顔合わせ


 エリクの仲間達との再会から次の日。

 南の国に依頼が開始されるまで、残り一日。


 アリアとエリクは宿で朝食を済ませた後、特に会話も無いまま互いに準備をして、傭兵ギルドに足を向けていた。

 その最中、アリアは昨日の事を謝った。


「……ごめんね、エリク」


「ん?」


「せっかくの仲間との再会だったのに、邪魔しちゃったわね」


「いや、いい」


「……よく考えたら、エリクはこのまま、この町に残っても良いと思うの」


「どういうことだ?」


「私が残るのは問題あるけど、貴方がここに残る分には大丈夫よ。貴方の仲間達もいるし、腕の立つ傭兵を手元に残せるなら、ドルフも貴方に幾らか融通を利かせてくれるでしょ。貴方は仲間達と一緒に、ここで傭兵稼業で稼いで生きていくこともできるわ」


「……俺は、君と一緒に南の国に行く」


「エリク……」


「前にも言った。君がいなければ、俺はここに辿り着けなかった。だから、君と一緒に行こう」


「……何も分からない国に、行く事になっちゃうのよ?」


「俺は元々、何も知らなかった。色々と教えてくれたのは、君だ」


「……そっか、分かった。じゃあ最後まで、エリクの面倒は私が見てあげるわ。だから、エリクは私の面倒をお願いね」


「ああ、分かった」


「ちなみに、私の面倒は凄く面倒臭いからね。覚悟しなさい」


「ああ、知ってる」


「……そういう時は、嘘でもそんなことないって言う場面よ」


「そ、そうか」


「ふふっ。エリクは本当に、女心が分からないわよね」


「ん、どういうことだ?」


「さぁね。自分の胸に手を当てて考えてみなさい」


「……よく、分からないな」


「その内、ちゃんと理解してもらうようになるわよ。それじゃあ、ギルドに行ってさっさと挨拶を済ませちゃいましょう」


 宿を出た時より晴れた笑顔を見せたアリアに、何処か安心感を持ったエリクは、口元を微笑ませた。

 そうして二人は昼前に傭兵ギルドに訪れ、受付に話して奥の部屋へと通して貰い、会議が行われる部屋で待つ事になった。

 そして数十分後、ドルフが幾人かを伴いつつ、会議室の部屋に入った。


「よう、ご両人。お待たせ」


「こんにちは、ギルドマスター」


「さて、皆も着席してくれ。今日集まってもらったのは前に言った通り、依頼の顔合わせだ。アリア、エリク。こいつ等が――……」


「え……」


 扉から入って来た男女の傭兵の中に、見覚えのある顔が含まれていた事に驚いたアリアは、思わず小声で声を漏らした。

 エリクはアリアが驚く方を見て、同じように軽い驚きを見せた。


「ケイルか」


「……よ、よう」


 顔を僅かに逸らしつつ返事をしたのは、昨日出会った赤髪の女性ケイル。

 エリクの傭兵仲間だった一人が、アリアとエリクの同行者に選ばれていた。

 そんな三人を見合うドルフは、話を止めて三人に聞いた。

 それに返事をしたのはエリクだった。


「なんだ。お前等、知り合いか?」


「ああ」


「そうか。そういえばケイルも王国の方から来たんだったな」


「あ、ああ……」


「とりあえず、お互いに話は後だ。先に説明と紹介だけさせてもらうぞ」


 ドルフがケイルとエリク達の話を切り上げ、早々に依頼の話になっていく。

 そして最後に入って来たやや太り気味の男性が、部屋の奥の席に導かれて着席したのを見届けると、ドルフは改めて依頼の話に入った。


「この方が、今回の依頼主であるリックハルト氏だ。お前等、世話になるから挨拶しとけよ」


「こんにちは、私はリックハルト。南の国を中心に商いをしています。どうぞ、よろしく」


 リックハルトが挨拶を交わすと、全員が軽く会釈した挨拶を行う。

 そしてドルフが再び話に戻った。


「お前等は南の国に渡航を希望してる傭兵だ。そこで依頼込みで、リックハルトさんの商団の護衛を南国のマシラまでしてもらう。報酬などは依頼書通り、一人当たり金貨二十枚。道中や海上で遭遇する魔物や魔獣の類は勿論、盗賊や野盗の類にも対処してもらう。ここまでで、異論がある奴は?」


「……」


「無いな。さて……」


「?」


「ここまでは表向きの話だ。それは全員、ちゃんと理解してるな?」


 ドルフがニヤリと笑いつつ、全員の顔を見渡した。

 その場の全員が一気にアリアとエリクに注目し、二人はその視線を受けて僅かに緊張感を高めた。


「今回の依頼の本当の目的は、そこに居るアリアとエリクの護衛し、南の国まで移動する事だ。その二人は前もって話している通り、お尋ね者だ。だが逃がすと莫大な報酬が得られる。そこで、リックハルト氏の商団とは別に、お前達には二人を護衛し無事届けた後に報酬を払う。……報酬金額が気になるか?」


「……」


「成功報酬は、なんと一人当たり、金貨一千五百枚だ」


「!?」


「つまり二人の護衛は金貨一万枚相当の依頼になる。国の要人クラスの護衛料金、王級魔獣キング討伐依頼並の金額だ。護衛中に誰かが死んでも報酬は増えたりしないから、そこら辺を弁えて協力し合えよ。お前等には大仕事だ、絶対に達成しろ」


 ドルフがニヤけた顔から真剣な表情に変わり、傭兵達に叱咤するように告げた。

 全員が固唾を飲み込みながら頷き、今回の報酬が莫大なモノだと理解する。

 そしてドルフはアリアとエリクを見て、同じように話を続けた。


「エリク、それにアリア。お前達も護衛されてる最中は大人しくしろよ。無駄な騒ぎを起こしてコイツ等を困らせるな。ただやばい相手の時には協力してやれ。一応お前等は、リックハルト氏の客人って事で運ばれる。いいな?」


「分かった」


「分かりました」


「詳しい情報は、全てリックハルト氏に渡している。道中の指示はリックハルト氏から受けるように。さて、今日は軽い顔合わせだ。深い挨拶は船上でやってくれ。準備が必要な者は今日中に済ませておけよ。乗船場所は港一区の乗船場で、赤と青が混ざった旗の船が目印だ。補給等々もリックハルト氏に任せている。飲み食いに困る事は無いから安心しろ。……さて、ここまでで何か質問は?」


「……」


「無いな。なら、各自解散だ。明日の朝、船は出港する。全員、万全の体制で挑んで依頼を達成しろ。アリアとエリクは、まだ話があるから残ってくれ。以上だ」


 こうして短くも根幹とも言える話し合いが終わり、八名の男女である傭兵がそれぞれ席を離れた。

 その中に居るケイルがエリクとアリアに視線を向けつつ、指で『外で待っている』と伝えた。

 それを受け取ったエリクは頷き、傭兵達はその場から退室した。


 残ったのはリックハルトとドルフ、そしてアリアとエリクの四名だった。

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