第25話 キミが隣にいる世界に、未来を ②
「それじゃあ、色々と話を聞かせてもらいましょうか?」
わざとらしい咳払いをした後、柴宮さんはあらたまって切り出した。僕たちいつもの五人は放課後にファミレスに来ていた。朝に言われた事情聴取がこれから始まるのだろう。
ボックス席に座り、僕とりこが並んで座り、残りの三人が向かい合うように座っていた。
相川と柴宮さんは前のめりで、野瀬さんはいつものように一歩引いて様子を見ている。
「じゃあ、まずは岩月!」
「えっと、なに?」
「順子ちゃんのどこを好きになったの? 全部とかいう答えは今は求めてないから」
「なんかいきなりすぎだよね」
「いいから、答えろよ、篤志」
相川の横やりにきっと睨むように視線をやると、にやにやと受け流される。隣に座るりこがそっとテーブルの下で僕の手に自分の手を重ねてきた。驚いて隣を見ると柔らかな表情をしていた。
「ほら、篤志。中迫さんも聞きたがってるんじゃないの?」
「そうなの?」
「うん、聞きたい」
「順子ちゃんの許可も出たことだし、ほら、岩月」
「こういうの正直苦手なんだよな」
僕はそう不満をこぼしながら、ドリンクバーで
「一緒にいるとすごい楽なんだよ。りこの前ではどうしてか分からないけど、色々と考えてるのに素の自分で反応させられるんだ。そんなの初めてだった。それに僕がいくら嫌味や軽口を言って距離を取ろうとしても笑って流すし、あげくは一歩どころか二歩三歩って、物理的にも心理的にも僕に近づいてくるんだし、意識しないわけないよ。りこはいつも真っ直ぐでそのせいでたまに振り回されたりするけど、嫌じゃないんだよね。それで気が付いたら、楽しいと思える時間はいつもりこがいたんだよ。あと、見た目も中身も本当にかわいいと思ってるし、特に、りこの笑った顔がすごい好きなんだ」
僕の話を正面に座る三人はニヤついた顔でずっと聞いていた。最初は恥ずかしいという気持ちもあったが、りこについて話しだしたら言葉が想像以上にすらすらと出てきた。僕は僕が思っている以上にりこが好きなのかもしれない。
「岩月って、意外にしっかりと恋してんだね」
「意外ってひどくない? まあ、自分でも少し意外だけど」
「それにしても、篤志はベタ惚れなのな」
「そうかもな」
急にぶり返してきた恥ずかしさに身悶えしそうになるのをこらえながら、冷静な素振りでコーヒーに手を伸ばす。
そのとき、向かいに座っている野瀬さんがスマホを横にして構える。電子音のシャッターの切れる音が聞こえ、なんでこのタイミングで写真を撮られたか分からず困惑する。
「千咲、なんで写真撮ったの?」
柴宮さんが僕より先に疑問を口にする。野瀬さんはスマホをいじりながらクスクス笑っている。
「なになに? 千咲、何があったの?」
「いやね、順子が顔真っ赤にして固まってるのが面白くってさ。もしかして、岩月、順子にどこが好きとか今初めて話した?」
野瀬さんの言葉に記憶をたどる。確かに、告白をしたがどこが好きとは言ってなかった気がする。隣に座るりこの横顔は首筋から髪の間から覗く耳まで真っ赤になっているのが分かる。僕の手に重ねられたりこの手はわずかに震えて熱くなっていて、もう片方の手はスカートをきゅっと握っていた。
「りこ?」
僕の呼びかけにふいっと顔を背ける。それを見て、野瀬さんが楽しそうに笑う。
「順子って、こういうのには耐性ないんだ。初めて見る顔してる」
「仕方ないじゃん。私にとっては初めてできた恋人なんだよ。そんな人にあんなこと言われたら、照れる以外どうしろって言うのよ」
「照れたらいいのよ。で、どれだけ岩月に自分が愛されてるか実感すればいいのよ」
野瀬さんは顔はにやけているが声音はとても優しかった。柴宮さんは「わあー、千咲って大人ー」と横やりを入れていたが、野瀬さんは「あんたらが子供すぎるのよ」と笑いながら飲み物に口をつける。
「それで、順子。今度はあんたの番よ」
「何が?」
「誤魔化さない。岩月のどこを好きになったの?」
りこがすっと僕に視線を向けてくる。今からどこが好きとか言われるのは聞きたいけどすごい照れくさい。話すより聞く方が恥ずかしい気がしてきた。
「あっくんは聞きたい?」
りこのその質問に間を空けずに頷いて見せる。聞きたくないわけはないし、純粋に気になることでもある。りこと付き合う未来の記憶を見た時から、僕なんかのどこを好きになるのだろうかと思ってもいたのだから。
「じゃあ、順子ちゃん。岩月からもオッケーでたみたいだし、話してよ」
「うん、そうだね」
りこはカフェオレをひとくち飲むと、テーブルの下で重ねていた手を軽く握ってくる。そのことで僕がりこの顔を見ると、緊張しているのか笑顔が硬いように見えたが、口元はわずかに緩んでいるのが見えた。顔を見合わせた一瞬で、ふっとりこの緊張が空気に溶けていくのがわかった。
もういつものりこだった。
