魔法の代価


 度重なる魔法の行使で、体力と精神力のほぼ全てを使い切ったアリアが倒れ、丸一日が経過していた。


「――……ん……、あれ……?」


「起きたか、アリア」


「……エリク……。ここって……」


 目覚めたアリアが隣に座るエリクを見て、安心感を持ちつつ上半身を起き上がらせる。エリクは何かしらの薬を顔や各箇所に塗り、決闘での顔の腫れは既に引かせていた。

 アリアは朦朧とした意識の中で、周囲は石壁で覆われた部屋にいると自覚し、布張りの入り口が見えた。


「ここは、決闘をやった集落の家の一つだ」


「決闘……。ああ、そっか。私、魔法の連続使用と最上位魔法の行使で、倒れたのね……」


「最上位魔法?」


「えっとね……。現在、帝国で発見されている魔法の中でも、上位魔法を更に上回るのが、最上位魔法。私がブルズに最後に掛けた回復魔法が、それだったの」


「そうなのか」


「まぁ、具体的な凄さは、エリクにはよく分からないだろうけど。私でも一日一回で体力も精神力も全て持っていかれるの……。疲れたわぁ……」


 そうして溜息を吐き出すアリアは、エリクに静かに視線を向けた。


「エリク、あれからどうなったの?」


「俺も、よく分からない。奴等が何か揉めて、パールという女がここまでお前を抱えてきた」


「パールが? ……ねぇ。私が倒れて、何日経ってるの?」


「一日近く経っている。もう朝だ」


「……そっか。うーん、最短記録更新ね。最上位魔法を使うと、丸二日は倒れちゃう事があるから」


「そうなのか。なら、無闇に使えないな」


「ええ。出来れば使いたくなかったけど、そうしないとブルズが助からなかったし……」


 そうして言い訳めいた呟きを零す中で、アリアとエリクのいる部屋の入り口から、パールが顔を覗かせた。

 そしてアリアが起きているのを確認し、パッと明るい表情を見せつつ、部屋に入った。


「『アリス、起きたのか! 心配したんだぞ』」


「『ええ。難しい魔法を使って、体力と精神力を使い果たしちゃった』」


「『神の業を使う代価か?』」


「『うん。……って、神の業じゃなくて、魔法よ。魔法』」


「『アタシから見れば、もう神の業だ。死人同然のブルズを蘇らせたんだからな』」


 そうして微笑むパールはアリアと軽い談笑を続けた。

 そこで不意に何かを思い出すと、アリアはパールに聞いた。


「『パール。あの後、どうなったの?丸一日近く経ったらしいけど』」


「『アリアの神の業を見て、各部族の族長達と有力な勇士達が集まっている。倒れたアリアをこの場所で寝かせて、起きたら各部族が話が聞きたいらしい』」


「『そう。まぁ、そうなるだろうなってのは、覚悟済みだったけどね……』」


「『ブルズを蘇生させたアリアの神の業に、皆が始めこそ疑った。だが実際にブルズが起きて普段と変わらぬ様子だったから、ほとんどの部族達がアリアの使った魔法を、神の使徒が使う神の業だと判断したぞ』」


「『つまり、神の使徒としては疑われてないわけね』」


「『ああ。どうする? 起きたばかりなら、しばらく休むか?』」


「『ううん。向こうがお待ちかねなら、やりましょう。私が起きた事を伝えて、族長を集めておいて』」


「『そうか、分かった。少し待っていろ。準備が出来たら呼びに来る』」


 そうしてパールが部屋から出て行くと、アリアは溜息を吐き出しつつ、横で静かに聞いていたエリクに顔を向けた。


「これから森の部族の族長達を集めて、私と話をするんだって」


「そうか。……大丈夫か?」


「うん。それより先に、貴方の傷を治さなきゃね」


「俺は、後でもいいが」


「ううん。何が起こるか分からないし、貴方には万全の状態で守ってくれないと」


 アリアはよろめきつつ立ち上がり、隣に座るエリクの前まで立ち歩き、傷の状態を確認しつつエリクの体を触った。


「……凄い。アレだけ殴られたのに、骨が折れてない。ほとんど内出血に拳で切られた切り傷、軽く腫れてるだけなんて……」


「殴られてはいたが、相手の力を逃がしていた。軽く頭を回したり、体を浮かしたり、急所の打撃をズラしたりしていた」


「あの殴り合いの最中に、そんなことしてたの?」


「ああ。昔、習った」


「習ったって、誰に?」


「貧民街に来た、妙な男だ。体は細かったのに、何人もの男達を倒していた。俺はそいつに、戦い方を学んだ。今の俺がそいつと戦っても、勝てるか分からない」


「へぇ、そんな人もいるのね。世界って広いわ」


 そう話しつつ回復魔法を唱えたアリアは、エリクの体に残る傷を癒した。


 中位の回復魔法ミドルヒールで体の腫れや裂傷が全て治り、回復魔法を初めて受けたエリクは、立ち上がりつつ自分を動かして確認した。


「治っている」


「当然よ。私の魔法なんだから」


「そうか。……北港町やあの男を治した時にも思ったが、やはりアリアは凄いな」


「どうしたの、急に」


「俺はアリアに出会うまで、魔法を直に見る機会は少なかった。見ても、帝国や王国が行うのは、攻撃に行う魔法ばかりだった。……こんな魔法もあるんだな」


「光属性を扱える魔法師自体、結構少ないからね。希少属性の持ち主は、前線には出さずに後方で治療や魔道具の開発をする魔法師も多いし」


「……そ、そうか」


「はいはい、後で説明ね。分かってないのが丸分かりの困った顔をしないの」


 そう笑いつつ話すアリアの表情を見て、エリクは僅かに口元を微笑ませた。

 そんな二人が談笑して数十分後、パールが再び部屋に訪れた。


「『アリス、準備が出来た。族長達がお呼びだ』」


「『分かったわ』」


「『それと、エリオも呼んでいる。神の使徒に従う勇士だと、父さんが話していたようだ』」


「エリク、貴方も呼ばれてるって。呼ばれなくても、付いて来させたけどね」


「分かった。行こう」


 パールに導かれるように二人は部屋を出て、族長達が集う場所まで歩いて行った。

 そこに待っていたのは、センチネル部族の族長ラカムとマシュコ部族の族長ブルズを含んだ、各部族の族長達が八名。

 そしてそれぞれの部族が抱え持つ、パールを含んだ有力な勇士達が一名ずつ。


 合計で森の部族代表が十六名が集う場に、アリアとエリクは訪れたのだった。

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