5-4
俺には二つ年上の兄、一樹がいた。その頃の苗字は白石。
昔は兄の後ろをよく付いて歩いた。傍目に見ても仲がいい兄弟だったと思う。どこへ行くにも一緒で、たまにウザがられる時もあったけど、よく面倒は見てくれていた。
俺も兄を慕っていたんだ。
でもいつからか、両親は俺にばかり構うようになった。
こう言っちゃなんだが、兄は全てにおいてが十人並みだった。少なくともあの頃の俺は勉強も出来て、スポーツの成績も良い方だった。
やがて勉強もしなくなった兄を、両親は興味をなくしたみたいに冷たくあしらうようになっていった。兄はその鬱憤を晴らすかのように、万引きや悪戯、喧嘩などの非行に走りだした。
共働きで忙しかった両親が、それの尻ぬぐいをさせられる日々に疲れているのが、子供ながらに分かるほどやつれていった。
そんなある日、俺は台所でジュースを飲んでいた兄に言ったんだ。
「親に迷惑をかけるのはやめたら」
すると兄は、「お前がいなければこんなことにはならなかったんだ」聞いたこともない低く静かな声でそう告げると、包丁立てから牛刀を引き抜き、俺に向けて構えた。
初めはなんの冗談かと思った。けれど、焦点の定まっていない虚ろな目を見た時に、この上なく恐怖を感じたんだ。
逃げなきゃ殺される、そう直感した。
包丁を振り回しながら追いかけてくる兄から逃げながら、俺は必死に思考を巡らせた。
どうすれば死ななくて済むか…………。
後のことを考えた時に、なぜか俺は『戦わなくちゃ』って、そう思ったんだ。戦いに勝てば黙らすことは出来るんじゃないかって。
だから逃げながら俺も、なんとか果物ナイフを手に取った。取ったまではよかった、けれど、無防備に半身を曝していたことに気づかなかった。
そのまま俺は、兄の持つ牛刀に右の脇腹を刺された。
不思議と痛みまでは覚えていない。
けれど、両親に迷惑をかけるような奴に殺されるのだけは嫌だと思った俺は、咄嗟に兄を刺し返していた。鳩尾の辺りだったと記憶している。
だがその直後、体が徐々に冷え、血液とともに力が抜けていく感覚に見舞われた。
痛みに呻く兄の泣き声を遠くに聞きながら、やがて俺は意識を失った。
――長い永い夢を見た。
小高い丘まで延々と続く綺麗な花畑。
匂いのない世界をただ一人、丘の上を目指して歩き続ける。
しかし頂は見えているのに、そこへ向かって歩いているのに、ぜんぜん距離が縮まらない。鳥や蝶に追い越されて、やがて歩き疲れた俺はその場で座り込んだ。
その時一陣の強い風が吹き抜け、咲き乱れる花を一気に散らす。俺を置き去りにして、丘の方に向かって流れていく色とりどりの花びら。
全てが消え去り、後に残ったのは、裸の大地に座り込む自分一人だけ。
寂しくて泣いていると、傍らに一厘の花が咲いているのを見つけた。名前は知らないけど、綺麗な花だった。その花に触れた瞬間、天地が逆さになり、俺は空に落ちた――。
後からそれが、臨死体験であったことを知った。
夢から覚めた時、俺は真っ白い病院の部屋の中にいた。消毒の臭いがしたのはよく覚えてる。
意識を取り戻した俺に、「よかった」と泣きついてきた母親。「零司が助かって」と安堵し付け足すように呟いた父親。聞けば三日も眠り続けていたらしい。
寝起きでぼんやりとしながらも、そういえば兄はどうなったのかと疑問を抱いた。
父親の言葉からなんとなく想像はしていたが……。
兄の死を知らされたのは、目覚めてから三日後のことだった。その間、俺は何度もあの日の出来事を夢に見ていた。白黒の世界。兄に刺された俺が、兄を刺し返す夢。
だから死を知った時、それほど驚かなかった。仲がよかった頃がまるで嘘のように、悲しみもなにもなかった。ただの過去と化していたんだ。その過去が、それからの自分を時々苦しめることになるとは想像できなかったけど。
