第二章 試作体
2-1
大抵の場合、夢は連続性のないものだ。
中でも同一人物の夢を見ることはごく稀で、今までも片手で数えるほどしかない。その上、予知夢であるならなお更だ。
しかし、その稀少で貴重な夢を、俺は今まさに体験していた――。
ノイズ交じりの世界。蝋燭の揺らめく、夜景を一望出来る部屋の一室。その窓際で、一人の女が夜の街を俯瞰していた。
髪は背中の中ほどまで伸びる銀髪。薄ぼんやりとガラスに映る瞳は燃えるような真紅。真っ白のバスローブ一枚纏った格好で腕を組んでいる。
(間違いない、あの女だ)
しかし以前とは様子が違っていた。表情には影が差し、そこに不敵な笑みはない。窓ガラスにもたれ掛かる横顔は、憂いを帯びているようにさえ感じる。
綺麗。そんな感想が素直に頭に浮かぶほど、彼女はこの世ならざる幽玄の美を湛えていた。
思わず見惚れていると、突然、彼女の顔を微かに映す窓ガラスが曇り始めた。
「はぁ、はぁ」と呼吸する肩は次第に激しく上下動。胡乱とした目が室内を彷徨い、備え付けの丸テーブル上で止まる。俺も目で追うと、なにやら密封パックされた赤い液体が置かれていた。
覚束ない足取りでテーブルまで歩き、彼女はパックを手にする。傍らに置かれていたグラスに向けパックを握りつぶすと、勢いよく液体が注がれた。
じゃっかん粘性があるのだろう。見るからに清涼飲料水の類ではない。
震える手でグラスを掴み、それを一気に仰ぐ。傾け過ぎたせいか、勢い余って口元から液体がこぼれた。彼女は構わずごくりと喉を鳴らして嚥下する。
呼吸はゆるやかに正常に戻り、苦悶の表情はやがて凛々しいものへと変貌した。
(薬かなにか、か?)
においまでは感じられないところが夢の欠点だ。仄暗い室内では、視覚もあまり頼りにはならない。目が慣れるということもなく、何故か定位置からしか傍観できないことももどかしい。
女はグラスをテーブルに戻すと、椅子に沈み込んだ。「ふぅー」と大きく息を吐き、そして足を組む。
「また、狩りに行かないと……」
天井を仰いで呟いた言葉は、気だるげで覇気がない。
狩り。ということは、やっぱりこいつが犯人なのか? ノイズと暗がりで顔が朧げだが――。
少しでも何か手がかりを得ようと目を這わせていると……そこで、気づいた。
肌蹴たローブの裾から覗く白皙の太もも。細すぎず太すぎず。むちりとしたその艶かしい内腿に、小さな痣が見て取れる。
(……蝶?)
まるで標本が高値で取引されるような、美しい蝶の紋様が刻まれていた。
それを確認した直後、砂嵐のノイズは酷さを増し、視界が徐々に黒く侵食されていく。
(クソッ、時間か…………)
やがて完全にブラックアウト。夢の意識は混濁し、深く深く闇に溶けていった。
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