「あっくんは……岩月君はね、とても優しい人なんだよ。私が何話してもちゃんと聞いてくれるし、私がしたいことを一緒になってしてくれる。なんだかんだ付き合いもノリもいいし、素直じゃないようで芯は真っ直ぐで。時々少し口が悪いけど、自分が傷ついても他人を傷つけたり悪く言うことは基本ないんだよね。それで、そうだな……一番はいつでも周りのことに自然に気を遣って、思いやれるそんなところが好きかな」
りこは話し終えると、僕に顔を向けてきて、視線が合ったのが分かると楽しさやら照れやら色んな感情が混じったような笑顔を浮かべる。少しだけ顔が赤くなっているが、今は僕の方が赤くなってるに違いない。さっきから顔から耳から果ては後頭部まで、とにかく首から上が全部熱い。
「順子ちゃんが言うと、岩月がすごい人に見えてきた」
「実際にあっくんはすごい人だよ。勉強もできるし」
「たしかに、篤志は中間テストで全教科ほぼ最高点とかだったもんな。でも、運動はできないけど」
「運動が苦手だって、僕は自己申告してただろ?」
「自己申告が免罪符になると思うなよ、篤志。お前、本当にそっちはポンコツなんだからな。体育祭とかで恥かいて中迫さんに笑われろ」
「相川、モテないからって嫉妬は見苦しいよ」
「あはは、千咲、容赦なさ過ぎ」
僕たちのいるテーブル席からは少し騒がしいくらいに笑い声が上がり、周りから白い目を向けられたことに気付いた野瀬さんが「他の人に迷惑だよ」と注意すると、一斉に黙り込んでしまう。それがまたなぜか面白くて全員が口を押さえて声を殺して笑い合う。
「それにしても、岩月と順子って本当にお似合いだよね」
「うん。二人は最初から自分たちの世界って感じだったよね」
「何言ってんのよ、祐奈。最初はこの組み合わせはありえないって雰囲気だったじゃん。クラスも私たちも」
「そうだっけ?」
「そうだよ。でも、急に話しだしたと思ったらいきなり仲良くて驚いて、どんな関係か聞いたのよね。そのとき、順子が気にかかること言ってたのよね。なんだっけ? “今は付き合ってないけど、未来では分からない”、だっけ? もしかして、あのころから順子は気があったりしたわけ?」
ふいに全員が喋るのも、飲み物を飲むのも止めてりこに視線をやる。りこはというと落ち着くためか甘いカフェオレを飲んでホッとしている最中だった。
「えっ、えっ? 私? なんのこと?」
「いつからあんたは岩月のこと意識してたのって聞いたの」
野瀬さんは端的に尋ね直した。
「それは秘密」
「ここまで話して隠すことないじゃーん」
柴宮さんが残念そうな声をあげる。りこはそれを見て楽しそうに笑っている。そして、さっきの答えは僕だけが知っている。
僕とりこは、入学式の日のクラス分け表の掲示板の前で出会った時から全ては始まっていた。あのときあそこでぶつかっていなければ、前提が変わって未来が違うものになっていたのかもしれない。そう思うと、僕はこの未来を選んでよかったと今は心底思えた。
ふと、りことあそこでぶつからない未来というものがもしあったらと考えると、思い浮かぶのは一緒に葉桜を見たあの人だった。
その人にもちゃんと自分の口でりことのことを話さないといけないと心に決める。
「それで篤志は、なに真面目な顔して考えてるんだよ?」
相川にふいに聞かれ、そのまま答えるわけにはいかず、別の答えを探して、野瀬さんを見て、一つの出口を見つける。
「どうやって野瀬さんにりこの照れた顔の写真もらおうかなって考えてた」
「ちょっと、あっくん!?」
「真顔でとんでもないこと言うな、篤志は」
「でも、ただののろけだし、何気にけっこうアホだよね、岩月」
「じゃあ、ここのみんなで共有する?」
「いや、他の人には見せたくないし、僕にあとでこっそり送ってくれないかな?」
「わかった」
「千咲まで! ちょっと待って。変な顔してるかもだし、送る前に先に見せてよ?」
「だーめ。順子にも送ってあげるから。ツーショットだし」
りこが反論する言葉を失い、うぅっと呻き声をあげ、それを見て僕が噴き出すとまたみんなで笑った。
僕はいつからこんなに騒がしい場所や人に囲まれても平気になったのだろう。
僕が変わるきっかけはいつだってりこだった。
それからしばらく話してファミレスを出た。外は暗くなっていたが雨はしとしとと降り続いていた。駅でみんなと別れ、いつものようにりこと二人で歩き出す。
「ねえ、そっちに入っていい?」
「いいけど、どうしたの?」
「なんかあっくんとくっつきたくなっただけだよ」
りこは自分の傘を閉じて、僕の傘に入って、そっと腕を回してくる。
「今日はなんか色々あったね。みんな、はしゃいじゃってさ」
「そうだね。相川とか柴宮さんは特にね」
「本当だよね。でも、みんな楽しそうに笑ってた」
「うん。僕も楽しかった」
「もちろん私もだよ」
思い出しながら少し疲れを感じながら傘の下で笑う声が重なる。足運びだけでなく呼吸や鼓動までシンクロしているような気さえしてしまう。
「好きだよ」
唐突に口にした言葉さえ重なるのも今は必然に思えた――。
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