決闘の依頼


 樹海の中に存在するセンチネル族の村に、熱を出したアリアを抱えるエリクが訪れた。

 そこには森で出会った褐色の親子同様、独特な民族衣装を着込んだ褐色の人間達が五十人単位の生活をしていた。

 その中を案内されるエリクは、周囲の者達の視線が集まる中で、前を歩いて案内する褐色の父親に話し掛けた。


「これが、お前達の村か」


「そうだ」


「少ないな」


「我等は森の中に住む。外来人のように、数は多くはいない」


「そうか」


 そう教える褐色の父親と会話しつつ睨む褐色の娘の視線を感じながら、エリクはとある家に辿り着いた。

 家と呼ぶには不恰好な木を寄せ集めた家で、天井に魔物か魔獣の毛皮をなめした革を覆い被せた、とても簡素な家に見える。

 その中に褐色の父親と娘が入ると、エリクは何も言わずに入り口となる場所を通り、家の中に入った。


「お前の連れは、そこに寝かせろ」


「……ああ」


 褐色の父親に促され、枯れた草葉の上に毛皮を敷いた場所の上に、抱えるアリアをエリクはゆっくり降ろした。

 昨晩よりも高い熱を出しているのか、頬を紅潮させ息を荒くし汗を流すアリアの様子に、エリクは褐色の父親の方を見た。


「それで、薬は?」


「ある。だが頼みがある。それを約束してくれるのなら、薬を施す」


「……なんだ?」


「お前達をしばらく見ていた。お前は強い。我等が部族の誰も敵わない。我が娘も部族の中で最も強い勇士だ。しかしお前に勝てなかった」


「……その女は、この村の中で一番強いのか?」


「ああ。だから強いお前に、頼みたい」


「何を頼むんだ?」


「他の部族が集い、一族の代表者同士で決闘を行う。その決闘にお前が我が村の代表として出てくれ」


「……なに?」


 唐突な頼みに訝しげな顔を浮かべるエリクが、褐色の父親に向けて疑問を述べた。


「そんな決闘なら、お前の娘を出せばいいだろう。村一番の強さなら」


「女は参加できない。男の勇士で戦う決闘だ」


「なら、お前が出ればいいだろう」


「我は歳で弱くなった。今は娘よりも弱い」


「……俺はこの森の外から来た人間だ。その決闘に、俺が出てもいいのか?」


「お前の容姿は、我等と似ている。我等の服を着て顔料を塗れば、一族の者だと思われる」


「……どうして俺に戦わせる? 村の者ではない俺を出さなければならぬほどに、勝たなければいけない理由があるのか」


 そう聞いたエリクの言葉に、褐色の父親が目を伏せつつ深呼吸し、そうしてまでエリクに頼む理由を話した。


「森の部族は、強い者が弱い者を取り込む。他の部族は我等の倍以上の人数だ。数で戦えば、我等センチネル族は負ける」


「……」


「だが、互いに多くの血を流すのを良しと思わなければ、族長ぞくおさの意志と望みで決闘が行われる。部族同士が争う場合、我等や他の部族は、代表の者同士で決闘という形で戦いを行うのが習わしだ」


「つまり、俺に決闘の代理人になれと言っているんだな」


「そうだ。我等が負ければ、相手の部族の下に付く。属族となって、相手の部族の為に我等が男が狩りをして働き、女を相手の部族に差し出さなければいけない」


「……」


「頼む、強き男よ。我等の代わりに、決闘に出てほしい」


 頭を下げて地面へ額を付ける褐色の父親に、エリクは少し悩みながらも横で苦しむアリアの様子を見て、決断した。


「……分かった。俺が代わりに戦おう」


「!」


「だから、この子に薬をやってくれ」


「ああ。分かった」


 頼みを受諾したエリクは、その引き換えとして薬を求めた。

 褐色の父親は頷きながら、戸棚に置いた土器の壷を取り、蓋を開けて緑色の薬を出した。


「これが薬だ」


「どうやって使う?」


「お前の連れは、森の虫に噛まれた毒にやられている。噛まれた場所に薬を塗り、水で溶かした薬も飲ませる。それで数日経てば、動けるようになる」


「毒か。何処を噛まれている?」


「赤く腫れた部分を探せ。そこが噛まれた場所だ」


 そう教えられたエリクは、服の隙間から見えるアリアの肌を見て噛まれた痕を探した。

 そして首筋の裏部分が赤くなり、僅かに腫れているのを確認した。


「首の裏が、赤く腫れている」


「そこだな、薬を塗る。お前が塗るか?」


「ああ」


「なら、薬を入れた水を用意してくる」


 そうしてエリクは頼みを受け、発熱するアリアの治療を受けさせた。

 首筋に薬を塗り、薬の入った水を飲んだアリアは、少し経つと荒々しい息が整えられた寝息に変化し、溢れるような汗が引くのが分かる。

 先程よりも熱が落ち着き、容態が安定したアリアに安心するエリクは、再び尋ねて来た褐色の父親を見ながら話した。


「確かに、薬が効いたな。……お前は、この村の医者か?」


「我はこの村の長、名はラカムだ。こっちは娘のパール。お前は?」


「……俺は、エリオという名だ」


 ラカムと名乗るセンチネル族の長に、偽名の方を教えたエリクだったが、その名前を信じたラカムがエリオと呼びながら話した。


「エリオ。約束を果たしてくれ」


「……分かった。やろう」


 こうしてエリクはアリアを助ける為に、センチネル族が行う決闘の代表として選ばれた。

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