神業を再び


 決闘を終えたエリクと、それを迎えたアリアとパールだったが、束の間の微笑みは他から聞こえる声で薄れた。

 ブルズが倒れている場所にマシュコ族が集まり、騒ぎとなっている光景が見えたのだ。それを見たアリアがエリクに聞いた。


「エリク、最後の一撃って……」


「ああ、胸の骨を砕いた。もう少しすれば、あの男は死ぬ」


「……」


 エリクが最後に放った強い踏み込みの右拳は、ブルズの巨体を浮ばせる程の打撃力を見せている。

 それに踏ん張りの無い身体で受けたブルズが、その後にどうなってしまうのか。

 トドメを刺した側のエリクは、正確に把握していた。


 そしてブルズの元に駆け寄る者の中に、涙を見せる女性達や子供達の姿があった。

 それが見えたアリアは、パールに聞いた。


「『あの人達って……』」


「『ブルズの妻達と、子供達だ』」


「『えっ、でも。ブルズは貴方を妻にって……。その為の決闘だったんでしょ?』」


「『森の外の者達はどうかは知らないが、森の部族は複数の妻を得られる。強い男ならば妻も多い。子供もな。多くの子供を残すのも、強い勇士の務めだからだ』」


「『……じゃあ、ブルズが死んだら……あの子達の父親が……』」


「『……』」


 無言で首を振るパールに、アリアはまたブルズの傍で泣いている妻である女性達と、同じように泣いている子供達を見た。

 倒れるブルズの身体を小さな手で揺らす子供達と、それを止めて泣き崩れる女性達を目にして、アリアは苦々しい表情を浮かべて目を伏せた。


 そして数秒後に再び目を開けた時には、アリアの口から溜息が大きく漏れ出た。


「はぁああぁ……。……ごめん、エリク。貴方の怪我は後で治すわ」


「……アイツを、治すのか?」


「だって、しょうがないでしょ。あんなの見せられたら、こっちの胸糞が悪くなるじゃないのよ」


「……そうか。なら、君に任せる」


「『パール。エリオをお願い』」


「『アリス?……お、おい』」


 そうしてエリクの元から離れたアリアが倒れるブルズに歩み寄って行く姿を見て、パールが呼び止めようとする。

 それを遮ったのはエリクであり、追おうとしたパールの腕を掴んだ。


「『エリオ、お前……』」


「……アリアの、好きなようにやらせればいい」


「『……そうか。アリスは、そういう奴だものな』」


 互いに理解できない言語で話しながらも、何を言っているのかが分かるように、この時のエリクとパールは意思を疎通できた。

 そしてブルズが倒れている場まで来たアリアは、群がるマシュコ族の面々に怒鳴りながら告げた。


「『貴方達、離れなさい!』」


「『な、なんだお前は……!?』」


「『いいから離れなさい! その男を助けたいならね』」


 凄まじい剣幕で怒鳴るアリアに、群がるマシュコ族達が思わず身を引く。

 ブルズの妻である女性達や子供達の中には、それでも離れない者も居た為、アリアは声を掛けて離れさせた。


「『今から私が、この男を助けるわ。だから離れておいて』」


「『そ、そんなの無理だ。口から、いっぱい血が……』」


「『肺に砕かれた肋骨が刺さってるのよ。それも治してあげるから、さっさと退きなさい。……貴方達の夫に、その子達の父親に、生きて欲しいんでしょ?』」


「『……ッ』」


 そう諭すように話したアリアの説得に、ブルズの妻達は子供達を連れて離れた。

 そしてブルズの状態を確認するアリアは、腕の脈を確認して、その腕を離して置いた。


「……ふぅ。これは、こっちも無茶やらないと、ダメかな」


 そうして諦めるように息を吐き出すアリアは、自らの身体に纏わせている闇の魔法を解いた。

 褐色肌と黒髪が緩やかに解け、この場に異端な金髪と白い肌のアリアが姿を見せた事で、周囲に居る者達が騒然となった。


「『あれは、森の外の者か……!?』」


「『髪と肌が一瞬で違う色に……。アレは何だ……!?』」


 騒然とした中で各部族達が騒ぎ出し、各部族の若い勇士達が自分の武器を持った。

 それぞれの勇士が決闘場へ降りて、真の姿を現したアリアの元へ駆け出そうとした時、それを阻んだのは棒槍を持って遮った、センチネル部族の女勇士パールだった。


 そのパールに各部族の若い勇士達が怒鳴った。


「『退け、パール!!』」


「『退かない』」


「『何故、森の外の者がここにいる。掟を破ったのか、センチネル族ッ!!』」


 パールにそれぞれの武器を向ける勇士達と、棒槍を構えて牽制するパール。

 その場に更に割り込んできたのは、パールの父親であるセンチネル部族の族長ラカムだった。


「『待たれよ、勇士達』」