入院生活はひどくつまらないものだったが、それに耐えた俺はすっかり快復し退院することが出来た。
けれど一つ気がかりがあった。
入院中に何度か夢に見た内容。まったく知らない他人の事故死だったり、犯罪の瞬間の映像。
砂嵐みたいなノイズ交じりの出来事その全てが、ニュースで事件事故として報道されたんだ。
実家に戻ってからも幾度もそんなことがあった。それを親に話しても信じてくれなかった。
そんなある日。
近所のおばさんがトラックに撥ねられ、死ぬ夢を見た。ただそれだけでは信じてもらえないと思い、どこを骨折し内臓はどうなり、顔がどうなったのかを詳細にメモに残して親に見せた。
後日、本当にその通りになった時の、絶望交じりの驚愕した顔がいまでも忘れられない。
それからも、俺は両親に何度かそんなメモを見せた。自分はこんな特殊な力がある、その時の俺は、特別な気がして浮かれていたんだと思う。
両親が気味悪がり、俺との距離を置いていることにも気づかないで……。
そして俺は、「良い処に連れて行ってあげる。着くまで目隠ししていなさい」そう言われ、目隠しをされたままどこか知らない場所に連れていかれた。
車から降ろされた俺は、目隠しを外すことも許されないままベンチに座らされた。徐々に遠くなっていく両親の声、離れていく車のエンジン音。
音が聞こえなくなったことに不安を感じた俺は、外すなと言われていた目隠しをとった。ぼやけた視界の中、やがて焦点が定まっていく。像として脳が得た場所は知らない公園だった。人っ子一人いない、寂れた公園。
夕焼けの橙色と夜の暗灰色が交じったような不気味な世界で、ただ一人ベンチに座っている。お化けにでも遭いそうな心細さの中、俺は必死に両親を探した。けれど見つからなかった。
俺はその時初めて、自分はいらない子になったことを理解した。
見知らぬ場所で、たった一人でどうすることも出来なくて。俺はブランコに腰かけて泣いた。
泣いたところで誰も助けてはくれないだろう、家にも帰れず食べるものもない。自分はここで死ぬんだ。絶望という言葉の意味を識った瞬間だった。
ようやく涙も枯れた頃。
ザッザッと砂利を踏みしめる足音が、こちらに向かって歩いてくることに気づいた。街灯を背にする影が足元まで伸びてきて、その足音は、俺のすぐ側で止んだ。
非行少年を注意しに来たお巡りさんかと思い顔を上げると、中学の制服らしきものを着た黒髪の女の子が立っていたんだ。
「――そこ、あたしの特等席なんだけど?」
それが麗華との出会いだった。今にして思えば、なんて第一声だと突っ込みたくなる。
嫌なことがあるといつもここへ来て星を見上げると、この時の麗華はつまらなそうな顔をして言っていたっけ。
こんな辺鄙なところでどうしたのか聞いてくる麗華に、自分がどうしてこうなってしまったのか。泣いたことでクリアになった頭で順序立てて説明した。
兄を殺したこと、刺され意識を失っていた時に夢を見たこと、それ以降見るようになった予知夢を、気味悪がられた両親に捨てられたこと。
最初は麗華も驚いた顔をしていたけど、とりあえず家に来るよう言われ俺は黒羽家へ。
両親と話した方がいいと黒羽の父に説得され、後日、覚えていた住所に麗華と向かったのだが。そのアパートは空き部屋になっていて、白石の表札も見つからなかった。
どこにも行く当てがない俺を見かねて、黒羽家はしばらく預かると家に置いてくれたんだ。
麗華とも仲良くなって、それが当たり前のように錯覚するほど、俺はすっかり黒羽家にいついていた。黒羽の父は、「こんなにも楽しそうな麗華は見たことがない」と驚いていた。
それから数カ月後。色々と手続きをしてくれた黒羽家は、どこの馬の骨とも知れない俺を養子として迎え入れてくれたんだ。預かったのも何かの縁だからと。
それに際して、麗華がずいぶんと骨を折ってくれたらしいことを父に聞かされた。
