政敵の助け舟


 傭兵ギルドのマスターであるドルフの自室に、アリアとエリクは訪れた。

 警戒心を残して立つ二人を目の前にしながら、布張りと綿入りのソファーに座るドルフは説明をした。


「まず、なんで俺がお前等の正体を知ってるかだが。俺は闇属性を扱える魔法師だ。お前さん達がやっている偽装の魔法くらいは見破れるさ」


「……ッ」


「まぁ、これは当たり前の事として。……実はガルミッシュ帝国のローゼン公爵直々のお達しで、魔法師と戦士の二人組が来たら、大人しく引き渡すように要請が来ていたせいだ。多額の懸賞金付きでな」


「……やっぱりね」


「アリア御嬢様の方もそうだが、エリクの方もだ。王国からそれらしい男が来たら、捕えて引き渡せという要請が来ている。しかも無償でな」


「俺の方もか」


「こんなヤバイ男を無償で捕らえろとか、こっちから願い下げだがな」


 国から引き渡しの要請が届いている事を予想しながらも、実際にそれを聞かされたアリアとエリクは渋い顔を見せていた。

 その二人の表情を見ながら、ニヤけ顔のドルフは他の情報も伝えた。


「で、ここからが本題だ。……お前さん達を逃がすのを手伝えという依頼が、秘かに傭兵ギルドに舞い込んでいる。しかも、ローゼン公爵が出した懸賞金の、倍程の金額でだ」


「!?」


「そういうわけで、ギルド側ではお前さんを捕まえるよりも、逃がす方が遥かに儲かるというワケだ。そういう意味では、俺達がお前達を捕まえない事は、信用してくれていい」


「誰が、そんな依頼を出した?」


 驚くべき話を聞かされた二人の中で、先にエリクがそう尋ねる。

 それに答える為に、ドルフはアリアに話題を振った。


「同じ帝国の貴族様だ。御嬢様なら、心当たりはあるんじゃないか?」


「……もしかして、ゲルガルド伯爵家?」


「ご名答。ゲルガルド伯爵名義で、極秘で傭兵ギルドに依頼が出された。報酬金額はなんと、白金貨で一万枚」


「白金貨で一万枚!?」


「とんでもない金額だが、それだけアンタを逃がす価値があると、向こうは考えてるって事だろう」


 金貨百枚分に相当する白金貨一枚を一万枚も用意して依頼を出した人物の名を聞き、アリアは戦々恐々とした気持ちで驚いた。

 蚊帳の外に置かれたエリクは、アリアに尋ねながら聞いた。


「アリア。ゲルガルド伯爵とは、誰なんだ?」


「……ローゼン公爵家とは政治的にも経済的にも対立してる、帝国貴族の家よ。他の公爵家や侯爵家を抱えて、表立っては動こうとしない伯爵家。あのゲルガルドだったら白金貨を一万枚くらい、出せるでしょうね」


「どうして金を払い、君を逃がそうとする?」


「さっき言った通り、ゲルガルド伯爵家はローゼン公爵家と政敵として対立してるの。そんな中で私がユグナリス……馬鹿皇子との婚約を逃げ出したおかげで、次期皇后の候補者が居なくなった。そこにゲルガルドの家が新たな花嫁を選出して馬鹿皇子に正妻として娶られれば、帝国の勢力が一気に引っくり返る可能性が出てくるの」


「……つまり、君に王子の花嫁として戻って欲しくないから、逃がすように依頼を出しているのか」


「そういう事ね。……まさかこういう形で、政敵に助けられるなんて思わなかったわ」


 ゲルガルド伯爵という政敵の思惑を考え、今回の依頼が出された経緯を考えたアリアは、それをエリクにも伝えた。

 それを聞き終えて納得したエリクとアリアは、改めてドルフに顔を向け直した。


「それで、傭兵ギルドは私達には不干渉で居てくれる。ということですか?」


「ああ。逆に、お前達を逃がす手伝いをしてやる」


「手伝い?」


「お前達、噂だと南の国マシラに逃げたいって話だろ? 俺が南の国に行く商船に依頼を出させて、お前等にそれを受けさせる。それが狙いで、お前達も傭兵ギルドに加入しに来たんだろ?」


「お見通しってワケね……」


「何かしら他国に渡りたい奴は、こういう手合いだ。今日受けた奴の何人かも、そういう奴だからな」


「!」


「傭兵ギルドは信頼第一だ、受講者に関する情報収集は怠らない。無闇に合格者は出さないさ。ワケ有りでも情状酌量の余地があれば、受からせておくんだ。後で何かしたら、速攻で捕まえて御縄にかけるがな」


 そう不敵に笑うドルフの顔を見ながら、アリアとエリクは渋い顔を見せた。

 もしゲルガルド伯爵の依頼が無ければ、今頃は自分達が捕えられていたのだと思うと、良い気分はしなかったのだ。

 そんな二人の顔を見ながら、ドルフは伝えた。


「さっきも言った通り。ギルドの方針として、お前さん達を逃がす依頼を達成する。他の奴等も何名か勘繰ってるが、釘を刺しておくから安心しろ。それで、お前達は本当に南の国マシラを目指してるんだよな?」


「……ええ。私達は南の国に逃げる為に、傭兵ギルドに入りました。商船に雇われて、南の国に行く為に」


「なら、その商船の依頼は明日までに探しておくから、鉄の認識票を受け取りに来た時に、俺の部屋にもう一度来てくれ」


「分かりました。ありがとうございます」


「気にするな、これも仕事だ。白金貨一万枚の仕事だ」


「……傭兵ギルドって、現金な組織ですね」


「当たり前だろ。世の中なんて金で出来てる。金さえあれば命が繋がるのが、この世界だ」


「……」


「何か言いたそうな顔をすんなよ。夢見がちな貴族の御嬢様には分からんだろうが、世の中には金で命を容易く投げ出せる奴もいるんだ。それが傭兵だ。その辺を弁えないとお前さん達、逃げる最中に殺されるぞ」


「!」


「これはまぁ、先輩としての助言だ。……俺も昔は、帝国の魔法師だったんだ。だが、色々あって金が必要になってな。今はこういう立場になっちまった。そんな俺が金の為にお前さん達を助けるのもまた、因果な世界だよな」


「……」


「おっと、無駄話が過ぎたな。明日までに宿からも引き払っておけよ。俺達の方で安全な宿を用意しておいてやる。……話はここまでだ。明日、また会おう」


 そう告げた傭兵ギルドのマスターであるドルフとの会話を終え、二人は傭兵ギルドを出て宿に戻る道を歩いた。

 その道中に、エリクはアリアと話した。


「あの男、信用できると思うか?」


「……癪だけど、あの男が言っている事が事実なら、ゲルガルド伯爵の依頼金がある限りは信用して良いと思うわ。癪だけどね」


「そうか。……この状況は、賭けが上手くいったということか?」


「上手く行った、という認識でいいのかしら。……とにかく、今は信用してみましょう」


「ああ、分かった」


 そうアリアはエリクと話し合い、その日は宿に戻って休むことになった。

 既に夕暮れを越える空の下を歩いて宿に辿り着き、エリクとアリアは食事を取って荷物を纏めて寝た。


 その日の夜。

 アリアとエリクが眠る宿の部屋を外から見ている気配に気付いたのは、薄目を開けて座るエリクだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る