老騎士再び


 和解し関係を戻したアリアとエリクは、赤と青の混じる商船の前まで訪れた。

 そこで待っていたのは、昨日に顔合わせをした傭兵の面々と、エリクの傭兵仲間だった赤髪のケイル、そしてワーグナーやマチス等の傭兵仲間達だった。

 アリアとエリクが訪れた事に気付いたマチスが、手を振りながら声を掛けた。


「おっ、来たぜ。おーい、エリクの旦那ぁ!」


「――……マチス、それに皆。どうしたんだ?」


「見送りに来たんだぜ。ケイルと、エリクの旦那達のな」


 訪れていた仲間達にエリクは驚き、マチスが事情を話してくれた。

 ワーグナーがケイルとエリクの間に立ち、改めて別れの挨拶を行った。


「エリク、今度こそ本当にお別れだな。それに、ケイルもな」


「……ワーグナー。今まで傭兵として一緒に戦った。そして、檻から逃がしてくれた。感謝する」


「なに、お前と俺の付き合いだ。……お前がまだガキの頃に傭兵団に入って来た時には、無愛想なデカいガキだと思ってたがな。無愛想なのは変わらんが、お前の事は頼らせてもらってたよ」


「そうか。俺もお前に頼っていた」


「ふっ、そうか。南の国に行っても、元気でな」


「お前達も、元気で」


 ワーグナーと握手を交わしたエリクは、その後に他の仲間達と話し掛けて別れの挨拶を済ませていく。

 その中でワーグナーがアリアに歩み寄り、話し掛けた。


「お嬢ちゃん。……いや、アリアだったか。エリクの事を、よろしく頼む」


「ええ。ワーグナーさん達も、お元気で」


「……エリクは落ち着いてるように見えて、意外と不器用でな。文字や言葉を教えたように、お前さんが色々教えてやってくれ。そうすれば、エリクは誰よりも強い戦士になれる。俺が保証する」


「私もそう思います。だから雇ったんですよ」


「ハハッ、そうか。先物買いの才能があるな、お嬢ちゃんは」


 ワーグナーが差し出す手を素直に握ったアリアは、握手を交わして挨拶を済ませた。

 そしてケイルと再び合間見えたアリアは、互いに睨み合いつつ、先にケイルが声を掛けた。


「……少し、海に霧が出ているらしい。あと一時間ぐらいして、霧が晴れてたら予定通り出航だってさ」


「そうですか。教えて頂きありがとうございます、ケイルさん」


「……ふぅ。こういうのは嫌いだ。だから先に言っておく。……アタシは、アンタが気に入らない」


「そうですか」


「だが、エリクがお前の事を認めてる。戦いの事以外に興味も示さないようなアイツが、あんなに肩入れするお前だからこそ、アタシは気に入らない」


「ケイルさん、やっぱりエリクが好きなんですね」


「……エリクは王国の中では最強の戦士だった。貴族共は認めなかったけどな。そんな男に興味を持たない女なんて、そうそういないよ」


「……そうでしょうね。でも、貴方が南に行っても、エリクは私と旅を続けますよ」


「!」


「エリクは渡しませんから。私の為にも、そしてエリクの為にも」


「……言うじゃないか。お嬢ちゃんが」


 そう微笑んで宣戦布告をし合う女達を他所に、傭兵仲間達は挨拶を済ませたエリクがアリアの所に戻って来た。

 傭兵仲間達は二人を見送る為に、船の前で雑談をしつつ出航を待つことにした。

 護衛依頼で雇われた傭兵達も続々と集合し、船に自分の荷物を運び込んでいく中で、海に見える霧が晴れていき、船の中から降りてきた傭兵ギルドマスターのドルフと、商人のリックハルトが船上で伝えた。


「それでは予定通り、リックハルト氏の船で南の国に渡航してもらう」


「船の旅は約二十日間。途中で補給の為に港に一度寄り、補給を行いますので。皆さん、そのつもりでよろしくお願いしますね」


 渡航の際の予定を伝えたリックハルトは船上に戻り、各傭兵達に改めて注意を喚起したドルフは、アリアとエリクの前に立って話し掛けた。


「アリア、それにエリク。くれぐれも、大人しくな」


「はいはい」


「ああ」


「信用できねぇな。本当に罠じゃねぇから安心しろ。今日はゲルガルド伯爵の使いも何処かで見に来ている。あと、南方大陸に着いたら傭兵ギルドに行け。そして魔道具を使って俺に上陸した事を絶対に伝えろよ。でないと、報酬額を貰えないんだからな」


「分かりました」


「分かった」


 そう注意したドルフは船から下りて、傭兵仲間達同様に出航を見送る姿勢になった。

 それぞれがそれぞれの場所で出航を待ち、予定通り出航する事が伝えられると、船の外に居た傭兵達が船に乗り込み始めた。

 エリクとアリアも陸上からしばらく別れ、船の上の生活だと覚悟して乗り込もうとした。

 特にアリアは船酔いの薬を大量に買い込み、船の生活に耐え切る為の覚悟をしていた。


 そしてアリアとエリクが船の架け橋に足を乗せた時、後方から何者かが訪れた事を、ワーグナーやマチス達が気付いた。


「ん?なんだ、遅れた傭兵がいたのか?」


「赤の外套に、灰の外套。随分目立つ格好の奴等だな。……あんな奴等、傭兵ギルドに居たか?」


 ワーグナーとマチスが船に近寄る二人組を見て、怪訝な表情を見せた。

 その二人組に船上の傭兵達も気付き、船外で出航を見送ろうとしたドルフも気付く。

 そして外に注目し出した周囲に気付き、エリクとアリアが後ろを振り向いた。


「エリク、あれ……」


「……アリア、船に乗り込め」


「え?」


 エリクが架け橋から飛び退くように下がり、再び船外に戻ってアリアを守るように立つ。

 エリクが警戒を向ける相手だと気付いたアリアは、いつかの北港町の出来事を思い出した。


 北港町で出航した時に現れた、あの男の事を。

 そしてその時の事が思い出されるような声が、灰色の外套の人物から放たれた。


「ほっほっほっ。久し振りじゃな。傭兵エリク」


「お前は、あの時の……」


「そう、儂じゃよ」


 灰色の外套に備え付けられたフードを脱いで見せた顔に、アリアは驚きを深め、エリクは厳しく険しい表情を見せた。

 灰色の外套の下にあったのは、一本の長剣を携えた軽装と、白と黒混じりの髪質に口髭を生やした老人。


 かつて北港町の出航時にも現れ襲ってきた、老騎士ログウェル。

 ログウェル=バリス=フォン=ガリウスだった。

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