警告


 その場に残ったリックハルトとドルフ、そしてアリアとエリクの四名は、新たに違う話し合いを行った。

 始めに口の開いたのは、ドルフだった。


「さて、さっき説明した通り。リックハルト氏がお前等の世話も任されている。よろしくしてくれ」


「よろしくお願いしますね。御二人とも。ドルフさん、私も用意をしなければならないので、これで」


「ええ、明日からよろしくお願いします」


 改めて挨拶を交わすリックハルトとドルフに合わせ、エリクもアリアも会釈だけ行う。

 そしてリックハルトが席を立って扉から出ると、三名になったドルフとアリアは会話をした。


「アリア御嬢様は、大丈夫なのかって顔してるな」


「ええ。大丈夫なんですか?」


「リックハルト氏はその道の専門家だ。時々、こういう依頼を任せてる」


「もしかして、密航業者?」


「そんな大層なもんじゃねぇよ。人から荷物まで何でも運ぶ運び屋だ。東西南北、色んな場所に物を運んでくれるぜ」


「……そうですか」


「まぁ、信用してくれなきゃ話にもならんさ。お前さん達も、明日の為に準備をしといてくれよ。明日は宿をそのまま出てくれて構わない。こっちで話は通してある」


「……分かりました。その前に、幾つか聞きたい事があります」


「なんだ?」


「この町の裏側に潜んでいる、盗賊集団の事です」


 アリアから話される話題に、眉をピクリと動かしたドルフが一瞬でニヤけ顔から鋭い目付きへと変化した。

 それをアリアとエリクは見逃さず、続けてアリアが問うように聞いた。


「二日前、私達はその組織と思しき集団に襲われました」


「……厄介事は、やめてくれって言っただろ?」


「元々、私の存在そのものが厄介事ですよ」


「……それもそうだな」


「私はここに来る前。帝都を脱出した際にも、同じ様相の組織集団に襲われ、命からがら逃げてきました。その連中がこの町にも居る。凄い偶然ですよね」


「……何が言いたいんだ?」


「それを確認する為に、こうして残り聞いています。……ついでに、私達で盗賊組織の情報を知り得る限り集めましたが、聞いておきますか? 情報にも、報酬があるんですよね」


「一日かそこらで調べた情報なら、俺達でとっくに収集済みだと思うがな」


「じゃあ、私の推理も付け加えましょう」


「推理?」


「私を殺そうとする組織が、盗賊組織とどう関わっているか。そして盗賊組織の正体。その推理内容です」


「……」


 微笑みながら告げるアリアの言葉に、ドルフは驚きの顔を見せた。

 そして驚きをニヤけ面に戻した。


「いいぜ、聞いてやる。有力な情報なら、報酬をくれてやるよ」


「それでは。……この町には昔、盗賊組織というよりも、ゴロツキの集団が存在していた。彼等は港町の人々を困らせ、物を盗むなどを働いていた。それが盗賊組織の始まりだった。そうですね?」


「そうだな」


「その盗賊組織は、貴方達の傭兵ギルドの台頭で大人しくなり、表で騒げなくなった。実戦経験豊富の傭兵達と港町のゴロツキ程度では、戦力の差がありすぎたんでしょうね」


「そうだな。それで?」


「けれど、ある人物が盗賊組織のトップへ立ち、ゴロツキや密航者達を束ねて裏で様々な稼業を営み始めた。それがほんの、数ヶ月前の話です」


「ああ、そこまでは合ってるぜ。それで?」


「その少し前、一年ほど前にとある傭兵がギルドマスターとして着任した。それが貴方ですよね、ドルフさん」


「そうだな。それが?」


「私の言いたい事は、既に分かっているんじゃないですか。ギルドマスター。……そして、盗賊組織の頭さん?」


「……何を言っているか、さっぱり分からんが?」


「それとも、こう言った方が良いですか。……ヒルドルフ=フォン=ターナー男爵」


「!!」


「正確には、男爵位を相続する前に没落し爵位を取り上げられたので、本名はヒルドルフ=ターナーさんで宜しいんですよね? ギルドマスター」


 貴族名で名を呼ぶアリアに、ドルフは明らかに動揺が見える様子が見えた。

 しかし一呼吸を吐いたドルフは、真剣な表情で改めてアリアに向き直った。


「……何処で、その名を聞いた?」


「貴方が自己紹介したじゃないですか」


「自己紹介だと?」


「自分が元は帝国の魔法師だったと。そして試験で見せた闇属性魔法の影の魔物。あれだけ見事な魔法を扱える闇属性の魔法師の使い手は、帝国の魔法学園の記録でも少ない。でしょう、先輩」


「……」


「私も闇属性魔法が多少使えるので、かつて魔法学園に提出された闇属性魔法に関する論文を幾つか読みました。その中で、自身の記憶と影から、影の魔物を魔法で生み出し操るという魔法式論文を見つけました。そこには、ヒルドルフ=フォン=ターナーという名で二十五年前に提出されていましたね」


「……まさか、そんな論文を見てる奴がいるなんてな。しかも覚えてるとは……」


「私、魔法学園では優秀だったんですよ。先輩」


「その先輩ってのやめろ。……なんで覚えてるんだよ?」


「影の魔物を生み出すという試みに興味を持って、私も試したのですが、上手く行かずにお伺いしたくて所在を確認したんです。ところが既に、ターナー男爵家は廃れ、長男だったヒルドルフさんは帝国魔法師の資格である銀の首飾りを返還し、外国に出てしまったと知りました。とても残念だったので、覚えていました」


