依頼の表裏


 傭兵ギルドの登録試験が次の日。

 宿に置いた荷物を全て持って、アリアとエリクは宿泊費を払い宿を後にした。

 世話になった酒場のマスター等に軽く挨拶し、今度は傭兵ギルドのマスターであるドルフに会いに行く。


 傭兵ギルドに着いた二人は、受付に赴いて鉄の認識票を受け取った。

 その際、受付から再び説明された。


「この認識票の再発行は、金貨百枚で受け付けさせて頂きます。また、傭兵ギルドに二年以上訪れない場合、その認識票の登録番号を消去させて頂きますので、御了承をお願いします。また、二年を経過してからの登録番号の再登録は、紛失した時と同様に、金貨百枚を頂きます。」


「はい、分かりました。それで私達は今日、ギルドマスターに呼ばれているのですが……」


「少々お待ち下さい。確認を取らせて頂きます」


 そうして受付の男性職員が下がると、数分後に戻ってきてギルド屋内の奥に再び案内されギルドマスターの自室に訪れた

 そこで待っていたドルフは、悪そうに微笑みつつ二人を出迎えた。


「おはようさん。随分と早いな」


「おはようございます。来るのが早すぎましたか?」


「いや、丁度良かったさ。まずは、お前さん達が泊まる宿の紹介状だ。受け取っておけ。そしてお前さん達が欲しがってた依頼を取って来たぜ」


 そう言ったドルフがテーブルの上に出したのは、一つの手紙と羊皮紙に書かれた依頼書だった。

 それを受け取って依頼の方を読んだアリアは、その内容を復唱するように述べた。


「……東港町ポートイーストから、南方大陸を経由してマシラまでの道中の護衛依頼。主な任務は魔物・魔獣と遭遇した際の討伐。盗賊・海賊の類と遭遇した際の撃退……。依頼報酬は傭兵一人当たり、金貨二十枚。定員は十名……。出発は、今から五日後……」


「どうだ、お前さん達が欲しがってた依頼だろ?」


「……確かに、そうですね。ありがとうございます、ギルドマスター」


「それじゃあ、その定員の中にお前達を入れておく。他にも俺が推挙する傭兵を入れておくから、同行者に関しては安心しておけ。それと、傭兵ギルド専属の宿屋パルプットって所にこの手紙を持って尋ねるといい。俺の紹介だと言ってそれを渡せば、豪華な二人部屋でも一人部屋でも入れてくれる。場所は中央通りから少し外れた、デカめの宿だ」


「……本当に、たった一日で用意してくれたんですね」


「当たり前だろ、これも仕事さ。白金貨一万枚の仕事だ」


 そう不敵に笑うドルフに渋い表情を見せたアリアは、持っていた依頼書と入れ替えるように手紙を受け取った。

 怪訝そうな表情を見せるアリアに、ドルフが付け加えるように言った。


「五日後の朝にリックハルトって商人が持ってる商船に行けば、護衛としてそのまま乗船できるように手配しておく。それまで準備なり何なりしてもいいが、悪目立ちはするなよ。お前さん達は一応、お尋ね者なんだってのを自覚しとけ」


「そんなこと、分かってますよ」


「さっきから棘がある言い方だなぁ。一応、俺はお前さん達を逃がす協力者だぜ? もっと信頼してくれよ」


「金でどちらにでも転ぶ人を、あまり信頼したくはないので。……あまり言いたくありませんが、私の父……ローゼン公爵がゲルガルド伯爵の依頼金より更に上の額を用意したら、私達を捕まえるんでしょ?」


「そりゃあ、まぁ。そうかもな」


「……それを嘘でも否定しない貴方を、信用したくもないわ」


「これは手厳しい御嬢様だ。だがまぁ、実際にそういうパターンもあるから気を抜くなよ。厄介事には出来るだけ絡まないでくれ。俺の方でも庇うのが難しくなる」


「……」


 苛立ちを表情に出すアリアは、受け取った手紙を持ってそのまま部屋を出た。

 それに追従して出て行こうとするエリクを、背後からドルフが呼び止めた。


「エリク」


「なんだ?」


「お前さん、どうしてあの御嬢様と一緒に逃げてるんだ?」


「雇われた。だから守っている」


「雇われたって、何を報酬に?」


「さぁ。俺にも分からない」


「分からないって……。あの有名な王国戦士のエリクが、何の報酬も無しに雇われるとは考え難いんだがな」


「アリアは、出世払いだと言っていた」


「出世払い……。クク、ハハッ! そりゃあいい。出世払いか。確かにそれは、期待してもいいかもな」


「?」


「あの御嬢様、帝国の慌てようと立場を考えれば、確かに出世はしそうだな。皇帝の弟の娘。皇位継承権は第三位の、次期女帝候補でもあるんだ。そんな御嬢様が出世払いで報酬をくれるっていうなら、良いモノが貰えるだろうよ」


「……」


「エリク。お前の方でも、あのお嬢ちゃんを見張っておけよ。正義感丸出しで見てられん。ああいうタイプは、自分で厄介事に巻き込まれて自滅するタイプだ」


「……そうか」


 そうした会話を終えたエリクは、ドルフの自室から出た。

 ドルフはコップに注がれた水を飲みながら、呟くように言葉を零した。


「……まぁ、厄介事に巻き込まれやすいのは、あの男も一緒か」


 そう呟いたドルフは、自室で自分の仕事に戻ろうとした。

 しかしもう一度開かれた扉を見たドルフは、再び現れたエリクを見て尋ねた。


「どうした、忘れ物か?」


「ああ、聞きたい事があった。……もう一つの依頼の方を、どうして選ばなかった?」


「!!」


「その方が、お前達には楽だろう」


「……何の事か、さっぱり分からんな」


「そうか。……アリアを逃がすという依頼書と一緒に、書かれていなかったか。逃がすのが難しい時、捕えられそうになった時。アリアを殺せという依頼も」


「……」


「昨晩から、妙な視線を感じていた。監視させていたんだろう、俺達を。そしていざとなったら、殺す気だったのか」


 監視者の存在に気付いていたエリクが、自らの思考のみでその結論に辿り着いた。

 そこまで見抜かれたドルフは、エリクが向ける殺気に気付き、冷や汗を流しつつ含み笑いを浮かべた。


「……気付いてたか。残念ながら、その通りだ。アリア御嬢様が帝国兵に捕まったら、あるいは捕まる前に、殺せという依頼も受けている。だから白金貨一万枚の仕事なんだよ。リスクがやべぇからな」


「……」


「安心しろ。お前さんを敵に回してまで、達成できない依頼はしないさ。……お前達を逃がす助力はしてやる。だから、ヘマはするなよ」


「……ああ、分かった」


 それだけ聞いたエリクは、再び扉を開けて部屋の外に出た。

 エリクの警告を直に受けたドルフは、僅かに震える手を握り締めながら耐えていた。


「アレが【黒獣】傭兵団の英雄エリクか。……怖いねぇ。油断も隙も無い。絶対に敵対したくねぇな」


 そして震える手でドルフはコップを持ち、水を飲んだ。

 怯えを含んだ溜息を、水と共に飲み込む為に。

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