5それぞれの体育祭と文化祭➁~悠乃の場合~(1)

「では、今から体育祭の準備について話していきたいと思います」


 六月も過ぎ、今は七月の初め。数週間も過ごせば、生徒たちにとって楽しみな夏休みがやってくる。汐留悠乃にとっても、待ちに待った夏休みだった。


「九月に行われる体育祭の準備をするにあたって、いくつか注意事項があります」


 悠乃の高校は秋に体育祭が行われる。九月に実施される体育祭だが、新学期から準備を始めては遅いという要望もあり、代々、夏休みに準備をしてよいことになっていた。彼自身としては、夏休みまで学校行事にかかわり、自分の時間をつぶすことになる生徒に、少しの同情を覚えていた。しかし、誰もが彼のような考えを持っているわけではない。体育祭を楽しみにしている生徒もいる。


 悠乃は、それらの考えをまとめ、争いごとなく、円滑に体育祭の準備を進められるように指示を出す必要があった。




「はあ、もう体育祭の準備かあ。面倒くさいなあ」


「面倒くさいって、せっかくの高校生活、楽しもうよ。それには、こういうイベントごとに全力出すことは大切だと思うけど。間違っても、面倒くさいとか言ってはダメでしょ」


「えええ、今時の高校生は、体育祭なんかに燃えません!」


 高橋は、一緒にお弁当を食べている佐藤と、二学期に行われる体育祭について話していた。高橋は、自分の運動神経がよくないことを自覚していた。そのため、高校に入ったら運動部には所属しないと決めていた。運動は苦手だが、運動している人を見るのは好きだったので、陸上部のマネージャーをすることにした。






「では、体育祭の種目と係り決めをしていきたいと思います。まずは、各種目の選手を決めていきたいと思います。それから、応援団のメンバーと団長、巨大看板のメンバー、その他の係決めもしてきましょう」


 悠乃はクラスの委員長が話を進めていくのを黒板の横で静かに見守っていた。悠乃にとっても、体育祭は楽しみにしている学校行事の一つだった。とはいえ、その準備のために夏休みが削られるのとでは話が別。悠乃は、夏休みはできるだけ家族と一緒に過ごしたかった。


 本当は、夏休みの補習、ほぼ全員参加の補習にも出ていきたくはなかった。それなのに、さらに体育祭の準備に駆り出されるのは勘弁こうむりたかった。しかし、生徒たちが楽しそうに準備する姿を見ると、先生としてうれしいので、何とも言えない立場にいるのであった。



「ええと、体育祭の応援団に入りたい人は……。い、いないですか。どうしよう」


 はっと話し合いに耳を傾けると、クラスの委員長を任されている男子が困ったように教室を見渡していた。黒板と彼の困った様子から、どうやら体育祭の花形ともいえる、応援団のメンバーの挙手がないことが伺えた。


(最近の若者は、元気がないとはこのことか。まあ、オレも人のことはいえなかったが)


 そうは言っても、体育祭の応援団のメンバーが決まらないことは問題だ。他のクラスとの対抗戦としても盛り上がるこの競技に、悠乃のクラスが参加しないのは。




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