逃走劇の再開


 次の日の朝。

 前日に残った夕食を温め直して食べた後、アリアが全員を集めて話し合った。


「ケイルは町の様子を探りつつ、傭兵ギルドに行って来て。もし私や、私と組んでるエリクを探してる様子が町の守備兵や傭兵達にあったら、すぐに報せて欲しいの」


「いいけど、もしそいつ等が探してたらどうするんだよ?」


「そうね。ここに居続けるのが難しいなら、この首都マシラから脱出する事も考えないといけないわね」


「お前等、いつも何かから逃げてるな」


「う……」


「そうなったら、アタシはお前等とはサヨナラするぜ。とりあえずは、今は言う通りに探っておいてやる。御嬢様は厄介事を増やさないように、大人しくしてろよな」


「わ、分かってるわ……」


 言葉で釘を刺したケイルは、アリアにそう忠告する。

 そしてエリクに視線を向けたアリアは、ケイルと同じように話し合った。


「エリクは私と組んでるのが傭兵ギルド側でバレてるから、迂闊に外に出ない方がいいわね。私と一緒に家に居て、私とこの子を守って」


「ああ」


「仮にこの子を誘拐した連中が押し寄せてきたら、エリクと私で撃退しましょう。いざとなったら、町を出て逃げる事も考えないと……」


「逃げる時には、どうするんだ?」


「幾つか手段はあるけど、どれも強行手段になっちゃう。望みある最有力候補は、リックハルトさんに逃亡の手助けをしてもらう事かしら」


「あの商人か」


「運び屋のリックハルトさんなら、私達を首都から脱出させてくれるかもしれない。手紙は、ちゃんと渡したのよね?」


「渡した」


「なら数日以内にリックハルトさんの使いが、何かしらの連絡をする為にここに来るはずよ。その時にリックハルトさんに接触出来るように、頼むしかないわね」


「そうか。ならしばらくは、ここで待機か」


 アリアとエリクは互いに行動の指針を合わせ、リックハルトと連絡を取れるまで待機する事を選んだ。

 そしてアリアは亜麻色の髪をした少年に顔を向け、出来るだけ優しく話し掛けた。


「貴方はしばらく、私達と一緒ね。貴方を連れ去ってた悪い男達が、また貴方を奪う為に押し寄せてくるかもしれないから」


「……」


「大丈夫よ。私は強いし、このエリクは私よりずっと強いんだから。ケイルお姉さんも頼りになるわよ」


「……」


 不安な表情を見せながらも静かに頷く少年に、アリアは微笑みながら頭を撫でた。

 そしてケイルが家を出ると、残された三人は家の二階に上がり、アリアはエリクに魔法の訓練を施した。


「最近、忙しくて実戦訓練は出来てないけど、魔法の訓練くらいはしないとね」


「ああ、そうだな」


「じゃあ、まずはいつも通りに、目を閉じて精神を落ち着かせて、そして集中。自分の中にある魂を感じる練習よ」


「分かった」


 アリアに言われた事を実行するエリクは、いつも通りに座りながら精神統一を行った。

 そんなアリアとエリクの様子を見ていた少年が、まるで真似するように部屋の隅に座り、エリクを真似て目を閉じた様子をアリアが気付いた。


「君も魔法の訓練、してみる?」


「……」


「そう。適性は分からないけど、暇だからやってみて良いかもね。じゃあ、私が言うようにやってみてね」


 頷いた少年にアリアは微笑みつつ、そのまま魔法の訓練を開始した。


 精神統一を始めとして、魔力を感じる訓練や、体外の魔力を息を吸うように吸収する訓練。

 そして適応する属性の魔石を持って魔力を込める訓練など、様々な方法をエリクと少年は行った。


 いつも通り、エリクは上手く出来なかった。

 逆に少年を見て、アリアは驚きを見せていた。


「……この子。こんなに小さいのに、既に魔力を体外から吸収する術を得ている……」


「出来ているのか、魔法を?」


「魔法が使えてるわけじゃない。でも、魔力の操作を出来てるのよ。多分、こういう形に近い魔法の訓練をしていたのね。こんな小さな時から魔法の訓練させられてるなんて、まるで私みたいね」


「それは、凄いのか?」


「……扱える属性は、私やエリクより少ないだろうけど。大きくなったら優秀な魔法師になれる素養はあるわね。下手すると、この国で宮廷魔法師になれちゃうわよ」


「宮廷魔法師?」


「帝国では城仕えしている優秀な魔法師を、宮廷魔法師と呼んでたの。云わば適性の属性魔法を極めたと言ってもいい魔法師達ね」


「……俺は、上達しないな」


「エリクの場合、やっぱり体内にある魔力が邪魔をして、体外の魔力を感じるのも吸収するのも阻害しちゃってるのね。……やっぱり、魔族に会って魔術の扱い方を習うしかないわ」