「――そうして俺と麗華は、姉弟になったんだ。これは美夜も知らない話だ」
兄を殺した過去があることを打ち明けた辺りから、神崎は体を向けて真面目に聞いてくれていた。自分に関係するあの女が、殺人をしていることを分かっているからだろうか。どこか辛さを滲ませる、憐憫のようなものを感じさせる表情で。
「……どうして、そんな話をいま私にするんですか。あなたにとってそれは、知られたくない過去でしょう」
「大した理由はないよ。ただ、人間は独りじゃないって言いたいだけだ。俺に姉さんがいてくれたように……。問題を一人で抱え込む必要なんてない。身近に頼れる奴がいないなら、俺たちを頼ればいい。それに、神崎に聞いておいて自分だけってのは、フェアじゃないからな」
「理由はありましたね」
「……揚げ足を取らないでくれよ」
まいったなと首筋を掻きながら口にすると、「ふふっ」と久しぶりに神崎から笑みがこぼれた。ピリッと張りつめていた緊張がゆるんだ気がする。
視線を下げ、なにやら逡巡すると、
「……私の話を、聞いてくれますか?」
顔を上げて、まるで懇願するように眉をひそめ問うてきた。
俺は黙ったまま、もちろんと静かに顎を引く。
「あの子は、私のクローンなんです」
別に驚きはしない。過去夢で神崎岳人がそんなことを言っていたし、実際に目の当たりにもした。確信まではなかったが、そうだろうなと思っていたから。
そこでわざわざ話の腰を折ることはせず、つらつらと語りだす神崎の話に耳を傾ける。
「――幼い頃、おままごとのセットだと思ってペティナイフで指を切ってしまったことがあるんです。聞きつけた母は慌て私の指を洗浄し、急いで絆創膏を貼りました。翌日、絆創膏を張り替える際に母は傷口を確かめました。すると、あるはずの切り傷がなかったんです」
昨日見た夢の内容と酷似している。おそらくその時の光景だったんだ。
「母は父に知られないよう、特異体質であることを隠すようにと強く口止めしました。このことが知れれば、お金のことしか考えていなかった父が私をどうするかを母は心配したんです。けれど、父に知られるのも時間の問題。偶然似たような状況になった時、そこにいたお手伝いさんの一人が、そのことを父に告げ口したんです」
神崎の体に不思議な力があると知った岳人は、借金をして設備投資し、神崎の体を調べ尽くしたそうだ。
「すると分かったんです。私の血液に、傷や病への治癒能力を高める成分が含まれていることが」
なるほど、と得心した。靴擦れの跡が綺麗さっぱり消えていたのもそういうことだったのか。
岳人はそれを抽出し、小さな軟膏として闇市でセリにかけた。すると思った以上の金額で落札され、金になることを知ってしまったのだ。
味を占めた岳人は、さらに開発を進めようと神崎から採血をする。しかし、人間である以上採血量には限度がある。思うように改良の進まないことに苛立ちを覚えた岳人は、軟膏の売り上げ金で更なら設備充実を計り、表向きは薬品会社を装ったクローンの地下研究所を新設する。
神崎の血液から抽出した成分から、細胞の活性化等の効果も実証済みだった岳人は、それを用いてクローン研究を推し進めた。
結果、生まれてきたのが、あの銀髪の神崎そっくりな試作体というわけだ。
「……やっぱりブリードって薬は、あのクローンから?」
「そんなことまでもう知っているんですね。……父は成功したクローンから採血し、更に改良を加えました。そうして出来た薬が、ブラッドビーチ。通称『ブリード』と呼んでいるものです」
神崎のDNAから生まれたクローンは、もちろん神崎と同様の治癒力を持っている。神崎と違うのは、血液を採取するためだけに造られたため、一日の採血量が常人の五倍でも死なないということらしい。
