未承認の儀式


 薬が効いて熱がある程度まで引き、夜に再び目覚めたアリアに、エリクは今までの経緯を話した。


「――……と、いうわけなんだが……」


「……なるほど、ね」


「すまない。勝手に受けてしまった」


「ううん、私を助ける為にしてくれたんでしょ?」


「ああ。病気の事は、俺は詳しくないからな」


「私もよ。簡単な医学は習ったけど、魔法の治癒ばっかりで虫の毒なんて知らないもの。いつ虫に噛まれてたのかも、私には分からなかったわ」


「そうか」


「……それより、センチネル族ね。ここは帝国にとっては植民地で、元々住んでいた人間達が何処かに暮らしているとは聞いていたけれど、この樹海に部族単位で暮らしてたのね」


「君は、彼等をどう見る?」


「……話を聞く限りでは、私達を敵とは認識してくれてないだけ、遥かにマシね。この森に帝国兵が近寄らないなら、追っ手は来ないはず。お金という文化も無い物々交換が主流の人達みたいだから、私の懸賞金目当てで帝国に売り渡す、なんて事態も起こる可能性は少ないと思う」


「そうか」


「貴方が依頼を受けたのは、ある意味でナイスなタイミングよ。しばらく樹海の中で追っ手をやり過ごせるし、事が終わったら、樹海の抜け方も教えてくれるんだもの。それに、私が休めるわ」


「そうか。なら、受けておいて良かった」


 エリクとアリアは話しつつ、センチネル族の族長ラカムの依頼を受けた事にアリアは反対せずに同意した。

 それを安堵するエリクに対して、アリアは零すように話した。


「まだ、体に力が入らない……。魔法も、上手く使えない。魔法で毒抜きするのは難しいかも……」


「魔法でも、毒を抜けるのか?」


「毒を抜くというより、消滅させるの。上位の回復魔法だから、一日に何回も使えるわけじゃないんだけどね」


「そうか。……まだ熱も残っている。もう休んだほうがいい」


「……うん、そうする。……ねぇ、エリク」


「?」


「寝るまで、傍に居て欲しいな」


「……ああ、分かった」


 エリクの服の裾を掴んだアリアが、弱々しく頼む姿を見てエリクは了承した。

 そうしてアリアが眠るまで、そして眠った後も、エリクは傍に座って休んでいた。


 次の日。

 早朝に起きたエリクは、族長ラカムに連れられて村の中央に赴き、改めてセンチネル族全体に族長ラカムがエリクを紹介した。


「『――……今度のマシュコ族との決闘は、この勇士エリオが行う』」


 簡潔に事の経緯を樹海の部族共通の言語で話し、族長ラカムから村人達に伝えられると、村人の全員が顔を見合わせながらざわつきを強める。

 その中で村の中でも若い男衆の何名かが、エリクを見つつ異議を唱えた。


「『待て、族長ラカム。コイツは森の外から来た。部族以外から決闘する代表者を出すのは掟に反する!』」


「『そうだ。それに、森の外から来た外来の男に、我が部族の代表として戦わせるのは不服だ』」


「『我が部族の誇りを捨てるのか、族長!?』」


 こうした反論が幾数人かの若い男衆から飛び、周囲の老若男女の者達も頷きを見せる中で、族長であるラカムが真っ向から言葉で立ち向かった。


「『お前達が強ければ、お前達を決闘に出した。だが、お前達はパールより弱い。年老いた俺より弱い。だから一族の誇りと命運を賭けた決闘に出すには、族長として不安がある』」


「『……ッ』」


「『しかしこのエリオは、パールと一対一で戦い、難なく勝利してみせた勇士だ』」


「『!?』」


「『パールに一度も勝てないお前達と、パールに勝ったエリオという男。我が部族の命運を賭ける決闘を任せるのなら、勇士エリオに賭ける』」


 そう真っ向から若者達の反論を否定し、村一番の強さを持つパールをエリクが倒したという事を教え広めたラカムは、次の問題点を難なく解決してみせた。


「『しかし、エリオは森の外から来た。その男を決闘に出すのは、掟に反する。それは事実だ』」


「『だ、だったら……!』」


「『ならばエリオが、我がセンチネル族の一員になればいい』」


「『……え?』」


「『我が娘パールを、勇士エリオの妻に贈る』」


「『!?』」


「『そうすれば勇士エリオは、我の娘婿となる。つまり我等と同じ、センチネル族の一員だ』」


 顔を伏せながら嫌そうな顔で、エリクの隣に族長の娘パールが歩み寄る。

 センチネル族一同が唖然とする中で、樹海部族の言語を理解できないエリクは何も理解しないまま、族長の娘であるパールを妻に迎える事となってしまった。


 その後、反論していた者達が完全に沈黙するが、男衆から睨む視線が一層強まった事を感じたので、エリクは理由を族長であるラカムに尋ねた。


「どういうことだ?」


「心配ない。お前の戦いを見れば、皆が納得する」


「そ、そうか……?」


 そう納得させられたエリクは微妙な違和感を残しつつも、センチネル族全員への自己紹介を終えた。

 そしてその日の昼には、何も理解していないエリクは、ささやかながらも宴のような場を設けられ、その席に参加する事となった。

 土器の皿に注がれた水を、パールは嫌そうに飲んだ。

 そしてその皿をエリクにそのまま渡し、ラカムがエリクに全て飲み干すように伝える。

 エリクは理解できないままそれを飲み、全て飲み終えた後に、村で狩猟をして得ていた肉や魚の焼き物が出てきた。


 そうしてささやかな宴が始まり、夕方には終わった。

 その宴が自分と族長の娘パールとの結婚の儀だという事を、エリクは知らないままで。

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