第14話 黄金色の日々に、未来を ⑤

 ゴールデンウィークが終わって、一週間が過ぎた。

 僕の周りは賑やかさに包まれている。その大きな理由は昨日あった席替えだろう。

 僕の新しい席は窓側から二列目の後ろから二番目とまずまずいい場所だった。そして、僕の前の席が中迫さんで、左隣が野瀬さんだった。

 その関係で、休み時間になると中迫さんが椅子をずらし後ろを向いてちょっかいを出してくるようになった。さらに中迫さんと野瀬さんは元々仲がいいので僕に絡むついでに話しているし、そこに柴宮さんも合流してくる。さらに相川も僕に絡みに来るついでに女子三人の会話に交じったりして、物理的に僕が会話の中心になっていた。


「てか、岩月、話聞いてないよね?」


 昼休みに隣に座る野瀬さんがふいに僕に不機嫌そうにこぼす。僕は小説に落としていた視線をあげる。


「聞いてるよ」

「うっそだー。岩月、ご飯食べ終わってからずっと小説読んでたじゃん」


 柴宮さんが野瀬さんの言葉に便乗して僕を軽い調子で責め立てる。


「いや、リアクションしてないだけで、ちゃんと聞いてたから」

「じゃあ、篤志。何話してたか言ってみろよ」


 そう言う相川の顔はにやけているので、きっと僕が困る姿を期待しているのだろう。しかし、僕は未来の記憶を見るようになってからそれに対応するために普段から周囲に注意を払う癖がついているし、話も聞いてないようで頭に残っている。僕は小説を閉じて机の上に置く。


「わかったよ。弁当食べ終わってから、中迫さんが昨日の野球の話を始めて、相川がその話に乗ってたよね。それで持て余した野瀬さんがスマホで見つけたアイスのキャンペーンの話題を中迫さんの話の合間に入れて、それを聞いた柴宮さんが放課後に行こうって提案してたよね。それに相川がアイスは苦手でミント系が特にまずいって余計なこと言うから、柴宮さんが怖い顔してたし、野瀬さんはこっそり舌打ちしてた」


 僕がすらすらと振り返りながら会話の内容を口にする。最後の柴宮さんと野瀬さんの反応については二人はバレていないと思ったのか、「なんでそこ見てんの、岩月」と柴宮さんが特に驚いていて、二人のリアクションに気付いていなかった相川がやらかしに気付いて、二人に「まじで?」と確認していた。それに二人はうんうんと分かりやすく頷いて見せ、相川を責め立てる。


「それで中迫さんは僕がなんやかんや聞いてるのに気づいてるから、他の誰も聞いてないのにプロ野球の二軍の高卒ルーキーの話までして満足してたんだよね」

「うん。さすが岩月君」


 中迫さんはにやにやとしながら僕を見つめている。僕はふうと一つ息を吐く。


「それで何か間違ってた?」

「間違ってないけどさ……篤志。お前、怖いよ」

「怖いとは失礼な」


 きっと話を聞いてなかった僕をどういじろうかと相川と柴宮さんは構えていたのか、驚きの表情を浮かべたまま言葉が出てこないようだった。野瀬さんはもう普段通りに戻っていて、スマホに目を落としている。


「それで岩月君はさ、アイス好きなの?」


 止まった時間を動かすように、中迫さんが凛と通る声で僕に尋ねてくる。


「僕は甘いのは苦手かな。ああ、でもソーダ系とかチョコミントとかなら食べれるかも」

「ねえ、千咲も甘すぎなの苦手って言ってたけど何かおススメない?」

「岩月の好みはわかんないけどさ、抹茶アイスとか柑橘系のジェラートは甘さ控えめで美味しいよ。今の季節だと、そうだな……桃系のやつなんかも甘いけど自然な甘みだし、いけるんじゃない?」

「だって、岩月君」


 中迫さんは楽しそうに僕に話を戻してくる。


「そうだな。ジェラートは気になるかも。果物は好きだから桃のやつ挑戦してみたいかも」

「じゃあ、放課後、みんなでアイス食べに行く?」


 中迫さんの提案に、柴宮さんが「いいねえ! 行こ、行こ!」とテンションを上げ、それに合わせて相川も「俺も行こうかな」と口にするも、野瀬さんに「相川はアイス嫌いなんじゃなかった?」と横から刺される。柴宮さんがけらけら笑いながら、「そうだそうだ。アイスを馬鹿にした相川に来る資格はないっての」と便乗してからかう。


