約束の和解
朝になり、ついに南の国へ出発する日が訪れた。
宿の食堂で朝食を済ませたアリアとエリクは準備を終えていた荷物を抱えて、宿の受付で挨拶を済ませて港へ向かった。
昨夜の会話で微妙な空気が続き、二人の間に初めて気まずい状態が継続していた。
「……」
「……」
「もうすぐ、着くわね」
「そうか」
「……」
「……」
アリアは何か言わなければと話題を出すが、短い受け応えしか出来ない話題と、エリク自身が話の幅を広げられないこともあり、どんどん会話の幅が狭まってしまっていた。
そして港に着いた頃に、ついにアリアが我慢し切れずに立ち止まった。
「エリク!」
「な、なんだ?」
「昨日の夜の話。今度は貴方から私に質問しなさい!」
「えっ」
「なんか、こう。もう、この空気が嫌なのよ! だから話題を提供しなさい!」
「あ、ああ……」
急な話題振りに戸惑いながらもエリクは再び歩くアリアに付いて行き、質問の内容を考えた。
そして思い付いたエリクは、それをアリアに聞いた。
「……アリアは、好きな食べ物はなんだ?」
「あっ、昨日と同じ質問する気ね」
「あ、ああ」
「まあ、いいわ。……そうね、柔らかいバターロールに、ハムエッグ。それにポテトサラダね」
「それは、今日の朝食だな」
「そうよ。私、朝にあのメニューを食べるのが好きなのよ。あの宿にあって良かったわ」
「そうか。しばらくは、食べられないな」
「はい、そういう暗い話は禁止!」
「あ、ああ」
「さぁ、次の質問!」
「……き、嫌いな食べ物は?」
「幼虫の踊り食い……」
「そ、そうか」
「というか、もっと貴方が私に聞きたい事を聞くの!」
「ん、んん……」
悩みながら歩くエリクは、再び何かを思いついてアリアに聞いた。
「……アリアの、家族の事を教えてくれ」
「え?」
「俺は家族がいないから。少しだけ、興味はあった」
「……そっか。じゃあ、誰から聞きたい?」
「父親からだ」
「……お父様は、ローゼン公爵家の当主で、若い頃には軍の将校を務めていたそうよ。今では政治方面に力を入れているけど、軍の訓練によく参加して、部下を鍛えてるわ。私にとっては、凄く厳しい人だった」
「そうか。……母親は?」
「……お母様の事は、私もよく知らないの」
「そうなのか?」
「どういう人だったか聞いても、お父様は答えてくれないし。……でも、小さな頃にそれらしい人と会ってた記憶はあるの」
「そうか。どんな、母親だったんだ?」
「……よく、私を抱っこしてくれてたと思う。笑ってて、髪の毛は私と違ったけど。でも、あれはお母様だと思う」
「そうか。……あとは、兄だったか?」
「うん。お兄様は、お父様が厳しい反面、私に優しく接してくれる人なの。私と七歳差で、よく遊んでもらってた。でも、ローゼン公爵家の次期当主だから、いつも忙しそうにしてて、魔法学園に入学してからは疎遠になっちゃった」
「そうか。……他には?」
「いないわ。お父様の部下や、お兄様のお友達が時折尋ねてきたけど、私は友達が出来なかったし、あの馬鹿皇子の婚約者だったから、男の人で親しい人も出来なかった。本当、全部あの馬鹿皇子のせいに思えてきたわ」
「……そうか」
そう話し終えたアリアと再び沈黙し出したエリクの様子に気付き、アリアが再び話を切り出した。
「エリク、他に質問は?」
「……それじゃあ、一つだけ」
「なに?」
「……どうして、俺を遠ざけようとする?」
「!」
立ち止まったアリアは振り返り、思わずエリクを見た。
そしてエリクも立ち止まり、アリアに真剣な表情を向けていた。
「君は、俺を遠ざけようとしている気がする」
「……うん」
「何故だ?」
「……エリク、せっかく仲間と会えたんじゃない。親しかったんでしょ?」
「ああ」
「だったら、仲間達と一緒に居たいと思うのは、普通でしょ?」
「……いいや」
「だってエリク。昔の仲間達と出会って、凄く楽しそうだったじゃない」
「ああ、楽しかった」
「だったら……」
「俺は、君に雇われた。アリア」
「!」
「君を一生、守ると約束した」
「え……」
「俺は、君と交わした約束は守りたい。……君と一緒に、旅を続けたいと思っている」
真剣な表情でそう告げるエリクの言葉にアリアは思わず呆然とし、数秒後に顔を背けて歩き出した。
エリクはそれを追うように歩き始め、歩き出したアリアに声を掛けた。
「アリア?」
「……今は、声を掛けないで」
「どうしたんだ?」
「今、顔を見られたくないの」
「……分かった。よくなったら、教えてくれ」
「うん」
後ろから見えるアリアの顔から、水のような液体が滴り、地面へ落ちた。
それを見たエリクは察し、声を掛けるのを止めて後を付いていった。
手と腕に顔を押し当てつつ、顔に滴る水滴を払おうとするアリアは、自分の顔に手を当てて下位の回復魔法を施しつつ、パタパタと顔を仰いだ。
港から吹き込む風が顔に当たり、次第に乾いていく顔を向けたアリアが、いつもの微笑みでエリクに対して告げた。
「エリク。私に、付いて来てくれる?」
「ああ」
「何処まで?」
「俺が、付いて行きたいと思うまで」
「分かった。絶対、付いて来てよね」
「ああ」
微笑みを浮かべたアリアを見て、エリクは安心するように口元を微笑ませた。
「……よし。それじゃあ、南の国に渡って、私とエリクが暮らせる安寧の地を探すわよ! 長い旅になるかもしれないけど、覚悟してよね。エリク」
「ああ、分かった」
そしていつもの調子で喋る二人は、自分達が乗る商船の場所を目指して歩いた。
南の国を目指す為に。
そして、アリアとエリクが港に到着した時。
東港町にとある二人組が訪れていた。
一人は目立つ赤い外套を羽織った痩せ細った男と、もう一人は灰色の外套を羽織った老人。
灰色の外套を羽織った老人がフードを被ったまま、微笑むように周囲を眺めた。
「懐かしいのぉ。訪れたのは、半年ほど前じゃったか。……さて、御嬢様の所に行きますぞ」
「……ああ」
そして、赤色と灰色の外套を羽織った男達が、港の方へ足を向けた。
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