5それぞれの体育祭と文化祭➁~悠乃の場合~(4)
家に帰り、悠乃はさっそく、体育祭の準備に関する話を家族に話した。夕食を一緒に食べることはなかなかできないが、夕食後に、家族と談笑するくらいの時間には家に帰ることができた。
「喜咲と陽咲たちの高校は、体育祭はいつやるんだっけ?」
「うわ、人の話を聞いていないくそ親だわ」
「……」
「悠乃さん、喜咲ちゃんたちは、一学期中に体育祭も文化祭もあるみたいなのよ。このまえ、話していたでしょう?それで、もう終わったみたいよ」
「この年でボケないでよ」
「すいません」
家族全員に不審がられてしまった悠乃は、彼女たちとの会話を思い出そうと必死に頭を回転させる。そういえばそんなことを話していたような気がする。
「そういえば、お父さんの高校は、体育祭も文化祭も秋にやるんだよね。なんか、他の高校から憧れるほどのすごい体育祭だって、クラスの子が話しているのを聞いた」
「私もきいた。でも、それって、逆に面倒だと思わない?だって、そのためには、相当入念に準備と練習をする必要があるってことでしょ。そんなの、私たちオタクには無理だわ」
「そうねえ。お母さんも、そういうのはすこし遠慮したいわね」
「雲英羽さんたちもそう思うのか!」
『当たり前でしょう』
悠乃は自分の考えが特別でないことに安堵した。
「ええと、そのことなんだけど、どうにも、うちのクラスの生徒たちは……」
悠乃は、個人情報などが引っかからない程度に、自分が受け持つクラスでの体育祭の盛り上がりのなさを相談した。悠乃の言葉によって、やっと挙手をし始めた生徒。隣のクラスでは、大声で体育祭のことで盛り上がっている。さらには、教師たちも随分と体育祭に肩入れしていること。自分は生徒たちにとって何をしたら最善の行動になるのだろうか。とりあえず、話せる範囲でわかりやすく話してみた。
「お父さんは、どちらかと言うと、自分の受け持つクラスの生徒たちと同じ考えなんだね。体育祭に燃える人も理解できるけど、燃えない人の気持ちも理解している。体育祭を成功させたいし、楽しませたい気持ちもある。でも、そのために夏休みの貴重な休みをささげたくはないんだね」
悠乃がクラスのことを話し終えると、喜咲が顔をしかめて何か考え込んでいた。陽咲は興味がないのか、いつの間にか自分の部屋から持参した漫画を読み始めている。雲英羽はなぜか、ソファに座ってうたた寝をしていた。
「ねえ、お父さん。私のクラスの担任はね、お父さんと真逆の先生なんだ。体育祭と文化祭でクラスが盛り上がらないのはおかしいって、怒鳴られた。勝手に自分の思い通りに、種目や係りを割り当てていったんだ。そんな感じで体育祭が終わったんだけど……」
喜咲は、自分のクラスの体育祭の状況を悠乃に説明した。喜咲のクラスも、悠乃の受け持つクラスと同様に、最初は体育祭の応援団や種目に立候補する人がいなかったらしい。それを見かねた担任が、悠乃のように話し合いの途中で、口を出してきた。
口に出した内容は、悠乃とは真逆だった。体育祭に盛り上がらないお前らはおかしい、お前らの先輩は、体育祭にとても精力的だった。お前たちときたら……。そんなことを延々と語りだした。
「そ、それはまた、すごい先生だったんだな。喜咲の担任は」
「そうだよ。だから、お父さんの話を聞いて、私も、お父さんが担任してくれたら良かったかもって、一瞬おも」
『お父さんが、担任が、良かった!』
「う、うるさい。お、お母さんも起きていたの!」
喜咲の言葉に感動していると、陽咲と雲英羽が大声で叫びだした。見事なハモりを見せて、部屋に大きく響き渡った。二人の言葉で我に返ったのか、喜咲が急に顔を赤らめて怒りだした。このまえ、陽咲の友達が来るときに話をしていた、喜咲を表す言葉を思い出す。
『ツンデレ』
喜咲のデレが発動した瞬間だったのか。喜咲の言葉に感動しながらも、そんなことを思っていると、喜咲は、先ほどの発言が恥ずかしくなったらしい。
「わ、私は別に、そこのクズ親なんかに担任やって欲しいわけないだろ。あ、あくまで、今回の、体育祭の、け、けんにつ、ついては、いいと、思った、だけで……」
「うんうん。わかるよ。喜咲。悠乃さんって、かっこいいからね」
「お姉ちゃんって、やっぱり男の趣味悪いね」
「う、うるさああああああい」
いつも通りの口げんかが始まった。とはいえ、悠乃は喜咲の一言で、ある決意が固まった。そうだ、誰も彼もが体育祭などのイベントに燃え上がれるわけがない。それなら、そういう子を楽しく盛り上げる先生も必要ではないか。
「喜咲、ありがとう。お父さんは喜咲の担任にはなれないけど、生徒のために頑張るとするよ!」
『キモ』
通常の口悪モードになった喜咲と、通常通りの陽咲に声をそろえて、暴言を吐かれてしまった。雲英羽さんは、これは新たな道を開きそうだと、よくわからないことをつぶやいていた。
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