「なんで篤志はよくて俺はダメなんだよ」


 そんな相川の悲痛な抗議に野瀬さんがすっと相川を見据え、


「岩月はいいのよ。なんたって、順子のお気に入りだからね」


 と、口にして、僕と中迫さんに視線を向けてくる。


「さっすが千咲。私のこと分かっててくれて嬉しいよ」


 中迫さんが笑顔を向け、野瀬さんもつられて口元を緩ませる。ただ少しせない僕は、


「僕の意志は無関係かよ。僕をなんだと思ってるんだ」


 と、わずかな抵抗をしてみる。しかし、


「そうやって、すぐひねくれたこと言うんだから、岩月君は」


 と、中迫さんにあやすように言われ、


「岩月は順子の男でしょ? そろそろ認めなさいよ」


 と、野瀬さんから追い打ちをかけられる。

 そんなやり取りをみて柴宮さんと相川が声を上げて笑い、中迫さんは僕に嬉しそうな笑顔を向ける。隣の野瀬さんまで長い髪を揺らしながら、口元をスマホで隠している。

 僕はわざとらしく肩をすくめて見せる。こんな騒がしい空間が僕の日常になりつつあった。


「それで、中迫さんはどんなアイスが好きなわけ?」


 僕が再度話を戻すと、「私は甘いの好きだからね。ベーシックなバニラもいいし、チョコアイスも何でも好き」と楽しそうに答える。野瀬さんにアイスの種類どんなのがあったか聞きだし、スマホで調べたメニュー一覧を見ながら柴宮さんとこれもいい、あれも捨てがたいと盛り上がり始める。その流れに入るきっかけを失った相川が、


「なあ、篤志。俺も放課後予定ないんだけど」


 と、助けを求めてくる。流れ的に相川が放課後のアイスに参加できる資格を得るには、僕からの招待というルートしか残されていない。それを知ったうえで、


「そうなんだ。僕は予定あるんだよ。悪いな、また今度の機会にな」


 と、わざと知らんぷりをする。


「篤志、てめえ!」


 相川がつい声を上げると、僕を含め残り四人が噴き出した。


「岩月って、いい性格してるよね」

「ほんとほんと。ノリが悪いようでいいし、順子ちゃんが気に入るのも少し分かる気がするよ」

「でしょう? 岩月君は本当はすごい楽しい人なんだよ」


 そう女子三人が僕のことを口にして見つめてくる。僕の正面にいる中迫さんは右手で頬杖をついて本当に楽しそうな表情をしていて、僕の心は跳ね上がる。それを誰にも悟られないように、左手で小説を開いて続きに目を落とした。

 僕の周りでは楽しそうな会話が続いていて、それを聞きながらページをめくった。


 その日の放課後、僕たちはアイスを食べに行った。相川も結局付いてきた。


「篤志だけかわいい女の子に囲まれて、楽しい思いするのはずるくね? ハーレムっぽくて腹立つ」

「相川は同じ方向に歩いているだけなのに文句が多いな」


 僕たちの会話に聞き耳を立てていた柴宮さんが思わず噴き出す。相川は肩を組んできて、僕にだけ聞こえる小声で話しかけてくる。


「篤志さあ、わざとやってんだろ?」

「そうだけど? それにわざとじゃなきゃ、僕は相当性格悪いだろ」

「まあな。だけど、そろそろ勘弁してもらえませんかね」

「じゃあ、何してもらおうかな」


 相川は「おいおい」と嫌そうな声で言うので、冗談だと口にすると、相川はほっと息を吐き笑みをこぼす。

 そして、少し前を歩く中迫さんたちの会話に混ざっていく。柴宮さんに「岩月からオッケー出たんだ。よかったじゃん」とからかわれるも、相川は笑ってやり過ごして、今向かっているアイスクリーム店の話題に戻っていく。楽しそうに話しながら時折笑う中迫さんの姿を見ながら、ぼんやり歩いていると、野瀬さんがいつの間にか隣にいて、