「私が彼女を初めて見たのは九歳の頃で、地下研究所に連れられた時でした。その頃すでに彼女は二歳くらいでしたが、その子が私のクローンだとは知らされなかった。ただ、自分によく似ているとは思ったんですが。……腕に注射の跡があったので、あの頃からすでにある程度の採血はされていたんだと思います」
クローンという言葉もあまり聞き馴染みのない時分だろう。言われなければ分からないし、例え知っていたとしてもピンと来ないかもしれない。
クローンとはいえ、そんな幼少期からすでに採血されていたと知った時は、神崎もさぞ複雑な気分だったろうな。
「似ているってことは、神崎の髪の色はもともと銀髪なのか?」
「はい。生まれつき髪の色素が薄かったんです。いまは染めていて黒いですけど」
だから俺の部屋にカラー剤があったのか。
神崎の特異体質をそのまま受け継いでいるクローンが銀髪なのだから当然か。クローンの存在を疑った時に気づくべきだったな。確証はまだなかったとはいえ。
だがこう話を聞いていると、母親の激昂に共感を覚える。娘をただの金を稼ぐだけの道具としか見ていないことを知ったら、愛情のある者なら怒って当然だ。
母親のことは……あえて触れることもないだろう。
「でも、容姿は似ていても同じではないんです。……彼女は生まれつきテロメアが短いらしくて、寿命は九年ほどだそうです」
神崎が九歳の頃にクローンは誕生した。そして、一年で普通の人間の二年ぶん成長するらしいことを知る。ということは、十八歳までしか生きられないということになる。
待てよ――。
俺が公園で出会った時、あのクローンは神崎とそう年齢が変わらなそうに見えた。
「神崎、お前いま……いくつだ?」
「……十八歳です」
「てことは、あのクローンは……」
「――――九歳です」
神崎は力なく頭を垂れ、現実から目を逸らすように瞼を閉じた。
あの夜に見た予知夢、クローンの死は近い内に起きる出来事だったんだ。
「あの子の命はもうすぐ尽きます。だからその前に、籠の鳥だったあの子に……外の世界を見せてあげたかったんです。でもまさか、人の血が必要になるなんて思いもしなかった。……私は……私はただあの子に、普通の余生を送らせてあげたかっただけなのに、こんなことに……」
神崎は罪の意識に責め苛まれるように、声を震わせ涙を流した。
採血されるためだけに生まれた存在。血に飢えるまるで吸血鬼のような特性を持ったのは、その反動故なのだろうか。
犠牲となった六人は、もう戻ってこない。
死が近いクローンに対し、神崎のしたことが本当に正しいことなのか、俺には分からない。
普通の生を知って生きたいと願ったとすれば、死ぬことへの恐怖が増すだろう。どうして自分はこんな生まれ方をしたのか、自棄になってもおかしくない。それはとても残酷なことのように思える。
けれど、あの日見た夢の中で、神崎のクローンは笑っていた……笑っていたんだ。
「でもそうか……こういう言い方をしたくはないけど、神崎の血液じゃあいつを維持出来なかったんだな」
「……どうして、知ってるんですか?」
「見たんだ、昨日の夜。お前が公園で、あいつを抱きながら泣いてる夢を。その中で、お前が自分の手首をナイフで切ろうとしたのを、あいつが止める一幕があった」
寿命だからということもあると思うが、たぶんそれ以前に無駄なことだからやめろってことなんだと、いまにして思う。
それに自分のために傷つくのを、クローンは見たくなかったんだろう。
今際の際に、自分を生み出す要因となった相手に対して笑顔を向けられるやつだ。他人を思いやれる、根は優しいやつなんだと思う。
涙跡を伝う一筋の水の流れ。神崎は溢れ出んばかりの涙を瞳に湛えたまま、俺を見つめていた。
「お前に罪があるかなんて、俺には何も言えないし分からない。きっと誰にも言えないことだと思う。殺しをしたのはクローンだからな。けどそのクローンだって、殺したくて殺したわけじゃないだろう。だからと言ってそれが罪にならないなんてことは言わないけどさ」
