせてあげないの」
「!?」
思わぬ言葉がアリアの口から出た事で、
ゴズヴァールは目を見開き、アリアを凝視した。
「……貴様」
「死を迎える王様を、指を咥えて見ながら闘士ごっこを続けてるアンタが、忠義だのなんだの語るんじゃないわよ」
「……何を知っているというのだ、貴様がッ!!」
「知ってるわ。マシラ王が倒れた理由も、その原因もね」
「!?」
「元老院側でも、そして闘士達も、マシラ王が倒れた理由を理解できてないんでしょ。当たり前よ。元々マシラ王族は、とある血族で成り立ってたんですもの。その最後の生き残りが、現マシラ王とその子供である、あの男の子だけなんだから」
「……」
「マシラ王が倒れた理由も原因も、マシラという血族が受け継ぎ続けた、秘術を用いた結果よ」
「……貴様、何者だ。何故、マシラ王族の秘術の事を……」
「国は違えど、それぞれの国に纏わる血族にそれらしい秘術の類は存在するのよ。それ等を上手く伝授し子孫に伝えきれなかった血族が滅亡した例も数多くあるわ。マシラ王国は不幸にも、自身が使ってる秘術とそれに対するリスクを対処できず、血族の衰退を辿ったみたいだけど」
「……」
「私が一番呆れてるのは、よく理解もしてない秘術を使い続けたマシラ血族と、その秘術に頼り使わせ続けたこの国の奴等。つまり、アンタも含まれてるのよ。ゴズヴァール」
「!!」
「恐らくアンタは、その秘術で助けられた口なんでしょ。だからマシラ王族に忠義を果たそうとしてる。違う?」
そう突きつけるアリアの言葉は更に激化し、
左手の人差し指をゴズヴァールに突きつけ告げた。
「けどアンタがすべきだったのは、玉座の前でふんぞり返って侵入者を倒す事じゃない。自分の矜持を捨てて、マシラ王族を救う為の術を探し尽くし、その術を知る相手に頭を下げてお願いする事だったのよ」
「……」
「さぁ、闘士ゴズヴァール。忠義の形を決めなさい。私を殺して苦しむ王に自身の手でトドメを刺して楽にするか。私を殺してそのまま王を死なせ、その子供や子孫達がいなくなるまで、同じように死なせ続けるか」
「……ッ」
「それとも、助ける術を持つ相手に対して暴力で脅して王を助けるか。王を救う手立てを持つ目の前の相手に、王を助けるよう願いながら頭を下げるか。選ぶのはアンタの自由よ」
「……」
「さぁ、これは貴方が選ぶのよ。答えなさい、ゴズヴァール!!」
この時、アリアは凄まじい剣幕でゴズヴァールに怒鳴った。
僅か十六歳の少女とは思えぬ迫力と剣幕であり、
その声には少女の姿から想像できない意思の強さを感じ、
同時にそこから放たれる威厳さえ感じさせた。
それを聞いたゴズヴァールは、
僅かに苦心した表情を見せながらも、
搾り出すような声でアリアに語りかけた。
「……貴様なら王を、マシラ王族を救えると言っているつもりか」
「ええ。私は秘術のリスクにある程度は対処できる。そして恐らく、マシラ王族以外で対処できるのは、この国において今この場で、私しか存在しないわ」
「……」
「私に頼むのが嫌なら、私をこの場で殺して他に知ってる相手を探せばいい。でも残念ながら、マシラ血族が所有する秘術に対処する方法を知っているのは、同じ系統秘術を用いている他国の王族か血族だけ。そもそも、他国の王族達は秘術の存在そのものを認めないでしょうね。血族以外の誰にも教えないからこその、秘術という禁忌で呼ばれているのだから」
「……ッ」
「これは交渉でもなんでもないわ。アンタ自身の決断よ。王を救う為に自分の矜持を捨てて忠義を果たすか。惨めに骸の前で忠義ごっこを続けるか。アンタ自身で選びなさい」
「……」
「選びなさい、ゴズヴァール!!」
「…………」
歯軋りさえ聞こえそうな程に大きく口を開け、
白い歯を見せながら苦々しい表情を浮かべるゴズヴァールが、
迫り詰め寄るアリアの言葉を聞きながら睨み、
両拳を握り締めながら直立していた。
アリアとゴズヴァールは互いに睨み合いながらも、
拳を僅かに上げたゴズヴァールが手の握りを甘くした。
そのまま力を込める事を止めたゴズヴァールの長い腕が、
力なく下がり、目の前のアリアに呟くように聞いた。
「……本当に、王を救えるのか」
「やってみなきゃ、分からないわよ」
「……」
「当たり前でしょ。症状の進行も確認しないまま、絶対治せますよ、なんて言う医者がいるわけないわ。どんな状態か分からない以上、今から治療に入っても王が死ぬ場合だってある。当たり前じゃない」
「……ッ」
「仮に王が治せなかったとしても、王子の方は今ならなんとかなるかもしれない。そういう賭けの状態に、既になってる事を理解しなさいよ」
「……」
そう告げるアリアの言葉を聞き、
ゴズヴァールは何かを諦めたように息を短く吐き、
僅かに頭を下げ、目の前のアリアに対して言った。
「……頼む。ウルクルス王と、アレクサンドル王子を、救ってほしい。……だが、どちらも救えなければ、貴様とあの男を、必ず俺が殺す」
「そう。じゃあその後にアンタ自身の手で、王様もしっかり楽にしてあげなさい。勿論、王子もね」
「……」
「本来、対処できない秘術を継承し続ければ、どんな厄を撒き散らすか。最悪、自分がその血族だと知らずに子供を生み続けて、子々孫々が苦しみながら生き永らえるのよ。もしマシラ血族が手遅れなら、貴方自身でそれを決着させなさい。それが、本当の忠義というモノよ」
「……」
「少なくとも、私がそうなったら、そう忠義を向けてくれる人に望むわ。それが秘術を抱えて用い、生きる事を選んだ者の覚悟よ」
そう告げたアリアの言葉に、
ゴズヴァールは奇妙にも納得を持った。
ゴズヴァールは無言ながらも僅かに頷き、
目の前のアリアが告げる言葉に同意した。
「案内して、マシラ王の場所に。そして、マシラ血族の秘術の詳しい内容を聞かせて。少しでも救う確率を高める為に、情報の差異は認識したいの」
「……分かった」
ゴズヴァールは短く答え、
その場から振り向き、玉座の階段を上った。
アリアはそれに追従して玉座の奥にある扉に向かう。
こうしてゴズヴァールを説得し、
アリアはマシラ王が休む王室を目指した。
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