「それで岩月さあ――」


 と、話しかけてくる。さっきまで右隣でうざく絡んできていた相川に気を取られ過ぎていて、すっと下がって左隣に並んで来た野瀬さんに気が回っていなかった。


「なに? 野瀬さん」

「それ、順子とお揃いなんだよね?」


 野瀬さんは左手首のミサンガを指さしてくる。


「どうしてそう思うの?」

「質問に質問で返す? まあ、いいけどさ。同じようなデザインだし、隣で二人を見てたら分かるよ。まあ、順子に聞いても笑ってごまかすけどさ」

「そっか。でも、たまたまかもしれないだろ?」

「そうかもね。そう言えば、祐奈とか相川とかはごまかせるかもね」

「じゃあ、野瀬さんはごまかされてくれないと」


 野瀬さんは隣でクスクスと小さく笑う。


「ほんと岩月はいい性格してるね。それが天然なのか全部計算づくかは知らないけどさ」

「それは褒めてるの? けなしてるの?」

「半々かな」

「野瀬さんもいい性格してるよね。実は僕とけっこうウマが合うタイプだよね?」

「そこまで性格ひねくれてないよ」


 今度は僕がクスクスと声を殺して笑う。


「まあ、野瀬さんなら何を話しても、言いふらすこともないだろうし、なんでも答えるよ」

「で、岩月さ。それは結局お揃いなわけ?」

「そう見えるかもしれないけど、本当にたまたま」

「でも、一緒に買ったんでしょ?」

「まあ、そうだね」

「そこは否定しないんだ」


 野瀬さんは大きくリアクションをしないが相当驚いているのか、「まじか……」と思わず呟いていた。


「じゃあ、岩月は順子のことどう思ってるの?」


 野瀬さんは真面目なトーンで尋ねてくる。僕は少し前を話しながら歩く三人がこちらに気にも留めず楽しそうにしているのを確認して、小声で聞きもらしそうなほど自然に、


「好き――だと思うよ」


 と答えていた。僕は自分の抱いている感情を好きという言葉で初めて明確に表現していた。野瀬さんは突然のことで呆気に取られているのか、すぐには何の反応も返ってこなかった。しばらく歩いて、


「そっか。いいんじゃない。応援するよ」


 と、ポツリと口にする。


「ありがとう、野瀬さん。口止めも兼ねて何かお礼をしないとね」


 僕が照れ隠しを含め、そう口にすると野瀬さんは声を上げて笑いだす。それが珍しかったのか、前を歩く三人が足を止めて振り返り、何があったのかとじっと見つめてくる。

 野瀬さんはお腹を抱えて笑っていて、その笑顔は普段の大人っぽくてクールな印象ではなく。年相応などこの学校にもいるクラスの中でもトップクラスにかわいい女の子でしかなかった。

 だけど、他の人に恋をしている僕には一人の友人の楽しそうな笑顔にしか見えない。


「千咲、どうしたの?」


 中迫さんの心配そうな気持ちもはらんだ声を受け、


「大丈夫。岩月と友達になって、今度おススメの本貸してって話してただけだから。ねっ、岩月?」


 そう僕に笑顔で視線を送ってくる。それが野瀬さんの望む口止め料と求めるお礼なのだとしたら、僕は断る理由はない。


「そうなの? 岩月君」

「うん。そうだよ。野瀬さんとつい話が盛り上がってね」

「どんな話してたの? 気になる!」


 中迫さんは僕と野瀬さんの間に立ち、わざとらしく頬を膨らませる。


「なんだろうね?」


 野瀬さんは楽しそうにそう言いながら僕の顔を見つめてくる。


「甘い話だよ」


 僕のその言葉に相川が勘違いして、「結局アイスの話かよ」というので、柴宮さんもそれに乗っかって、「二人とも甘いの苦手とか言いながら楽しみにしてたんだ。素直じゃないんだから」と笑う。

 そして、また僕たちは歩き始める。

 僕は他の人に気付かれないように野瀬さんにだけ分かるように口元に立てた人差し指を当て、秘密は守ってくれよとアピールする。野瀬さんも同じように人差し指を立てて口元に当て、分かってると答えてくれる。


 移ろう季節に僕の気持ちは少しずつ加速していく――。

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