「そうか。……魔族とは、何処にいるんだ?」


「魔大陸よ。魔族が主に住んでる大陸。人間が住んでる人間大陸にもいない事はないけど、極少数しか住んでないでしょうね。……でも、人間と魔族の子孫で作り上げられた国なら、存在するわ」


「人間と、魔族の子孫で出来た国?」


「人間大陸の四大国家の一つ。【鬼神】を崇めるフォウルという国よ」


「フォウル……」


「フォウル国は、ガルミッシュ帝国やベルグリンド王国がある大陸の真逆に位置する、人間大陸の西側に存在する大きな国よ。話では国の規模そのものより、そこに住む者達の圧倒的な強さこそ、人間大陸の中で四大国家に名を連ねてる理由らしいわ」


「そうか……」


「もしかしたら、エリクもその国の出身者の子供で、魔族の血を受け継いだのかもしれないわね」


「……俺の、親か」


「まぁ、あくまで可能性の話。でも、この国から逃げるとしたら、そこに行っても良いかもね。そうすれば、エリクがもっと強くなれるヒントを得られるかもしれないし。帝国や王国の勢力圏内から完全に外れられるわ」


 アリアの話を聞きつつ、エリクは初めて他国に興味を抱いた。

 人間大陸の四大国家の一つ、【鬼神】の国フォウル。

 自分と同じく魔族の血が流れる子孫達で作られた国の名前を、エリクは覚えておこうと思った。


 そんな話をしていた中で、家のドアを開ける音がした。


 エリクとアリアはそちらに意識を向けると同時に、足音で誰が来たかを判別したエリクが、警戒を解いてアリアと少年に教えた。


「ケイルだ」


「そう、戻ってきてくれたのね。情報を聞きましょう」


 二階から一階に降りたアリア達は、ケイルの話を聞く為にリビングに集まった。

 まず戻って来たケイルが話した内容は、アリアの想像通りに近い話だった。


「町の守備兵の動きが慌しい。傭兵ギルドの方にも顔を出したんだが、守備兵が何人か出入りしていた」


「やっぱり、国が絡んだ誘拐事件の可能性が高いのね。……この子の捜索願いは出されていた?」


「ギルドの方の依頼を確認したが、そういう類のモノは出てなかった。だが、守備兵がギルドから出て行った後に、新しく更新された捜索依頼があった」


「どんなの?」


「金髪碧眼の女の捜索。依頼はマシラ王政府からだ。間違いなくお前の事だぜ、アリア」


「……そうよね。この町では偽装魔法をしてなかったし、誘拐してた奴等に顔は見られてるんだから、私の方を探すに決まってるわね」


「どうする? たった一日でこの状態だ。ここが見つかるのも時間の問題だぜ。首都から出るのか?」


「……出るしかないでしょうね。ケイルの方で、リックハルトさんとどうにかして連絡を取れない?」


「やってみるが、前に取り次いだ時の事を考えても、期待薄だぜ。あの手の商人は何処に居るのか分かり難いから、直接会うのも難しそうだ」


「そうね。……ケイルはそのまま、町に潜伏していて。今日から寝泊りも他の場所で。状況が悪化したり動いたりする気配があったら、今日みたいに伝えてほしいわ。もしもの時は、私達を見捨てて逃げても構わない」


「ああ、分かった」


「食事はしばらく、買っておいた保存食でどうにかしましょう。味気ないけど、ケイルを危険に晒してまで料理を作ってもらうわけにはいかないものね」


 ケイルとの今後の指針を話し合ったアリアは、少年の方を向きながらケイルの離脱を教えつつ、温かい料理が食べられない事を伝えた。

 残念そうな表情を浮かべる少年に、ケイルは鼻で溜息を吐き出しつつ話した。


「こっちはこっちで、このガキの事を探ってみる。傭兵ギルドも国も介さずにな」


「何か当てがあるの?」


「傭兵ギルドとは別の、情報屋みたいなもんがある。そこで情報を探ってみるさ。有益な情報だったら伝えてやる。タダじゃないけどな」


「ええ、分かったわ。お願いね」


「ああ。……それじゃあ、アタシは行くぜ」


 そう伝えたケイルは、扉を開けつつ周囲を探り、こっそりと家から出て行った。

 残されたエリクとアリアと少年は互いに顔を見合わせ、保存食の昼食を食べる事になった。

 それからケイルが再び訪れることも無く、夜になってアリアとエリクと少年は床で眠りに就いた。


 その日の深夜。

 エリクが家の周囲に何かを感じた。


「……アリア」


「なに?」


「家の周りに、誰かがいる」


「ケイル?」


「違う。数は、一……二……三……。最低でも、五人」


「……お出でなさった、かしらね」


「ああ」


 追っ手が来た事を知った少年は震え、その少年を守るようにアリアは屈んで抱く。

 荷物を軽く纏めてアリアの方へ投げるエリクは、黒く大きな背中を見せながら言った。


「アリア、予定通りでいいか?」


「ええ。この子を抱えて、逃げるわよ」


「……ッ」


 抱える少年を守るように、アリアとエリクの逃走劇は再び幕を開けた。

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