「『族長ラカム、これはどういう事だ!?』」


「『センチネル部族は掟を破り、この場に森の外の者を連れて来ただけに飽き足らず、決闘の場を穢すとはッ!!』」


「『待てと言っている、小童共ッ!!』」


「『!?』」


 族長ラカムにも怒声を浴びせる若い勇士達だったが、その反論として凄まじい形相と表情を重ねた怒声を若い勇士達に族長ラカム自身が浴びせ返す。

 あまりの迫力に驚く若い勇士達は、口を閉じて険しい表情を見せる。

 そんな中で仲裁するように出てきたのは、決闘の審判を務めた壮年の男性と、その傍等に居る白髪の老人だった。


「『センチネル族、族長ラカム。これはどういうことか?』」


「『……大族長。ここは、あの娘に任せてもらいたい』」


「『どういうことかと、聞いている』」


「『見れば分かるとしか、我を含んだセンチネル族一同は言えない』」


 壮年の男性の呼び掛けに応えながらも、白髪の老人に向けて話し掛ける族長ラカムに更なる問い掛けを壮年の男性がしようとした時。

 白髪の男性が小さな身体で右手を掲げ、壮年の男性が発する詰問を止めた。

 それに壮年の男性は驚きつつ、白髪の老人に話し掛けた。


「『お、大族長……』」


「『……』」


「『わ、分かりました』」


 大族長と呼ばれる白髪の老人男性の無言の瞳を見て、壮年の男性は頷きながら若い勇士達を見た。


「『武器を下ろせ』」


「『しかし!!』」


「『これは大族長の意思だ。武器を下ろし、その娘がやることを見る。……ブルズは死ぬ。それに変わりはない』」


 大族長の命令を伝えた壮年の男性が、ブルズの状態から察して告げると、各部族の若い勇士達は武器を渋々ながら降ろした。

 同じく棒槍を下ろしたパールは、アリアの方へ視線を向けた。


 これだけ騒然とする中で、目を閉じたまま集中し魔玉が付いた短杖を構えながら何かを呟くアリアを見て、族長ラカムとパールはあの時の事を思い出した。

 アリアが使った、神の業を。


「――……『復元する癒しの光リストネーション』。『重ね輝きツヴァイ復元する癒しの光リストネーション』。『再生する癒しの光リジェネレーション』。『重ね輝くツヴァイ再生する癒しの光リジェネレーション』……『最高位たる世界の癒しエクシアルヒール』……ッ!!』」


 中位と上位の治癒魔法に続き、上位回復魔法を凌ぐ最上位の回復魔法を重ねて唱えたアリアが、その身に様々な魔力を宿して魔法を発現させた。

 そして魔力の光が倒れるブルズにも降り注ぎ、青と白が混じる神々しくも凄まじい光に包まれる。

 強く発光するアリアにその場に集う森の部族達が驚き、その光が何なのかに察しを得た者達は、センチネル部族を始めとして全員が平伏すように膝を着いた。


「『ま、まさか……』」


「『伝承に聞く、神の使徒か……?』」


「『そうだ。あの方こそ、神の使徒アリス様。我等センチネル族に助力してくれた、神の御使い様だ』」


 若い勇士達がアリアの正体に辿り着き、それを族長ラカムが後押しするように教える。

 掴んでいた武器を落とした若い勇士達が、驚きつつも平伏するように膝を地面へ着け、完全にアリアに対する警戒が違うモノへと変化した。


 そうして数分が経つ中で、様々な回復魔法を掛けられたブルズが、身体中に残す傷が消えていくのが見えた。

 砕けた肋骨と骨が刺さった肺さえ治し、身体中に残る血さえ一瞬で浄化する光景を見て、ブルズの妻達と子供達は驚きの目にしか向けられない。


 そして魔力の発光を終えたアリアとブルズに、周囲の者達は頭を上げてブルズの様子を見た。

 既に手遅れとさえ思えたブルズが、決闘を始める前のような綺麗な体に戻り、息を整えて寝ている姿。

 それを見たその場の全員が、内心の驚嘆を表情で露にして、息を呑む中で沈黙を守るしかなかった。


「『――……ハァ、ハァ。……これで、治ったわよ……』」


 まるで呼吸を止めていたかのように咳を切って息を吐き出したアリアが、周囲が理解できる言葉で話した。

 恐る恐るブルズに近付く妻達や子供達は、息を整え寝ているだけのブルズを見て、再び涙を見せながら体に触れた。

 それを見届けたアリアは口元を微笑ませつつ立ち上がったが、膝を立たせるより先に体が地面へ倒れる。

 それに気付いたパールが倒れるアリアを抱え支えた。


「『アリス、どうしたんだ! アリス!?』」


「……疲れ……たぁ……」


 その一言だけを残して気絶するように眠ったアリアに、パールは驚きつつも声を掛け続けた。

 そのアリアに森の部族全てが、視線を釘付けにされていた。

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