わずかに頷いた拍子に、神崎の目から涙がぽろりと零れ落ちた。
まるで判決を待つ受刑者のような在り方に、ずくりと胸の痛みを覚える。が、俺は裁定を下す側じゃない。そんな立場にもない。
心に傷を負っている者同士、今はその心に寄り添ってやりたいと思っている。
赦してやれるのは、いまそれを知ってここにいる俺だけだから。
麗華が俺を、赦してくれたように……。
俺は小さく頭を振り、そして静かに告げた。
「お前たちはなにも悪くない。悪いのは、お前の血を悪用した神崎岳人だ。お前が赦しを求めてるんなら、クローンの分まで俺が赦してやる。だから、気に病むなよ」
――失われた命を忘れずに、生きろ。
神崎は、両手で顔を覆って泣いた。人前であることも憚らずに、声を上げて。
落ち着くのを待つ間、俺はこれからどうするかを考えていた。
あの銀髪が神崎のクローンだったことは分かった。ブリードの正体が、そのクローンから採血された神崎の血の成分で作られた薬であることも。神崎岳人が大金を叩いてまで、渚砂を探せと言った理由も話を聞いて理解した。けど、肝心な部分が空白だ。
パズルは完成間近ではあるが、最後のピースが欠けている。
帯刀が神崎を探す理由だ。初めは岳人と同じだと思っていた。主人の目的を達成するために、自分も尽力しているのだと。
けど美夜を攫って寄越した手紙から、帯刀の目的は別にあるような示唆を得た。
尾けていた時に電話越しに聞こえた試作体という言葉。たぶんクローンを探していた時は、見つからないまま人目に付くところで死んだ場合、神崎に余計な火の粉が振りかかることを危惧していたんだろう。血眼にもなるはずだ。それがいつからか、探す対象が神崎になった。
憂慮がなくなったのか、シフトせざるを得なかったのかまでは分からないが……。
ふと、窓際へ目をやる。
ブラインドのわずかな隙間から覗いた外は、すっかり夜の帳が下りていた。
重くはないが気まずい沈黙の中、いつの間にか落ち着きを取り戻していた彼女へ訊ねる。
「そういえば神崎は、帯刀と連絡を取ってたりするのか?」
「帯刀さんからはたまに手紙と生活資金が送られてきます。特定の曜日に偽名の私書箱宛てへ。内容はあの子がどこに居ただとか、見つけたといったものでした。あの夜も、私書箱に手紙がないかを見に出ていたんです」
なるほど、そういうカラクリだったのか。麗華に返したおつりがきっちり揃っていたのに、どうりでカラー剤を購入出来たわけだ。
深夜なら人目も少ないだろうし、暗さも手伝ってバレるリスクも低いだろう。
しかし私書箱に手紙とは、ずいぶんとアナログだ。でも偽名なら探られる心配もなさそう、か。あの神崎岳人だったら、娘に持たせる携帯にGPSの設定くらいはしそうだしな。携帯を持っていないところを見ると、そういうことも考えた上での選択だろう。帯刀の入れ知恵か。
「……一つ聞くけど、帯刀が美夜を攫ったことは知ってるか?」
「攫った? 帯刀さんが、美夜さんをですか? ……いえ、初めて聞きました」
知らなかった……?
嘘か真か探るため、俺は神崎の瞳の奥を覗く。闇い部屋には、心許ない蝋燭みたいではあるけれど、確かな明かりが灯っていた。揺らぎはない。嘘は吐いていないと思う。
でも、神崎にも秘密にする理由は……。
やはり何か目的を持って行動しているらしいことは明白になった。
それが何なのか、美夜を攫ったことすら聞かされていない神崎に問い質したところで、なにも知れないだろうが。
理由も目的も分からないことにもどかしさを感じる。それさえ分かれば、なにか手の打ちようもあるかもしれないのに。
……帯刀もなにかを、一人で抱え込んでいるのだろうか。
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