「……俺の家の事は、何処まで知ってる?」


「何らかの事業に失敗して多額の借金を抱え、それを清算できずに当時の当主と夫人が夜逃げした途中で、野盗に襲われ死亡。莫大な借金は押し付けられた長男のヒルドルフ氏が、その返済の為に売られるように海外へ旅立った。という事でしょうか」


「……なるほど。【才姫プリンセス】の名は伊達じゃないってワケか」


「もう一度、お聞きします。……貴方はとある組織に加入する事で、多額の借金の負担を肩代わりしてもらった。しかし借金を返す為に、表向きはギルドで働く事になった。……そして貴方は肩代わりした相手の為に、表では傭兵ギルドのマスターを、裏ではその組織を手伝い、盗賊組織と称して貴方に闇の取引を行わせ、暗殺者の斡旋や盗品でお金を稼いでる。借金の返済の為に。違いますか?」


「……」


「その組織の長が、ゲルガルド伯爵。貴方は、ゲルガルド伯爵に雇われている組織の人間の一人」


「……」


「さっきのリックハルトさんも、その類に関わっている人物。そうでしょう?」


「……」


「短期間で傭兵ギルドがこの場所で組織が拡大の成功を見せているのは、裏側でゲルガルドが支援しているから。そして幹部や中枢も、裏側でゲルガルドに操られているから。違いますか?」


「……さて、参ったな」


 アリアが続け様に伝える推論に、溜息を大きく吐き出したドルフが頭を掻いた。

 そのまま何かを観念したように、吐き出すようにドルフは告げた。


「半分正解。半分不正解ってとこか」


「!」


「当たってるのは、俺がヒルドルフ=フォン=ターナーだってこと。貴族位はもう無いから、ヒルドルフ=ターナーが俺の本名だ。そして、俺の家が没落した理由も、その通りだ。借金をカタに連れて行かれたってのも本当だぜ」


「……それで、当たってない話は?」


「俺の借金はとっくに無い。だから借金関係は今の俺の人生で負担になっていないこと。そして俺や傭兵ギルドそのものが、ゲルガルド伯爵の組織に加わってるというのは、全く見当違いの話だ」


「……本当ですか?」


「ああ。本当の話をするとな、盗賊組織は一年くらい前に壊滅してるんだよ。残党は、南港町や帝国の北港町に逃げたみたいだがな」


「!」


「だが、盗賊組織が無くなったと公になったら、今度は町の連中が傭兵連中を厄介に思い始める。実は傭兵と町の守備隊にも摩擦があってな。あいつ等、良くも悪くも強面ばっかで町民や守備兵からは受けが悪いんだ。だから盗賊組織は生きたまま窃盗を続けてるって嘘の情報を流して、それを取り締まれる実戦経験豊富な傭兵がこの町で必要な存在だと思わせてるんだ」


 ドルフが話す盗賊組織の真実に、アリアとエリクは目を丸くして聞いた。

 しかし矛盾点を知るアリアは、追求するように話を続けた。


「でも、二日前に私達は襲われたのよ」


「そっちは知らねぇよ」


「本当に?」


「ああ。こっちはお前達のお守りで精一杯だってのに、わざわざお前等に疑われて逃げられるようなヘマはしないっての」


「でも、あいつ等。鉄矢を備えた弩弓ボウガンを使って、私を狙い撃ちにしたわ。あの時みたいに!」


「それこそ、俺は知らないっての。どっかでお前等、恨みを買ったんじゃねぇのか? ……あるいは、お前達が勝手な事をしてたせいで、本当にゲルガルド伯爵の手の者が殺しに来たんじゃねぇか?」


「……ッ」


 ドルフの述べる事に納得できないアリアは、険しい表情のままドルフを睨んだ。

 そんなドルフは表情に余裕を戻し、ニヤけ面で再び話し始めた。


「残念だったな、アリア御嬢様。半分当たってたから報酬は金貨一枚だな」


 そしてポケットの中にある金貨一枚を指で弾き飛ばし、弧空を描きながらアリアの手元に金貨が投げ渡された。

 それを掴み取ったアリアだったが、悔しそうな表情を浮かべていた。

 そんなアリアにドルフは続けて話した。


「残り半分は当たってないから、報酬は無しだ。現実を少しだけ単純に見てみろよ、御嬢様。でないと苦労するぜ?」


「……行きましょ。エリク」


「ああ」


 席を立ったアリアが扉を開け、部屋を出た。

 その後を追うようにエリクが歩いていく。

 そうした中でエリクは一度だけ立ち止まり、ドルフの方を見た。


「……一つ、聞く」


「またか。今度はなんだ?」


「俺達を襲った奴は、アリアだけを狙い殺そうとした。……本当にお前が、アリアを殺すように命じた事では無いんだな?」


「!!」


 エリクが珍しく、低い声を敢えて出して聞いた。

 その低さと目の奥に見せる僅かな殺気に、ドルフは冷や汗を掻きながら一歩だけ下がり、口から零すように言葉を振り絞った。


「……ああ。俺は、そんな事を命じちゃいない」


「そうか。なら、信じよう」


「……はぁ……。はっ」


「だが、もし次に同じような事があれば……」


「……ッ」


「お前の頭蓋を、割りに来る」


 警告したエリクはそのまま扉を閉める。

 そして先に外に出ていた不機嫌なアリアを追った。


 ドルフは冷や汗を流しつつ席に座り、顔を覆うように手を這わせながら、重々しい空気を換気するように大きな呼吸をし続けた。


「……なんだよ、あの男……。ベタ惚れじゃねぇか、御嬢様に……。ハハ……ッ」


 エリクの本気の殺気を受けたドルフが、冷や汗が止まらずにそう呟いた。

 まるで好きな女を傷付けられた時のような怒り狂う野獣の本性を、エリクはこの時に初めて見せたのだった。

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