3周囲の人々⑤~雲英羽の教え子~(2)

 ある日の休日、僕は母親と一緒に近くのスーパーに買い物に出かけていた。その日は、スーパーセールを実施していて、洋服が20%引きになるそうで、ちょうど私服が欲しかったので、母親の買い物についていった。


 そこで、汐留先生を見つけてしまった。僕は慌てて、先生の死角に入るように物陰に隠れた。それを不審に思った母親が、どうしたのか聞いてきたので、思わず正直に答えてしまった。


「僕の国語の先生が近くにいたんだ」


「そうなの。じゃあ、挨拶をしておかなくちゃ」


 まさか母親が先生に挨拶に行くとは思っていなかった僕は、慌てて母親の行動を止めようとしたが、すでに遅かった。ちょうど、汐留先生が僕たちのいる方向に向かって歩いてきてしまい、鉢合わせしてしまった。



 先生は、僕に気付くと、目を見開いて通り過ぎようとしたが、その前に母親の声に止められた。


「すいません。あなたが息子の国語の先生で間違いないでしょうか」


「ええと、まあ、そう、です、ね」


 僕のことを見て見ぬふりをして通り過ぎようとしたが、僕の母親に声をかけられてしまい、先生は観念したらしい。あきらめて自分が先生だと認めた。


「そうですか。いつも、息子がお世話になっています。一年二組の西藤大樹(さいとうだいき)の母親です。先生のおかげで、大樹は国語の成績が上がったんですよ。ありがとうございます」


「いえいえ、大樹君が頑張った結果ですよ。私はそれを手助けしたにすぎません」


 学校の授業では見たことのない笑顔で、先生は淡々と母親との会話をこなしていく。薄っぺらい笑顔で、いつも授業で笑わせている明るい笑顔ではなく、顔の表情を無理やり笑顔にしている、見るに堪えない顔だった。


「母さん、先生も買い物中だから、邪魔しちゃ悪いよ」


 僕は先生のその表情が見ていられず、母親の服の袖を引っ張って先生を解放しようとした。母親も僕の意図に気付いたのか、慌てて頭を下げる。


「私ったら、先生も買い物の途中でしたよね。すいません、お邪魔しちゃって、ところで、そちらの男性は?」


「ああ、私の旦那ですよ」


「だ、旦那さんですか」


 先生の隣には、僕の母親と先生の会話を終わるのをじっと見つめている男がいた。男の存在に僕も気になってはいたが、旦那と聞いて驚いた。確かに先生の近くにいるのだから、赤の他人ではないのだろうと思ってはいたが、とても先生の旦那には見えなかった。


 旦那と紹介された男性は背が高く、イケメンだった。こんなイケメンと先生が夫婦とは想像ができない。



「汐留です」


 男は汐留と名乗り、自分が先生と同じ名字であることを紹介した。母親は驚きで声が出ないようだったので、その隙に腕を引っ張り、その場から離れることに成功した。


「母親が失礼をしました。僕たちはこれで失礼します」


「また、次の授業で会いましょう」


 僕たちはここでいったん、別れた。ただし、僕はまた、先生たちと遭遇することとなった。




「あんなカッコいい旦那さんがいるなんて驚きだわ。人間、何が起こるかわからないものね」


「先生に失礼だよ」


「だって、あんなにいい男が旦那さんなんて驚くのも無理はないでしょう」


「気持ちはわかるけど、その言い方はちょっと。僕、トイレに行ってくる」


 母親は珍しく興奮していた。そんな彼女の言葉をいさめつつ、僕はトイレに行くことにした。

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