6夏休みと帰省➁~汐留悠乃の実家~(2)

「いらっしゃい。雲英羽さんも喜咲ちゃんも陽咲ちゃんも、どうぞ上がって上がって」


「お邪魔します」


 お盆のちょうど真ん中あたりに悠乃たちは、悠乃の実家に帰省していた。


「おお、来たか。ちびたち。少しは大きくなったか?」


 悠乃の両親の実家には、両親の他に、悠乃の弟が住んでいた。悠乃とは五歳ほど年が離れていたが、喜咲たちが幼稚園に上がる頃には、すでに成人済みだった。しかし、悠乃の弟は俗に言う引きこもりで、高校卒業後、就職先を一カ月で辞めてしまい、それ以来、ニート生活を送っていた。定職にはつかず、バイトをしながら親のお金で暮らしていた。


 弟のことは、悠乃たち家族の大きな悩みの種だった。すでに成人済みの息子が定職にもつかず、親のお金で暮らしている。何度も定職に就けと両親が説得しても、そのたびにのらりくらり交わされて、どうにもならない状態が続いていた。


 そんな弟の部屋には、壁の本棚いっぱいに美少女のフィギアが置かれていた。どれも露出度が高く、ほぼ裸状態のものもあった。




「久しぶりだな、相変わらず家に引きこもりの生活をしているのか?いい加減に自立したらどうだ」


「悠乃兄に言われたくない。僕は悠乃兄みたいに優秀じゃないし、それに、女性に妥協はしたくないからね。でも、もったいないよね。女子からモテモテだった自分の兄が、何をとち狂って、そこの地味女と結婚したんだか。弱みでも握られたの?弟として悲しい限りだよ」


「おまえ、いい加減にしろよ!雲英羽さんはとてもいい人だ。今の言葉を謝罪しろ!」


「気にしないで、悠乃さん。それと、義弟さん、私は悠乃さんの弱みは握っていないから安心して。それに」


 こっそりと悠乃の弟の耳もとでささやく雲英羽の言葉を悠乃は聞き取ることができなかったが、その言葉に弟の目は大きく見開かれた。彼女の言葉に驚きを隠せないようで、何を言ったらいいのかわからず、口をパクパクさせていた。そして、少し目をつむってから、はあと大きなため息をつく。


「悠乃兄、オレ、誤解してた。お兄にそんな趣味があったなんて。オレも人には堂々と言えない趣味があるからな。うん。ごめんなさい」


「そうか、わかってくれたならいいけど。とりあえず、俺ではなくて、雲英羽さんに謝ってくれ」


「雲英羽さん、すいません」


 突然の態度の変わりように悠乃は困惑していたが、特に言及することはなかった。



「申し訳ありませんね。うちの愚息が失礼なことを言いまして。こんなところで長居はさらに失礼になりますので、ささ、上がってください」


 悠乃の母親の言葉に、ようやく悠乃たちは玄関から上がり、部屋に踏み入れるのだった。






「そういえば、悠乃、雲英羽さん、聞いて頂戴。うちの田舎に、彼らが来てくれるのよ。すごいでしょう!これを見て!」


 畳の間に案内された悠乃たちが用意された座布団に座ると、同時に悠乃の母親が興奮気味に話し出す。悠乃たちに一枚のチラシを見せてきた。


『相撲の地方巡業?』


 悠乃と雲英羽が声をそろえ、チラシに書かれている内容を口に出す。


「そうなのよ。何しろ、うちの田舎には昔、有名な力士が出たのよ。その彼の死後五十年ということで、特別に回ってくれるそうなの。来年の四月に春巡業としてくるのだけど、今からそれがとても楽しみで」


「そうなんですか。すいません。私、相撲については詳しくなくて」


 雲英羽が申し訳なさそうに口を開くが、悠乃の母親は気にしない様子で、興奮状態で相撲の魅力を全力で語りだす。悠乃は苦笑いをしているが、止めることはしなかった。こうなった母親を止められないと知っていたからだ。


「相撲というのはね、日本の伝統的なスポーツで、日本の国技でもあるの。男同士が裸でぶつかり合う激しい様子が、何とも魅力的でしょう。何より、あの大きな体同士のぶつかり合う様子なんて、想像しただけでよだれものでしょう」


「はあ」


「悠乃も志乃も、相撲に興味がなくてね。私も妻と同じ相撲ファンなんだが、私だけではつまらないと言っていてね。雲英羽さんが相撲ファンになってくれると私たちはうれしいんだが」


 悠乃の母親だけでなく、父親も相撲ファンだった。畳みかけるように、雲英羽に相撲ファンになるよう強要している。


「それは無理だと思うよ。だって、雲英羽さんは……」


 両親の言葉に対して、悠乃は、それは無理だと伝え、理由も説明しようとした。しかし、それは雲英羽の小さなつぶやきによって遮られた。

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